旅の準備 第5話:ツアー特典はこちらになります
「さあ、それじゃ早速ツアー開始! 《マボロシの海》をくまなく旅してやるんだから!」
私は真っ先に視界に入った光をびしっと指さして、セリフをきめる。
キズナの説明から考えると、この空間の中にたくさん見えていたあの光が《星》というやつなんだろう。
あの《星》一つ一つにどんな世界があって、どんな幻想が見られるのか楽しみで仕方なかった。
「気合いが入っているのは企画提案者としてうれしいんだけど、そのセリフは僕が言いたかったな。一応ガイドは僕だし。まるでこの旅がスフィア主導みたいに聞こえてくるじゃないか」
ツアーガイドのキズナが文句を言ってくる。半透明でふよふよ浮きながらでは文句を言っていてもかわいく見える。
ひょっとして、ツアーが始まる時のお決まりセリフだったのだろうか。それを奪ってしまったのだとすると恨まれそうだ。
ま、気持ちが高まってしまったものは仕方ないってことで許してもらうことにしようっと。
「細かいことは気にしないの。私は早くこの素敵な世界の旅に行きたいんだから、案内してくれる? ガイドのキズナくん」
「一応お客様とガイドの関係性なんだから、その気安い呼び方もなんとかしてほしいなあ。あとさっきも言ったし、記憶が無くてわからないかもしれないけど、君の見た目から考えると多分確実に僕の方が年上だと思うよ」
「はいはい、了解。キズナよろしくね」
「結局呼び捨て……、まあいいか。よろしくスフィア。で、早速だけれど、まずはツアー特典を一つ渡しておくよ」
「特典?」
そんな話は聞いていなかった気がする。それでももらえるものがあるなら、もらっておきたいって言うのが本音だ。だって私は今なんにも持っていないんだから。
「ほんとは契約前に説明しようと思っていたけれど、命名騒動の勢いで忘れていたんだ」
「騒動って失礼ね。名前は大事なことだったんだから」
私は少しむくれてみせる。
「それはすまなかった」
「で、特典って何? なにかもらえるのかしら」
「ああ、幻想旅行社のツアー参加者にはもれなくこれをプレゼントしてる。今の君には特にいいものかもね」
「今の私には?」
その言葉には答えずに、キズナはまた肩から下げている鞄を開けて何かを取り出しはじめた。
小さな箱のように見えたけど、取り出すにつれどんどんと大きくなって、最終的には、私の体くらいはありそうな大きな箱になった。
「いや、ちょっと待って! さすがにおかしいでしょ! なんでその小さい鞄からそんな大きなのがでてくるの!?」
我慢しきれずつっこむ。さっきの契約書のときもおかしいとは思ったが、これはさすがにおかしいが過ぎると思う。
「この不思議な世界でそんな常識的なこと言われてもね。このあとのツアーだと、こんなの不思議のうちにもはいらないよ。僕のこの鞄も幻想旅行社謹製の特注品だからね」
「それで納得していいの? ほんとに?」
「じゃあ、これいらない? これ必要だと思うけど」
言われて見てみると、キズナが取り出した箱はトランクケースだった。
革製だろうか。全体は白の革張り。光沢のある茶色の革の頑丈そうな持ち手がついている。角は装飾のある金属の板で補強されていて、あちこちに大きめの鋲がとめられていた。
それだけだと無骨な感じなんだけど、所々に宝石のような色とりどりの石が埋め込まれていて、とてもかわいくておしゃれな感じのするデザインになっていた。
「うわあ、なにこれ素敵!」
「喜んでもらえてなにより。これも幻想旅行社の特注品でね。次元圧縮機能付き、っていってもわからないか。要は旅の途中で手に入れたものが、いくらでも入れられるトランクケースなんだ」
「へえ、それは便利だわ」
旅ともなれば、お土産の一つも買うことだってあるだろうし。たくさんの《星》を回るならなおさらだ。
「それだけじゃないよ。このトランクケースは旅の途中で必要になるものはすべて入ってる。例えば……、なにか今ほしい物言ってみて」
キズナが自慢げに行ってくるのが少し引っかかる。それだけ誇れるものということなんだろうけど。
今欲しいものと言われても、ちょっと困るけど旅と言えば……。
「帽子! 旅と言えばリボンの着いたおしゃれな麦わら帽子は必要だと思うの。日差しの強い《星》にいくかもしれないじゃない? 今、私なにもかぶってないもの」
「帽子ね……。もう少し必要なものがあるような気もするし、どこで手に入れた知識なのか気になるところだけど。まあいいか」
キズナはそう言うと、トランクケースに近づいて持ち手の両側についていた2つのロックを外す。小さな体でうまく開けるものだなあと感心した。
そしてケースを開けると、中から虹色のもやのようなものが見える。
「スフィア。ほしい帽子をイメージしてその中に手を入れて見て」
そう言って私にトランクケースを渡してきた。
「手を入れるだけ?」
「そう、イメージが合えば、勝手に出てくる」
おそるおそる虹色のもやの中に手を入れる。もや自体は特に感触はなくて、霧の中に手を入れたような感じ。ごそごそと辺りを探っていると何かが手に触れた。
これかしら? と一気に引き出す。
もやから出てきた手には、イメージしたとおりの少し編み目が大きくて幅広、赤のリボンがかわいらしくデコレーションされた麦わら帽子がにぎられていた。
「すごい! そうそうこんな帽子がほしかったの!」
私は早速その帽子をかぶって、くるくる回って見せる。
「似合ってる?」一応聞いてみる。
「お似合いですよ、お嬢様」
キズナが茶化してくる。まあ予想通りだからいいや。
「そんな感じで、旅先で必要なものがあったら、そのトランクケースから取り出すといい。大体のものは手に入ると思うよ。もちろんなんでもって訳にはいかないし、必要でも無茶な要求には答えられないけど」
なんて便利なトランクケースなんだろう。これだけでも十分すぎるくらいの特典だ。すべてを失っている私にはありがたすぎるくらい。
「うん、十分。ありがとね」
「よかった、気に入ってもらえたようで。あとそのトランク少し貸してくれるかな?」
「うん? いいけど」
「もう一つ君に必要なものを出さなくちゃ」
「必要なもの?」
キズナは開いたままのトランクの中に手を入れる。虹色のもやの中をしばらく探ったあと取り出したのは一足の靴だった。
「靴? これは?」
「これは、君はこの《マボロシの海》を歩くための特別な靴さ。さっきからスフィアは、ここではうまく動けなくて回ってしまったりしていただろ? それはここには上下も足場も何もなくて空回りしてしまうからなんだ。その靴は、《マボロシの海》を構成する幻想の粒子をとらえて歩けるようにしてくれるものさ。さあ、はいてごらん」
私はキズナに渡された靴を眺める。こちらも私好みの装飾が施された白のスニーカーだ。上品なデザインで歩きやすそう。きっと旅先でどれだけ歩いても足を守ってくれるに違いない。
私は今履いていた靴を脱いで、トランクケースに入れてみる。靴はもやに溶けるように見えなくなっていった。きっと取り出すことも出来るんだろうな。
新しい靴を履く。足に思った以上にフィットしていて驚いた。私のサイズなんてわからないはずなのに。本当に必要なものが出てくるんだなって、あらためて感心してしまう。
「歩いてみるといい、驚くよ」
キズナの言葉にあわせて、足を一歩出してみる。
「あれ?」
これまでは宙を漂っているだけだった私の足は、確かになにかを踏みしめていた。
もう一歩踏み出す。今度もしっかりした足場の感触があった。
そのまま歩いてみた。
歩ける。私の思う方向に自由に歩ける!
思ったままに動けることがどれだけ素敵なことか、はじめて実感したような気がしていた。
不思議とこの上下のないはずの世界での不安定な感じは消え、自分の方向が定まった気がした。
「この靴もすごいね。これも特注品?」
「ま、そんなところ。これでスフィアもこの《マボロシの海》を自由に歩くことが出来るよ」
「うわあ、すごい。あなたたちってすごいのね」
心から感動していた。
自由って素晴らしい。
「そういったもらえると、こちらとしてもうれしいよ」
私の感想がストレートだったからか、キズナも素直に受け取ってくれたようだ。かわいいところもあるじゃない。
ところで気になった疑問をキズナにぶつけてみる。
「そういえば、キズナって立体映像みたいなものって言ってたけど、ものには触れるの?」
素朴な疑問を口にする。今までも鞄から私も触れるツアーガイドとか、契約書とか出してたから今更かもだけど。
「ただの映像じゃないからね。マボロシで出来た仮想の体ってとこかな。実体じゃないから透けて見えたり、形をある程度自由に変えられたりするし、この《マボロシの海》の中でも思った通りに自由に空間を移動できる。ものにも触れるしなんなら食べ物だって食べられるよ」
「へえ、便利な体なのね」
素直に感心する。私もそんな体なら、自由にこの空間を旅できたのかも。
「さあ、便利かどうかはね。でも旅のガイドとしては、お客様と同じ体験が出来ないと、与えられる楽しさを逃すこともあるから」
少し含みがある言葉に思えた。
どこかにさみしさのようなものを感じた気がしたのは、私の気のせいだろうか……。
「まあ、そんなことはいいじゃないか」
そう言うとキズナは私から少し距離をとり、私の少し上でうやうやしく一礼する。
「これで本当に旅の準備は完了。さあ、お客様、いよいよこの
旅の荷物は、大きなトランクケースと帽子、そしてこの世界を踏みしめるための靴。
そして、一番大事な旅に期待する私の気持ち!
これで旅の準備は完了。
そう! ここから《マボロシの海》を巡る私の旅ははじまるんだから!
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