第13話:始まりの雲が願うものは
壁に穴のようにぽっかりと空いた窓から外を眺める。
『始まりの雲』に見せられた映像が気になって、私はなかなかこの城を離れられないでいた。
ずっとこの状態でいたのを眺めが気に入ったからだとでも思ったようで、キズナも口を出さずに黙っていてくれる。こういうところ意外に気がつくのは仕事柄なのかな。
まあ、キズナも窓際にちょこんと腰掛けて外を眺めているので、案外自分が外を見たいだけなのかもしれないけど。
とはいえ、この眺めが気に入っているのも事実だ。白天の城はこの《星》の中心にあるから、この城から広がる下の街が一望できる。さすがに第一の観光名所と言うだけあってとてもいい景色。
こういうのも城下町って言うのかしら。
楽しげに観光している人たちがあちこちに見える。さっきのお祭の広場や、アトラクションのエリアも見える。きっと反対側の窓からは、まだ私が行ってない島も見えるだろう。
どの島にも観光客がいっぱいで、そこに働いているんだろう雲の住民もいっぱいだ。
「ずいぶん長いこと見てるね。この城からの景色は気に入った?」
「うん、いい眺めだと思う」
キズナの問いかけに簡単な相づちを打つ。私は気になっていることを聞いてみようと思った。
「ねえ、キズナ」
「なに?」
「ここで働いている人たちってどこから来たの?」
雲の街が『始まりの雲』が成長して出来たって話しは聞いていた。でも、この人たちは?
「ああ、彼らもこの街で生まれた、というか発生したって聞いている」
「発生した?」
「うん、この雲の街が大きくなった時に、いつの間にかこの街に現れたみたい。きっと、街を大きくする時にこの《星》が必要だと思ったんだろうね。彼らが生まれてから、急速にこの《星》が発展したらしい」
「そうなんだ……。最初はきっとこんなにいろいろなものはなかったんだよね」
「もちろん。雲の住民たちが、それぞれの島に建物を造り施設を造り、こうやって観光の名所にしていったんだ。『始まりの雲』の力で素材はいくらでもあるからね」
そっか、あの雲の子たちの力でこの街はできたんだ。それはすごいことだ。きっと大変な努力だったんだろう。おかげでこの《星》はとても賑わっている。みんな楽しんでいる。
でも、どうしてだろう。
私はこの《星》にずっと違和感を覚えている。それは、さっきの映像を見てからさらに強くなったような気がする。なにかがずれているような気持ちが消えない。楽しいのに、これは違うって思ってしまう。
「この城も雲の住民たちが造ったの?」
「いや、これは違う。この《星》が大きくなるにつれていつの間にか成長していったみたい。」
「ここは、他の島と違って、あんまり飾り気がないよね。たしかに見晴らしはいいけど、なんていうか素朴って感じで」
「うーん、まあそうかもね。部屋としてはここだけだし。階段が外にあるだけだから、他に比べると」
キズナはきっと私が何を聞こうとしているのかわからないんだろう。ちょっと曖昧な返事。
まあ、仕方ないと思う。私だって何が言いたいのか、何が変だと思うのかわかっていないんだから。
なんだろう。
私はなにが変だと思っているんだろう。
でも、心のどこかで、ここは違うって言っている。
「もうここはいいだろ。そろそろ行こうか。まだ見るところはあるからさ」
キズナが外に出るように促してくる。
「うん……」
自分自身微妙に煮え切らないが、仕方ないので他を楽しむことにしようかと窓を離れて振り返る。視線の先には、『始まりの雲』があった。
透明な球体に入ったふわりとした雲。
ああ、そうだ。違和感と言えば。
「もう一個聞いていい?」
「ん? なに」
もう外に出ようとしていたキズナが呼び止められて振り返る。まだ何かあるのと言いたげだ。
「この雲はなんでこんなケースに入っているの? これってこの《星》の核?ってやつなんだよね? 《星》の願いの塊で自分の意志がある。ならなんでこんな中に入ってるのかな」
私の言葉にキズナは少し黙った。即答できなかったみたいだ。
「……それは知らないな。ここの住民たちが観光の目玉にしようとしたんじゃないかって思うんだけど。案外自分で入ったのかもしれない」
「……多分違うと思う」
よくわからない。でもそれだけは確信できた。
「行こうスフィア」
「うん、いっぱい聞いて。ごめんね」
「なんだか、殊勝なスフィアはなんだか怖い」
「ひっどーい! まだ私のことそんなに知らないでしょ」
「短い付き合いだけど、なんとなく君の個性はわかってきたような気がするよ……。まあ元気が出たようで何より。何を悩んでるのかわからないけど、まずは楽しんで行こうよ。せっかくのツアーなんだからさ」
「……そうだね。それもそうか。ありがとう」
ちょっと考えすぎていただろうか。キズナも口は悪いし態度もぶっきらぼうだけど、心配してくれてたのかもと私は少し反省した。
白天の城をあとにした私は、キズナの案内で他の島の観光地を回った。
まずは城に登った疲れを回復するってことで、温泉に連れて行ってくれた。雲の足湯とかいうらしくて、足だけを入れてあったまる温泉だって。
これもお湯じゃなくて暖かくした雲だって言って言うから驚いた。なんでも雲なのね。
そのあとは雲で造った大きな像がたくさんあるアート広場や、コースターや空飛ぶ乗り物がある雲の遊園地。雲で造ったお土産の売っている商店街。
どこも見事に観光地化されていた。きっと長い年月かけて作り上げてきたんだろうなあと感心する。
そしていろいろ巡ったあと、私は雲のぬいぐるみ屋を訪れていた。ぬいぐるみを売っている店員さんがぬいぐるみみたいだなと思って笑いそうになったけど、なんとかこらえた。
私は何気なく店員さんに『始まりの雲』について聞いてみることにした。
さっき白天の城に行ってきたけど、あまり見るものがなかったがどうしてなんだろうか、この街はすごく建物がしっかりしているのに、あそこだけは階段しかなくて不便だったけどどうしてか、なんてことを雑談混じりで。
客に親切な店員さんは、私のぶしつけな質問にも楽しげに答えてくれた。
――あの城は私たちが造ったものじゃないから不便なんですよ
――手を入れようとすると、嫌がるみたいで
――前は放っておくと勝手に伸びていったから難儀していた
前は? じゃあ今は伸びていないの? その質問にも店員は答えてくれた。
――あんまり伸びると困るんで住民で『始まりの雲』を閉じ込めて見たんです。見たでしょあの透明なケースと台座。あれがちょっと特殊な造りで。そしたら、ほら伸びるのが止まってね
そんなことを言った。私は衝撃を受けていた。だって、それじゃ、この街の発展はあの雲の意志じゃないことになるから。
どうして『始まりの雲』は伸びようとしていたの?
伸びて何をしようとしていたの?
《星》の核は願いの元。だったら、きっとそこにはあの雲の本当の意志に沿った意味があったはずじゃない。そんなことを私は考えていた、
「どうしたの? さっきからずいぶん真面目に考えているようだけど。やっぱり何か気になってるの?」
私の様子が不審だったのだろう。
さすがに気になったらしいキズナが、少しだけ心配げな顔で聞いてきたが、私は思考の海に沈んでいた。
この街は大本の願いを反映していない、
本当に願いに沿っているのは、あの城、そしてあの『始まりの雲』。
それしかないんだ。
気持ちが悪い。このなんともいえない不思議な違和感。みんなが楽しんでいるはずなのに。
――違った。
一人楽しめていない。
『始まりの雲』はきっとこの街を楽しめていない。だから、白天の城は伸びたんだ。なにかが足りなかったんだ。
私はどこか、すとんとつかえが取れたような、腑に落ちたようなそんな気がした。
顔を上げる。
「うわあ、びっくりした」
そこには私を気遣っていたんだろうキズナが目の前にいた。びっくりして飛びすさっているが。
「どうしたの、スフィア。具合が悪いなら、治療の方法もあるけれど」
「私、もう一度あの城に行く」
「え?」
私はキズナの言葉にかまわず宣言した。
「もう一回あの雲に会ってくる」
「え? え? どうしたのさ」
さすがのキズナが戸惑っているが、気にしてなんかいられなかった。
「私行ってくる! キズナはここにいてもいいよ」
そういうと私は、店を飛び出し走り始めた。
目指すは白天の城。
私はどうしても『始まりの雲』に聞かなくちゃならないことがあった。
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