第4の旅:鉱石の《星》

第37話:最も美しい《星》、鉱石の《星》へ

 ほんの少し離れていただけなのに、なんだか懐かしい揺れ。

 体に感じる、小刻みで少しだけ不連続で、でもどこか安心する音の響き。

 星間列車は、不思議と私の帰る場所になっているようなそんな感じがしている。

 《星》の旅をしては、星間列車に戻って次の《星》へ。

 そんな繰り返しももう4回目になるだろうか。


 記憶も無く、家もわからない。

 そんな私スフィアにとっては、ひょっとしたらこの星間列車が今の家といえるのかもしれないなと思った。

 お茶会の《星》を出る船に乗った私は、後ろ髪を引かれつつも遠ざかるティーパーティの会場を後にした。

 美味しいお茶とお菓子たち。

 夢のような時間も終わりを告げた。

 だけど、そこでは甘いだけでは終わらなかった。

 幻想旅行社の社長からの問いが頭の中からなかなか消えてくれない。

 私は誰なのか、ここはどこなのか、なぜここにいるのか?

 放置してきた謎がここに来て重い問いとなって頭を巡る。

 でも、私は旅を楽しもうと決めた。

 それは、もう揺らがないだろう。

 だから、旅をする。そして楽しむ。

 その中で、《マボロシの海》についても私自身についても知っていけばいい。

 きっと時間はいくらでもある。

 知ることは必要なことなのかもしれないけど、求めていることじゃない。


 だから、私は次の旅を全力で楽しんでやろうと決めていた。

 キズナから告げられた次の《星》は、鉱石の《星》。

 通称『最も美しい《星》』と呼ばれているらしい。

 そんなもの楽しみに決まっているじゃないか。

 全ての世界中の鉱石、そして宝石がすべて存在する《星》なんだそうな。

 わくわくする、ドキドキする、そして目がキラキラする。

 どんなに美しい《星》なんだろう。

 ああ、楽しみで仕方ない。

 

 いつもなら星間列車では次の《星》までは寝てしまうところだけど、今回ばかりは目がさえて眠れない。

 窓の外を眺める。

 星間列車の軌道である、スターレイルの描く幾何学模様が、すてきな景色を《マボロシの海》の濃い青と紫の空間の中に描かれている。

 これだって、もちろん美しい。

 どこに行っても、見える模様は様々で飽きないし、時折見える他の列車の流れ星のような光を見ていると、他にも自分のような旅人がいるのかなとうれしくなる。

 この旅行のツアーガイドである、幻想旅行社の社員でパートナーのキズナはと言えば、次の《星》の旅程を確認するのに余念が無い。

 タブレットのにらめっこをして、ああでもないこうでもないとうなっている。

 どうも、前のお茶会の《星》で、社長が私の気分を害したと思っているようで、取り戻そうと必死なようだ。

 そんなに気にしてないんだけどな。

 基本的に真面目くんなのだ。キズナは。

 そういうところが嫌いでは無い。ツアーガイドとして信頼してもいるし、旅のパートナーとしても悪くない。

 なにより、見た目が可愛くて反応が楽しい。

 おもちゃ箱の《星》で見たようなぬいぐるみの小柄さ、それなのにビシッと着込んだコートと目深にかぶったキャスケット帽、そして仕事道具が入っているらしい肩掛け鞄。

 このギャップがよいのだ。

 マスコットキャラとしての位置を、私の中では確立している。

 仕事に集中しすぎて、私が放っておかれている感じもなんだか抜けていてかわいらしい。根っから仕事好きなんだろうなあ。

 キズナの方では私の方をどう認識しているのか、なんて少し心配になる。

 私はいい客だろうか?

 

 そんなことを考えているうちに、プランが固まったようで、よし!とか言いながらタブレットをしまった。

 ふうと一息ついて、顔を上げる。

 そしてそこにはキズナを凝視している私がいるわけだ。

「なっ!」

 一気に顔をまっ赤にしてそっぽを向くキズナ。

 きっと、いつものように寝ているか、外の景色を見ていると思っていたんだろう。

 まさか、仕事の間中ずっと、キズナを見ているとは思っていなかったらしい。

「なんで、僕を見ているのさ! 景色を見てなよ!」

 照れ隠しに怒るキズナに、私はにっこりと笑いかける。

「だって、真面目に仕事してるキズナが面白くて。ほんとに誠実だよねキズナは」

 顔がまっ赤になっている。真面目なところを見られるのはどうにも恥ずかしいらしい。

「スフィアったら! これだから君の行動は読めなくて困るよ……」

 なんてぶつぶつ言っている。かーわいー。

「これからの旅程は決まったの?」

 これ以上はいじめてるみたいになりそうで、切り上げることにする。

「ああ、一応ね。前の《星》では余計な茶々が入ったから、今度は念を入れて楽しんでもらえるプランに変更したよ。もう、あの人は、割り込んでこないと、おもう……」

 ここまでやっても自信なさげになるのか。ウォッチさんは何者なんだろう、ほんと。

「それにしても眠ってないなんて、珍しいね。なにか調子でも悪い?」

 キズナの言葉は心配の思いを多分に含んでいた。基本、優しいのだ。

「ううん、ちょっといろいろ考えちゃっただけ。今まで放置してたあれやこれやに」

「今は気にしないことさ。考えてわかることじゃきっと無いからね。スフィアの今のやるべきことはこのツアーを楽しむことさ」

「うん! それはそのつもり。次の《星》が楽しみで! だって、この世界でも最も美しい《星》なんでしょ?」

「ああ、その通り。いろんな《星》があるけど、単純な少なくとも見た目の美しさ、そして華やかさなら、この《星》に勝るものは無い」

「鉱石の《星》だもんね。鉱石と言えば、宝石! どんなきれいな景色が見れるのかしら」

 夢が膨らむ。

 宝石が所狭しとならぶ《星》。ルビーやサファイヤや、ダイヤモンドにオパール。

 どんな宝石と会えるんだろう。どんなすてきな景色なんだろう。

「そう、鉱石の《星》は、宝石の《星》でもあって、観光客は最大規模と言ってもいい、あらゆる宝石がここにはあるからね」

「そうなのよね。楽しみ」

「スフィアはパワーストーンって知ってるかい?」

「え? ああ、なんか持ち主に石に応じた効果を授けてくれる、不思議な力を持った石だっけ?」

 どこから聞いた知識かもわからないが、その中身は記憶から取り出せる。

 それは、どこからの知識なのだろう。記憶を失う前なのか、それとも……。

「そう、その通り。この《星》には、きれいな景色だけじゃ無くて、パワーストーンの力を求めてくる人も多い。まあ、お守りレベルのものから、ほんとに強力な力を与えてくれる物までね」

「へえ、それはすごいね」

 正直、力の方にはあまり興味が無かったけど、そこを気にする客も多いんだろうな。

「それを手に入れられるのも、この《星》の魅力さ。スフィアも何か願いがあるなら、ここで自分にあったパワーストーンを探してみるのもいい。お土産にはぴったりだよ」

 これはきっと、キズナが私を心配していってくれてるんだろうなあ。

「うん、ありがとう。探してみるね」

 だから、私も素直にお礼を言った。

「この《星》のコアは何?」

 珍しく自分から聞いてみる。これまでコアと関わることがあまりにも多かったから。

「ああ、この《星》のコアを成す願いは『すべての美しい宝石がある場所があったなら

』だ。鉱石も宝石もパワーストーンも、すべての力を持った石はここにある。そんな《星》だよ。すべてが鉱石で成立していて、そしてその美しさと力を目当てに集まる人が多いそんな場所さ。とにかくその光景の美しさについては保証するよ」

「わあ、楽しみ! キズナの言うことは信頼しているからね」

「ありがとう。でもそれなら、僕の言うことはもう少し聞いてほしいもんだけど……」

 苦言を呈しているようで、きっと照れ隠しなんだろう。そういう子だ。


――次は、鉱石街駅、鉱石街駅です。どなた様もお忘れ物のないよう。旅をお楽しみください。

 星間列車のアナウンスが流れる。

「さて、そろそろ到着だ。スフィア準備はいいかな?」

「もちろん!」

 旅の想い出とお土産を詰めたトランクケース、そしてすてきな帽子。

 これだけで私の旅は、歩いて行ける。

 星間列車がかすかな揺れとともに止まる。

 駅に着いたようだ。

「行こう、スフィア」

「うん、行こうキズナ!」

 私たちは、次の《星》へ踏み出した。

 鉱石の《星》。そこでは何に出会えるのだろう。

 この《星》の旅は、私にとってきっと大事な物になる。

 そんな予感がしていた。

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