第12話:雲の願い、始まりの白雲

 天までとどく、高き高き雲の城。

 通称『白天の城』

 この《星》の始まりであり、願いの核が治められている場所らしい。この《星》で一番重要と言ってもいい、歴史的にも観光的にも大事なスポット。


 もちろんここに来るのは問題ないし、むしろ一番気になっていたところではあるんだけど……。

 私はその遙かな行程をまさかまさかの徒歩で登っている。そう、城の外にあるらせん階段を使って。

 これだけの雲の街なんだから、さっきみたいに雲で飛ぶとかできそうなものなんだけど、この白天の城はなぜか、飛んできたものを拒むのだそうだ。雲で飛ぶ手段はあれど、階段で上った者しか最上階の核のある部屋には入れないらしい。

 おかげで大人気なのに、上まで上がれる旅人はわずかという渋いスポット。

 

 その苦行感がわかっていて、ここをか弱い女の子に登らせるキズナはなかなかに鬼だと思う。

 あげくにかくいう本人は、いつものように空を飛んできているのだからずるい。

 非難してみたけど、

「ガイドが疲れちゃ仕事にならないからね」

 とのこと。

 客はいいのか。


 とはいえ、ここまで来て逃す手はないので、仕方なくこの階段を上っているという訳なのである。 登っているだけで、この城のすごさが伝わってきた。雲で出来たこの城がいかに大きくて威圧感があるか、どこでも高く積み上がり、その威容を街の隅々から見渡せるようになっている。

 積乱雲がベースになっているんだろうから、雷が鳴らないだけましってとこだろうか。

 見下ろした時の高さを見るに、かなり高くまで登ってきているはずなのだけど、上を見るとまだ果てなく見える。

 それにしても景色は絶景というほかない。

 この《星》が俯瞰でき、その中でどんなことが起こっているのか、どんなものがあるのかまで一望できる。一面白い視界だけど、この感じはミニチュアの箱庭を見ているような気にさせられる。

 それでも私は思ってしまうのだ。

 ここまで雲の《星》を楽しんでなお思うことがある。これは本当に雲に思い描いた夢を楽しんでいることになるのかな?って。これって雲の世界じゃなくても見られる景色なんじゃないかってどうしても考えてしまうのだ。

 この上には、この《星》の始まりである願いの核があるらしい。私はその核を見てみたかった。それは観光的なことじゃなくて、その願いに聞いてみたいことがあったから。

 ここまで登ってこられたのも、その思いがあったから。

 下を見下ろし、そして上を見上げる。

 あとの距離を思ってため息をついた。

 まあ、ここまできたし、あとは登るしかないか。

 さて、頑張りましょー。


「さあ、もうすぐだよ。あと一息頑張って」

 私の少し先を行くキズナが、励ましの声をかけてくる。

 が、こいつはここまで苦労していないので、けっして私の努力も疲労も理解していないはずなのである。

 恨むぞ、のんきな案内人。

 とはいえ、キズナの言うとおり少し見上げた先に、最上階の入り口とおぼしき雲にあいた穴があった。ここから中に入れそうだ。

 少し休めたらいいな。なんてことをつい思ってしまう。しかしここで休んだらもう歩けなくなりそうだったので、いっそ駆け上がるように登っていき、飛び込むように入り口をくぐった。

 同時に突っ伏すように倒れ込む。

 どうせ雲が受け止めてくれると信じているから、ためらいなく飛び込んだ。案の定、ふわりとした感覚が私を受け止めてくれる。

 もう、このまま、眠ってしまいたい。

 さすがにこの限界(越え)な状態を察してくれたのか、キズナも何も言わずに待っていてくれた。まあ、これで急かせようものなら、それなりの対応が始まったことは想像に堅くない。

 

 激しく切れた息が整うまでしばらくかかった。

 もう一歩も動けないと思ったが、それでも休んでいると回復してくるもんだ。雲のベッドの寝心地がよかったからかしら。

「落ち着いた?」私の顔の上辺りでキズナが浮いている。いいなあ飛べるって。

 きっとそういう夢を形にした《星》があると信じよう。

「ええ、おかげさまで」

 多少皮肉交じりに返しても許されるだろう。

「起き上がれるかい?」

 キズナが手を伸ばしてきたので、その手をつかんでなんとか起き上がる。小さい体の割に、こういう力はあるんだと感心する。

 ……おや? じゃあ私のトランクも持てるのでは?

 まあ、それはあとにしよう。


「ここが白天の城の最上階、始まりの部屋だよ」

「始まりの部屋……」

「ああ、この《星》の核が展示されているところだ。ほら、あそこを見てごらん」

 キズナが指さす方向を見ると、この部屋の中央、台座の上に大きくて透明な球体があって、その中に何かが入っているようだった。

 私は、その球体まで歩くと中をのぞいてみた。

 そこには、雲の塊が入っていた。

「綺麗……」

 その言葉が口をついて出た。

 この国のすべては雲で出来ているはずなのに、それとは比較にならないくらいの美しさ。

 透き通るように白くて、ふわりとした柔らかさを感じさせて、なのにどこか宝石にも似た透明感がある。

 そんな不思議な雲だった。

 特別なものであると言うことが見るだけで伝わってくる。

「そう、これが《星》の核『始まりの雲』この雲に込められた願いから、この《星》のすべてができているんだ」

「そう、これが願いの元なんだね」

 私は不思議とこの雲に魅入ってしまっていた。

 目が離せない。

 強い想いが『始まりの雲』から流れ込んでくるようだった。

 私はそっと雲が納められた球体に触れてみる。あたたかさが伝わってくるようで、なんだか生きているみたいでなんだか語りかけたい気持ちがあふれてきてしまう。

「ねえ、あなたが本当に思っていたことは何だったのかな? どんな夢? どんな想い? そして、今のこの《星》って本当のあなた?」

 そう言った次の瞬間、球体の中の雲が動き始めた。まるで心臓のような鼓動を放つ。薄く光を発し始めた。

「え?」

 驚いたのはキズナだった。

「馬鹿な。『始まりの雲』が動くなんて聞いたことがない。スフィア、何をしたの」

 キズナが焦っているのがわかる。こんなことになるとは思っていなかったのだろう。少なくとも動くとは知らなかったのに違いない。

「ううん、私は何も。少し話しかけてみただけ」

「《星》の核に話しかけたくらいでこんなことにならないだろう!」

「そんなこと言われても、それ以外のことはしていないし」

 そんなことを言っている間にも、光は強くなっていき明滅が激しくなっていった。

 次第に目を開けられないくらいのまぶしさになっていく。

「!」

 爆発するような強力な光に私たちはのまれた。

 私もまぶしさに耐えられず目を閉じた。


 ――映像を見た。

 いつかの誰かが夢見た光景。

 想像した光景なのか、それともこうあればいいと願った幻想なのか。


 一面に広がる雲の原。

 そこに降り立つのは子供のような大人のような。雲にこわごわ足をかけ、足が沈まないことを確認し、一面の笑みを浮かべる。

 そして次の一歩を踏み出し、さらに一歩。

 あとは雲の平原を、楽しげな笑い声をあげながら全力で駆け回る。

 なんと素敵な夢のような景色。

 しばらく走り回った彼か彼女は、雲の平原の端に辿り着く。

 そこから下を見下ろして――


 そこで私は現実に引き戻された。

 光は消え、球体の中の『始まりの雲』は動きを止めていた。あたりは何事もなかったように静まりかえり、部屋に入った時と同じような姿を現している。

 みるとキズナも呆然としていたようだった。

「あれはいったい……」

 なんてつぶやいている。

「ねえ。キズナも今の見た?」

「ああ、すごい光だった。あんな風に激しく動く『始まりの雲』は、ガイドを始めてから初めて見たよ。正直驚いた」

「それもあるけど、そこじゃなくて。ほら、今の雲の平原の、なんていうか、走り回る映像って言うかそう言うやつ」

「雲の平原? なんのこと?」

 ……キズナは今の光景を見ていない? 私は今見た景色のことをキズナに話した。

「……いや、僕はそんなものは見ていない。本当に見たの? スフィアの夢じゃなくて?」

「失礼な。こんなところで立ったまま寝ませんよーだ!」

「といってもなあ、僕は見ていないし。本当だとして何でスフィアだけ。まあ、何が起こってもおかしくないのが、この《マボロシの海》だけど」


 そうか、キズナは見ていないんだ。なんで私だけだったんだろう。私が話しかけたから?

 『始まりの雲』が私に応えてくれた?

 さっきの光景が『始まりの雲』の本当の願いで、願いの根源だとしたら。

 あの願いは本当に純粋で、子供のような透き通った願い。私にはそう感じられていた。


 あの光景の中の人が、雲の端で見たものはなんだったんだろう。なにを思ったのだろうか。

 私にはそれがなぜか、この《星》でとても重要なことに思えてならなかった。

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