旅の準備 第6話:星間列車に乗って、いざ最初の旅へ
「旅の最初はどこにいくの?」
私は期待が抑えきれないと言った勢いでキズナにつめよる。
「決まっているじゃないか」
「だからどこ?」
「旅の最初と言えば、まずは移動だよ」
そういったキズナは、私を先導してすこし先を飛んでいく。
なんか三角の布の着いた棒をひらひらと振り回しているのは何の意味があるのだろう?
「このツアー、最初はどこの《星》に行くの?」
移動のついでに聞いてみる。よく考えたらツアーの行程とかをまったく聞いていない気がする。
「それは行ってからのお楽しみ。もちろん全部の行程はスフィアにあわせて組んだから、どこも楽しめることは保証するよ」
「普通そういうのって最初に説明するんじゃないの?」
よくは知らないけど、あまり行き先を聞かないで旅に連れて行かれるって言うパターンはないような気がする。
「うちは、お客様の喜びと驚き重視なのでね。こういう事前情報無しって旅もいいもんだと思うよ」
「まあ、どのみちこの世界のことなんて、何一つわからないからお任せはするんだけどさ」
「さて、最初のポイントに到着するよ。あれ見える?」
そう言われてキズナの指さす先を見ると、そこには一階建ての建物が見える。真ん中には通路のようなものがあって、その途中にはゲートがあるように見えた。
建物の横からは光る線が左右どちらからも伸びている。光の道は果てしなく延びていて、その先には……。
「気づいた? そうこれが《星》に続く《マボロシの海》の交通機関。通称星間列車の駅舎さ」
「星間列車? 列車で《星》と《星》をつないでいるってこと?」
私は驚いた。そんなしっかりした交通機関がこの不思議な空間にあるなんて、考えもしなかったから。
「そりゃね。《星》の間はかなりの距離がある。歩いて行くだけだとさすがに厳しい。そんなわけで、こういう交通手段が結構多く張り巡らされてるんだ。まずはこの星間列車で最初の《星》を目指すのがツアー最初の行程だよ」
「星間列車! なんて素敵な響きなのかしら!」
思わず心が躍る。
その名称だけでも素敵なのに、この素敵な空間を列車に乗って渡っていけるとは思わなかった。
旅には列車がつきものっていうけど、この《マボロシの海》にもそんなものがあったなんて。
私は高まりを抑えきれずに駅舎に向かって走り出した。
駅舎の入り口をくぐり、改札を通ろうとしたところで、キズナに肩をつかまれた。意外に力は強い。キズナがものにも触れるんだと言うことを自分の体で実感する。
「わあ、待って待って!」
「なによ?」
「切符も無しにどこに行くつもりなのさ。星間列車にも当然切符は必要だからね」
「あ、それはそうよね。ごめん」
どこにだってルールはあるってことかと反省する。きっとこのあとの《星》にだっていろんなルールがあるんだろうから気をつけなくちゃ。
そのためのツアーガイドでもあるんだと、ようやく気づく。
「はい切符。これもって通るといいよ」
キズナが渡してきたのは、手のひらサイズの長方形の切符。そこにはこう書いてあった。
『《マボロシの海》の果て駅 ↔ 雲の道駅』
「雲の道駅?」
気になる駅名だったので、私はキズナに聞いてみた。
「そう、それがツアー最初の《星》さ。詳しくはあとで列車の中で教えてあげる。それよりさあ、まずは改札を通って。そろそろ星間列車が来てしまう」
私はあわてて、もらった切符を改札のおそらくここだろうというスリットに通す。より駅舎の中に近いスリットから切符が出てきたのを受け取った。
通ってきた切符をみてみると、不思議な文様のスタンプが押されていた。これが改札を通った証と言うことだろうか。
改札を通って、通路を抜け、ホームまでキズナに案内されながら進んでいく。
ホームに着くとそこには光り輝く線路が左右に走り抜けていた。行き先側を見ると、どこまでも光の道は続いているようだった。
「これが星間列車の線路だよ。スターロードなんて呼ばれることもある。《マボロシの海》に縦横無尽に走り巡らされていて、これ自体が観光名所になっていたりなんかもするくらい」
「うん、これだけでもすごく綺麗。光の道なんてとってもロマンチックよね」
「最初に案内した人はまずこの綺麗さに驚くんだ。そして星間列車にも。ほらスフィア、あっち側を見てごらん」
キズナが私が見ていたのとは反対側を指さす。
そっちを見てみると、なにか大きなものが光る線路を通ってこちらに向かっているようだ。
あれが星間列車なんだろう。
じょじょに星間列車が近づいてくる。
光の道を輝く列車が走ってくる。
柔らかい光を放つ列車は、ゆっくりと色彩を変えながら輝き、光の尾を引いて走ってくる。
まるで流れ星のよう。
光が近づくにつれて、星間列車の音が聞こえてきた。
線路を叩くレトロなガタンガタンという音。
どこか心を温かくしてくれるような、優しい響き。
そして、星間列車が駅舎に入ってきた。
「え?」
私は驚いた。
その姿は私が想像していたような、細長い箱に人がたくさん乗るような乗り物とは違っていた。
まさに流れ星なのだ。
とげが突き出たいわゆる星形の立体の中がくりぬいてあるような形状。そして、その後ろには絵本に出てきそうな、流れ星の尻尾がキラキラと霞のように後ろに長く揺れてたなびいている。
星形の立体は乗車席になっているようで、外に向けた窓とその中には座席が見える。
また星形の乗車席にはドアがこちら側に向けて一つ着いていた。さあどうぞ乗ってと言っているように、ドアが自動でスライドして開いた。
「さあスフィア、星間列車に乗るんだ」
「え、ええ」
キズナに促されて、私は戸惑いを隠せないままドアをくぐり中に入る。
そこにはソファのようにゆったりした座席がいくつか見えた。座席の数は少ない。
私は一番前の窓の近くの席に座った。
ソファは沈み込むように柔らかくて、座り心地はとてもよかった。ソファも外側のようにぼんやりと光を放っている。暖かい光だった。
キズナはどうするのかと思ったが、これまでどおり私の前で飛んでいるようで、座る気はなさそうだ。
駅舎の方からベルの音が聞こえる。
「さあ、発車だ。ここから君の旅は始まる。窓からの《マボロシの海》の景色をよく見ておくといいよ」
私は窓に手を当て、外を眺める。
ガタンと一つ揺れたあと、ゆっくりと星間列車は動き始めた。
ゆったりした加速。
少しずつ窓からの景色が流れていく。
――そして
次の瞬間、とてつもない速度で加速した。
キラキラと輝きの粒子が窓の外にはじけている。窓の外の景色が光の線となる。
きっと外から見れば、この星間列車は《マボロシの海》を走る流れ星になっているんだ。
あっという間に駅舎は過去の領域となった。
悲しいわけじゃないのに不思議と涙が出そうになる。
《星》の間を走る流れ星。
私は今この流れ星の中にいるんだ。
なんて綺麗な景色なんだろう。
なんて素敵な経験なんだろう。
体と頭の中全部が震えるようなそんな体験。
これが旅なんだ。
旅の始まりなんだ。
私の旅についての最初の思い出は、そんなところから始まった。
「これはツアーの始まりの始まり。これからもっと面白い世界がスフィアを待っているから、どうぞお楽しみに」
キズナがニヤリとした笑みを浮かべる。
さっきまでなら少しイライラしたそんな表情も今は全く気にならない。
――だって、私の《マボロシの海》を巡る旅はまさに今、星間列車の疾走とともに始まったんだから。
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