第38話:すべての宝石がある街

 光と輝き。

 私がこの駅について最初に思った言葉はそれだった。

 星間列車を降りた私とキズナを迎えたのは、様々な鉱石のきらめき。

 まぶしいくらいに、そして夢を見ているように、心を指してくる景色。

 まだ、駅を降りたばかりだというのに……。

 私はしばらくその場から動けなかった。


 視界に入っていたのは、鉱石街。

 キズナからは、鉱石の《星》の最初の街と言われているところだ。

 入り口の、まあ言ってみれば観光用の、整備された場所。

 そこですら、これなのか……。

 建物はすべて、色とりどりの鉱石で建設されていて、壁も装飾もそして窓も、赤や青や緑や黄色、様々な色の鉱石でつくられている。

 どの建物もきらびやかに輝いて、別の世界の景色のよう。

 いや、別の世界か。

 要は、街の全てが宝石でできているんだ。

 なんて贅沢。そして、なんてすてきな街。

 絵に描いた想像の景色のような世界がここに展開されていた。 

 すべてが宝石でできた街が見たい。そんな願いもこの街のそしてこの《星》の構成要素になっているのだろう。

 見とれてしまった私の肩をポンとたたいたのはキズナだった。

「さあ、行こうスフィア。ここはまだ入り口だよ。中はもっとすごいからね」

「うん、行こうよキズナ!」

 私は、キズナの手を引いて駆け出すように街に入る。

 キズナはいきなり手を引かれて戸惑ったようだけど、よろこんでいる私を見て、笑顔で対応してくれた。きっと、ほっとしたのもあったんだろう。


 街の入り口からは、まっすぐ伸びた中央ストリート。

 その周りには、おそらく観光向けの店舗がずらり。

 ここまでは普通の観光地にもよくある光景。

 ただ、違うのはその全ての建物も道も宝石でできていること。

 輝きを放つ、ルビーでできたまっ赤な建物。

 落ち着いたフローライトのグリーンのお店。

 そしてオブシディアンでできた重厚な食堂。

 遠くに見える塔に輝くのは、ダイヤモンドの大時計だろうか。

 どれも正直統一感は無かったけど、豪華な宝石でできていることがわかる。

 妖精の街に紛れ込んだような、ファンタジー感。

 ストリートの石畳まで、すべてが色とりどりの宝石でできているなんて、すごすぎて言葉を失ってしまう。

 これだけキラキラと輝く街が他にあるろうか?

 こんなに、どの建物を見ても心が沸き立つストリートがどこにあるだろうか?

 私は、うっとりと周りを見渡しながら、ゆっくりと景色を堪能していた。

「気に入ってもらえてるかな?」

 キズナが私の後ろをふわふわと飛びながら聞く。いつもなら私の前を導くように飛んでいるから、ここは私の行動に任せて反応を見ているのだろう。

「うん、いきなり感動してる! ここまだ入り口だよね? それでこんなにすてきなんて思わなかった。だってほらあれも!」

 私が指さした先には通り沿いの、小さな屋台。

 そこですら、すべてが鉱石でできた石造りの小屋だ。そんな屋台ある?

 看板には、猫のデザインがあしらわれ、そこには大きなタイガーアイが当たり前のようにはめ込まれている。動く度に目の表情が変わって面白い。

 売っているのは何だろう?

「そう、このエリアは商業用の鉱石街と呼ばれる街だ。本当に見せたいこの《星》の景色はもっと奥のエリアだけど、ここも十分すごいだろ?」

「ここまでとは思わなかった! まさかぜんぶ宝石製なんて! お店一軒建てるためにどれだけの宝石使ってるの? すごすぎない?」

「この鉱石の《星》は『すべての美しい宝石がある場所があったなら』だからね。あらゆるものが鉱石をベースにできている。ここは入り口だから、わかりやすく宝石系が使われているけど、本来はもっといろんな鉱石が使われたエリアもあるんだ。鉄鉱石だってもちろんそうだし、装飾用に花崗岩や閃緑岩なんかも使われる。でもやっぱりお客要望的に宝石系がベースになってるかな。なにせいくらでもあるからね」

「わあ、すごいね」

 思わずため息が出る。

 宝石がこんなに贅沢に使われているのに、品が無いと言うことはまったくない。

 どれもそれぞれの石を生かした、すてきな建築になっている。

 よっぽどセンスのいい設計者が造った街なのだろう。

「ここは、コアの願いのおかげか本当に無尽蔵無造作にあらゆる鉱石があってね。基本的には美しくはあったけど、無骨で自然みあふれる、景色をメインとした観光場所だったんだ。でもやっぱりここを訪れる観光客は、宝石としての価値を見いだす人が多くてね。自然にこう言う街ができていった」

「毎度の質問かもだけど、だれがつくってるの?」

 すべての《星》は願いから生まれて、そしてできた《星》のコアが《星》を構築していくという。その《星》がこういう風に発展していくのは誰の手による物なのか。

 どうしてどこも観光地化していくのだろう。

「ちょっと頭の痛い質問ではあるんだけどね。正直なところ。願いは思ったより不変では無いんだ。最初に生まれるきっかけとなった願い、その《星》を見て誰かが願った願い、そして《星》を訪れてこうあればいいのにと観光客が願った願い。そう言った物が、少しずつ《星》を変えていくんだ。《星》といえど普遍では無いということだね」

「そっか、《星》も時を重ねると変わっていくんだね。少しさみしいかも。そのままの最初の《星》が見てみたかったかな」

 少しだけ感傷的な気分になる。今のこの街も楽しそうだけど、最初の何も無かったシンプルな生まれるときの願いを反映した《星》が見たかったというのはノスタルジックな発想なんだろうか?

「正直なところ、僕もスフィアの気持ちには賛成。あんまり観光地化されると元の良さが消えてしまう気がしてね。変わらない良さもあっていいと思っている。……まあ、観光地としては大成功の部類だから、旅行社社員としては失格なのかもだけど」

 キズナは自嘲気味に言う。きっと真面目な彼のことだ本当にそう思っているんだろう。

「ううん、いいと思う。私そういうキズナの真面目なところいいと思うよ」

「あ、そ、そうかな……?」

 急に言われたせいか、少し照れてるのが面白い。

「そういうもんかな、うん。考えを改めてもいいかも……」

 なんてブツブツ言っている。かわいいなあ。なんて言ったら怒られるだろうけど。


「ねえ、この後の旅程はどうなってるの?」

 これも珍しく私から言ってみた。キズナが戸惑ってるのもあるけど、単純に楽しみだったからと言うのもある。

「ああ、そうだった。このあとは、まずこの鉱石街でよくある観光を楽しんでもらおうと思っている。たぶん思っているより楽しいよ」

 キズナがほっぺたを両手でたたいて気合いを入れてから説明を始めた。

「そして、次は鉱脈を見てもらう。ここは地層から湧き出ている鉱石の自然の姿を見てもらえるよ。そして、最後は原初の鉱脈を見てもらう」

「原初の鉱脈?」

「うん、さっき言っていたこの《星》の最初の姿そのままの場所さ。世界の全ての鉱石、そして、これから生まれる鉱石すらここには存在しうる、そんな奇跡の場所なんだ。ただの石じゃ無い。力ある《マボロシの海》ならではの鉱石をみることができるよ」

 《マボロシの海》ならでは……。それは引かれるものがある。

 旅としての魅力、そして、今私が求める自分と《マボロシの海》の関係と意味、そういった情報をみつかったりするだろうか?

 そこでは、私がここにいる意味は見つかるだろうか?

「うん、とても楽しみ。さあ、キズナ案内して!」

「よし、調子出てきたね。それでこそスフィア! じゃあ、まずはこの鉱石街を全力で楽しむこととしよう! いくらでも見てほしいところがあるからね」

「わあ、楽しみ。さあ行きましょう」

 私はキズナの手を引いて走り出す。

 最も美しい《星》。鉱石の《星》、その旅と楽しみはここからはじまるんだ。

 わくわくする気持ちを抑えることもなく、私スフィアは旅を開始した。

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