第20話:おもちゃで遊ぶ。無限の可能性を遊ぶ

 おもちゃ博物館は、私にとって無限の宝箱のようだった。

 きっとそれは、ここを訪れるすべての人にそうなんだろうな、って確信できる楽しさがここに詰まっていた。


 積み木を楽しんだ私は、その勢いのままに『遊戯のおもちゃ』のコーナーで、おもちゃ遊びを楽しんだ。

 コマ回しも楽しかった。

 手で軸を回すコマにもいろんな形と色があって、回すとき手に伝わる感触が違うのが心地よかったり、コマに書かれた模様が回ることで、別の絵を描くのを見ていると、これだけで無限に遊べる気にさえなった。

 糸を巻いて回すコマも遊んでみた。最初は全然うまく出来なかったけど、トイロ館長に教えてもらいながら、出来るようになった時の感動がすごかった。

 金属のリングを十字に組み合わせた中に円盤が入ったコマは、倒れそうで全く倒れないのが不思議で面白い。


 パズルにも熱中してしまった。

 さすがに時間がかかりそうなジグソーパズルは自分でやるのは回避した。それでも見るだけでも楽しくて、ものすごく大きな壁掛けの絵がジグソーパズルだと教えられた時には驚いてしまった。1ピースが私の爪くらいの小ささなのに、この大きさの絵ができるの?って。作る人の気合いと根性に心からの拍手。これも館長が造ったのかしら。 真っ白なピースを組み合わせた真っ白なパズルに関しては、さすがに理解を超えていたので見なかったことにした。


 何種類もある知恵の輪には相当時間を使ってしまった。

 難易度が低いのから超高いのまでたくさんあって、私は低い方だけしか解けなかったけど、その出来ないことすら楽しめた。

 ちなみにキズナは相当難しいのまでさらっと解いていた。口にはしてなかったけど、自慢げな表情をしていたのが少し悔しい。いつか再チャレンジだ。


「そろそろ次へ行こうよ」

 キズナがそれを言い出さなければ、きっとここだけでいつまでも遊んでいったのに違いない。それくらい、この展示は魅力的だったから。

 だってトイロ館長は止めないんだもの。

「まあ、気持ちはわかるよ。ここは時間を忘れて楽しめるもんね」

「私ここでどれくらい遊んでた?」

 このフロアには時計がないし、私も時計を持っていないので時間がわからなかった。

「聞く? やめといた方がいいと思うけど」

 キズナのその言葉に、相当の時間がすぎさったことを理解した。


「次はこちらにどうぞ」

 トイロ館長の案内で、別のフロアに移動する。

 このフロアは、とても賑やかだった。

 前のフロアにもたくさん人はいたけど、みんな熱中していたせいか賑やかって感じでは無かった。「ここは?」

「『交流と思考のおもちゃ』の展示ですな。要はゲームの展示です」

「ゲーム! 楽しそう!」

 私は駆け出す。

「うわ、ちょっと待って!」

 キズナが慌てて飛んできた。トイロ館長はそれをにこにこと見ながら、ゆっくりとあとを追いかけてくる。

 広いフロアの中に、大きなテーブルがあちこちたくさん置かれていた。さっきまでの飾るのがメインの展示と違って、ここは遊ぶのが中心みたいだ。

 いろんなテーブルでたくさんの人が楽しげに笑っていたり、悔しげな声をあげていたりする。みな一様にゲームを楽しんでいるのがわかった。


 どんなゲームがあるのか、きょろきょろと辺りを見回ってみる。

 カードで遊ぶゲームや、マス目の上にコマを並べて遊ぶゲーム、なにやら棒のようなものを慎重に積んで高さを競うゲーム、サイコロを振って遊ぶゲームなど、本当にたくさんのゲームがあった。

 さっき遊んでいた人形や積み木たちを思い浮かべながら、これもおもちゃなんだなあと、その幅の広さに思わずため息をつく。

 これまでのものは一人でも遊べるものだけど、ここのはみんなで頭を使いながら楽しむおもちゃだ。『交流と思考のおもちゃ』って、なるほどそういうことかと納得した。

 さてと、せっかくだからここでも遊ばないとっもったいない。

「おすすめはありますか?」

「そうですな……。こちらへどうぞ」

 案内されるままに、私とキズナはフロアの真ん中辺りにあるテーブルに向かう。

 そこには厚い木で出来たボードの上に、カラフルでいろんな形と大きさの板がたくさん置かれていた。横には束になったカードがある。ボードにはマス目が引かれていた。

「これはどんなゲームなんですか?」

「単純に申せば陣取りゲームですな。それぞれの色をプレイヤーが担当して、カードをめくり、そこに書かれたルールに従って、自分の持つ色の板をボードに配置する。最後にたくさんの板を置いて多く陣地をとったプレイヤーの勝利となります」

 なるほど、ルールは簡単そう。これなら私にも出来るかな。

「へえ、面白そう。やってみたい」

「ええ、どうぞ。説明は都度私がしますので、構えず遊んでくださいませ。まずは色を選んで」

「じゃあ、私は緑にしようかな。キズナはどれにする?」

「え? 僕もやるの?」

「そりゃそうでしょ。だって一人じゃできないもの」

「いや、僕ツアーガイドだし」

 キズナが複雑な顔をする。ただその顔は、心から拒否しているわけじゃないと私はみていた。

 だって、ここまでの間もキズナがなんとなくそわそわしているのが見て取れたもんね。

「キズナも遊びたかったんでしょ。わかってたよ私」

「え!? いや、そんなことは」

 驚いているが、その態度でバレバレである。

「いいじゃない、遊ぼうよ。楽しませるのもガイドの役目でしょ。あ、だからって手を抜くのは無しね」

「……しかたないなあ。少しだけだよ」

 しぶしぶと言った感じでテーブルの反対側に向かう。だが、その目にわくわくが感じられるのを私は見逃していない。まあ、黙っていてあげるけど。

 キズナは赤を選んだみたいだ。

 さて、ゲームスタートだ。


「それではカードをめくります。最初だけは私が」

 そこには『角に置く』と書かれていた。

「わかりやすいのが出ましたね。それぞれの板をどれか選んで角においてください」

 私もキズナも角に板を置く。正方形のものを私は置いた。キズナは細長い板を置いていた。

「次はスフィア様が」

 引いたカードは『自分か他のプレイヤーの板の隣に置く』だった。

 キズナの赤い板の横に、十字みたいな形の板を置いた。

「次はキズナ様が」

「えっと『自分の板の角につくように置く』か……。って今のスフィアのが邪魔でおけないじゃないか! こういうときは? 館長」

「パスですな。このように、相手の邪魔もしつつ自分の陣地をいかに増やしていくかが鍵となります。簡単ですが、意外に奥は深いですよ」

「絶対このあとお返ししてやる」

 キズナは悔しそうだ。負けず嫌いめ。

「出来るといいねー」

 私も軽口を叩く。きっとこれくらいぶつかった方がゲームを楽しめるに違いない。


 初心者二人のゲームだったが、これが驚くほど白熱して、私はとても楽しくなっていた。

『ボードの端に2マス以上つくように置く』

「キズナの横に置いちゃお。これで少し置きにくくなったでしょ」

「嫌なとこ置くなあ」


『二つ置くか、相手の板を一つ取り除く』

「じゃ、スフィアの今置いた板とりのぞくね」

「え! キズナそれ無しでしょ!」

「ルールはルール」


『同じ形の相手の板と自分の板を取り替える』

「ラッキー、そこもらい!」

「あ、スフィアひどい! そこ無くなると戦略が崩れる」

「カードに書いてあるから仕方ないもんね」


『二つ以上の板に付くように置く』

「あっぶな! 置けるところひとつだけ」

「うーん、キズナの置き方うまいなあ。私の置けるところ減ってきてるんだけど」

「先まで見越して配置してるからね」

「ずるい」

「ずるくない。そういうゲーム」

「初心者なのに!」

 なんてやりとりでひたすら盛り上がった。

 あくまでけんかはしていないことを付け加えとくね。この掛け合いも含めてきっとゲームなのだ。


 そして、ついにゲームの終わりが来た。最後のカードを私が引く。

『自分の板の隣以外に置く』

「えっと、もう置けるところないんだけど、これどうしたら」

「置けるところがないので、これで終了ですね。あとは陣地を計算して、大きい方が勝ちです」

「どう考えても、赤の方が多い!」

「キズナ様の勝ちですな」

 悔しい! キズナを見るとほっとした顔をしている。

「よし、逃げ切った。いやあ、危なかった」

「途中までは逆転できそうだったのに! 最後の三回が」

「カード運に助けられたけど、勝ちは勝ち」

「やる前は、乗り気じゃ無かったくせに!」

「やるからには本気でやるよ。そう言う性分」

 そんなやりとりを微笑ましくトイロ館長が見ていた。

「このゲームは楽しかったですか?」

 もちろん勝ちたかったし悔しかった。けれど私は心からこう答えた。

「ええ、もちろん! とっても楽しかったわ!」

「僕も。久しぶりですよ。ゲームなんてしたの」

「それはよかった」


 私もキズナも頭をフル回転させて、ゲームを遊んだ。きっとどちらも手抜きなんて無くて、本気で遊んでいた。

 それがとても楽しくて、うれしくて、ああ、おもちゃで遊ぶって、いろんな形があるんだなって私は実感していた。

 おもちゃの可能性は本当に無限だ。

「ねえ、キズナ」

「なに?」

「おもちゃ博物館、楽しいところだね」

「うん、そうだね。喜んでもらえてガイドとしてもうれしいよ」

 そんなキズナの顔もすっきりとしていて、遊びを楽しんだあとの顔に見えた。


 ふと、私は今遊んでいたゲームのボードに目をやる。

 そこには、私とキズナが今のゲームの過程で造った、赤と緑の複雑な模様ができあがっていた。

 この中に、このゲームでの楽しさや悔しさや、キズナと遊んだ思い出や、そんなものがすべて詰まっているんだということが少しうれしかった。

 まるで素敵な芸術作品のようだなって思えて、そう思えたことが楽しくて、そんな最高の満足感が私を包んでいた。

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