第14話:本当の願いと、造られた願い
白天の城を登る。
もちろんさっきと同じ階段だ。
登るのは大変だし、なにより二度目で疲れがぬけきっているわけでもない。
それでも駆け上がっていた。不思議とさっきよりも上がることが苦ではなくなっていた。というよりそんなことが気にならなかった。
「よくわからないけど、なにか忘れ物でもあったのかい」
キズナは相変わらず私の横を飛んでいる。ただし今度はトランクケースを持ってくれていた。
……なんだ持てるんじゃん。多分そうだと思ってたけど。
「どうしても会いたかったの、あの雲に」
「なんでさ。会ったところで何があるわけでも無いと思うけど」
私にも何でだかわからないし、何をしようとしているのかも正直わかっていない。
でも、体の中から来る衝動が抑えきれなかったんだ。
それはきっと言葉にすると『あの雲を助けたい』
そういうことなんだと思う。
この街の違和感の正体はもうわかっていた。
最初にキズナから聞いていた、この《星》の願いの核とこの街のあり方がずれていたからだ。
キズナが言っていたこの《星》の願いは『雲の上を歩けたら』。
この街では確かに雲の上を歩けているけど、雲で遊ぶことにこだわりすぎていて、元の願いがおざなりになっている。
私が最初に雲の上ではしゃいでいるのも、どこか不思議な目で見られていたのもそういうことだろう。きっとみんな、その楽しみ方が中心じゃなくなってるんだ。
だからきっと『始まりの雲』は白天の城を空に伸ばした。この街が自分のものじゃなくなったから、本当の願いを形にしようとしたから。
そうなんじゃないだろうか。
城を天に伸ばした先でしたかったこと。
それを聞きたかった。
なんで私にあのときあんな景色を見せたのか。
聞きたかった。話したかった。
疲れていたはずなのに、さっきよりも明らかに早く最上階が見えてくる。さらにスピードを上げて駆け上がる。
おそらくキズナは横であきれていると思うけど、かまっていられない。
着くなり展示室に駆け込むと、『始まりの雲』の入った球体に抱きつくように触れる。
『始まりの雲』は最初の時と同じように、静かにケースの中を漂っていた。
「ねえ『始まりの雲』さん。私ここにツアーでやってきた観光客なの。はじめて会ってしかも観光で来てるような私が相手で悪いけど、聞かせてほしいことがあるの」
『始まりの雲』は応えない。さっきのように動く様子は見えない。
「あなたがさっき見せてくれた景色。きっとあなたが本当に願っているのは、この《マボロシの海》で形にしたいのはあの光景なんだよね。ただ雲の上を気持ちよく歩く、それなんだよね?」
矢継ぎ早に私は話しかける。
「そして、あの景色では最後に、人が雲の端で何かを見ていた。あのときはわからなかったけど、きっとあの人は感動していたんじゃないのかな。喜んでいたんじゃないのかな? あなたの望みを教えて? きっとこの街ではあなた一人が楽しんでいない。それを私はなんとかしてあげたい。きっとあなたは今の状況でどうしたらいいのかわからないんだと思うから……」
一瞬私は言葉を切る。ここの世界にきてからしまっていた思いが少しあふれる。
「……だって、私もこの《マボロシの海》になんでいるのか。何がしたいのかわからないから。ここで出来ることを探さなくちゃいけないって今は思ってるから!」
「スフィア……」
キズナが心配そうに私を呼ぶ。
――私は雲の上を歩いて喜ぶ人を見るのが好きだった。その願いを叶えるのが意味だった……
――だが、街を楽しんでもらおうと力を使って、造った住民たちは、ただ雲を楽しむための街としてこの《星》を改造してしまった。
――それも悪くないのかもしれない。けれど、それは私の本当の望みではない。
――私にはしたいことがあった。雲の上を歩いてもらうだけではなく。その先に……。だがそれを理解してもらうことは出来なかった。
――でも彼らのおかげでたくさんの人が来る街は出来た。だから私は天にと伸びようと思ったのだ。その先の願いを叶えるために。
「《星》の核がスフィアに応えている……」
キズナが驚いていた。キズナにもこの声は聞こえているみたいだった。きっとこれはあり得ない光景なんだろう。
「その先の願い……?」
――ああ、《星》の発展を考えすぎて、だれもそれを考えてはくれなかったが。
ああ、そうか、わかった。
だからこの城は天に伸びたんだ。だからあの景色の中で人は雲の端を目指したんだ。
「ううん、私わかった。あなたの願い」
――わかっただと?
『始まりの雲』が不思議そうな声を出す。
――これまで誰も理解してくれなかった、私の願いを? なら言ってみるとよい。
「あなたは雲だもの。空にあるべきよね。それが本質。だからきっとあなたのその先の願いは……」
一拍の時を置いて私は答える。
「雲の上から、素敵な世界を見てほしかったんでしょ?」
――!
『始まりの雲』が言葉に詰まったように思えた。
――わかるのか。この想いが。
「わかるわ。だって遙か高い空から街を見下ろすって最高じゃない。それが雲の上からなんて、これ以上のシチュエーションはないって思う」
――そうだ。それが私の願い。理解してくれるのか。
「ええ、私もそれが見たい。こんな、っていったら悪いけど、中途半端な塔じゃなくて、もっともっと高い空から」
――ありがとう。こんなにうれしいことはない。しかし、それはかなわない。私の力はこの球体に封印されている。これ以上空には行けない。雲であるのに空に行けない。なんと皮肉なことか。
「大丈夫。私に任せて」
「待って、スフィア何する気?」
キズナが焦って私を制止する。
「え? 決まってるじゃない。このケース壊すの」
「いや、ちょっと! 人の街でしかも文化遺産の破壊行為はどうかと思う!」
「いいじゃない。このケースは文化遺産じゃないもの。そもそもその文化遺産本人が出たそうなんだから」
「そうかもしれないけど! そういうことじゃなくてさ!」
「だいたい、こんな観点で話ししたくないけど、この《星》で一番偉いのってこの雲なんじゃないの?」
「それは……そうなんだけど」
キズナは意外にこの手の理屈に弱そうだ。あと押しが弱い。うん、長い旅だし覚えておこうっと。
「ということなんだけど、あなたはどうかな?」
『始まりの雲』に問いかける。大事なのは本人の意志だから。
――それが叶うものならば、ぜひに
「よし、本人の許可も取れたので。キズナそれ返して」
私はキズナの持っていたトランクケースを帰してもらう。
「いいけど、何に使うつもり? ってまさか!」
「その通り! せーの!」
私はトランクケースを振りかぶると、『始まりの雲』を閉じ込める球体に向けて、思いっきりぶつけた。
――カシャーン
軽く綺麗な音を立てて雲を覆っていたケースは割れて飛び散った。うん、丈夫でいいトランクケースだ。これからも長く使えそう。
ケースが割れると同時に中から、白い宝石のように輝く雲が飛び出し、膨らみ始めた。
――なんと無茶をする娘だ
『始まりの雲』の声はどこか笑いをこらえているように思えた。
「結果が大事だと思うのよね」
――だが、ありがとう
そんな声が聞こえると同時に、『始まりの雲』は爆発的に膨らんでいく。きっとさっきの球体は、雲を圧縮して捉えておくためのものでもあったのだろう。
広がった雲は白天の城にとけこんでいく。次の瞬間に城が大きく振動し始めた。
「おい、これ大丈夫なのか?」
「さあね」
「さあ、ってそんなのんきな! 全部スフィアがやったんだろう!」
「そうね。でも私は、この街をつくったはずのあの雲が、一人だけ楽しくないのは我慢できなかったから。それに……」
「それに……?」
「きっとこの方がこの《星》が素敵になる気がしたから」
「だといいけどね」
キズナはもういろいろと諦めたようだ。
「あ、城が高くなってる」
震動はどうやらこの城が成長するときのものだったようだ。窓から見える視界がどんどんと高くなっていく。
まるで大きな樹が天に伸びていくように、だけど、ありえないほどすさまじいスピードで。
「見て、キズナ! すっごいよ」
「ああ、確かに。これはちょっとすごいね」
まるで加速するシャトルの中にいるよう。
爆発的な速度で空に向かって打ち上げられるようだった。
きっとこの城は空に届くのだろう。
私はその時がとても待ち遠しかった。
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