第45話:願いを求める採掘士

 動けない。

 石を掘っていた男の人が、私たちをじっと見つめている。

 獣の気配とでも言うんだろうか。

 少しでも下手に動けば襲いかかってくるような、そんな雰囲気を感じる。

 しばしの沈黙。私たちが動かないのを見たのか彼が口を開いた。

「お前たちは何者だ? なぜこの始まりの渓谷にいる」

「……あの、私たちは」

 その勢いに押されてうまく言葉が出てこない。

「ここは、採掘士の資格を持った者しか入れない場所だ。お前たちは見たところとても石を掘る格好をしていない。なぜここにいる? 泥棒か? なら容赦しないぞ」

 一歩ずつ、彼が近づいてくる。

 本気の言葉なのがわかる。怖い。どうしよう。

 キズナを見ると、心配いらないというように、下がってという感じで手を動かす。

「僕らは怪しい者じゃない。察しの通り採掘士じゃ無いが、資格が無いわけでも無い」

 といってキズナが私に目線を送る。意図に気づいた私は鍵を取り出して見せる。

「あの、これ、鉱脈街の裏通りの店の店長さんからもらって、で、ここなら私の探す石が手に入るからって……」

「それは、このエリアで自由に動ける最高ランクの鍵か……。言っていることはそれっぽいが、盗んだものという可能性もある」

「違います! 盗むなんて」

「ここは、貴重な石がわんさかあるところだからね。下手に信用しないのが大事だ。さて、お前らをどう信用したものか。俺の目的の邪魔をするなら許さん」

 ピリピリとした緊迫感が走る。ここまでいろんな旅をしてきたけどこんな雰囲気になるのは初めてだ。

 少しずつ、つるはしを構えた男の人が近づいてくる。

 ひょっとしてこれは、結構なピンチなのでは?

「私たちは、本当に許可をもらって石を探しに来ただけで……」

 私の必死の声も聞こえているのかどうか。

 キズナを見る。一つため息をついている。

 タブレットを取り出すと、何か操作をしている。何をするつもりだろうか?

「なるほど、ここで必要になる訳か。……そこのあなた、これを見なよ」

 そう言うと同時に、空間に映像が投影される。

 そこにいたのはあの店の店長さんだった。店長の声が響く。

『おう、ワンデル。お前のこったから、どうせ今日もそこにいるんだろ? そしてたぶん、この嬢ちゃんたちにケンカ売ってんだろ? ったく、てめーはケンカっ早いんだから。そいつらに害はねえ。それどころか、お前の探す石の助けになるかもしれねえ。だから、その嬢ちゃんたちに協力してやれ、それがお前のためだ。じゃあな』

 ふっと映像が消えた。ワンデルと呼ばれた人は、その映像をじっと見ていたが、深いため息をついてこっちをじろりと見た。

「……なるほど、店長からの紹介ってのは本当のようだ。珍しいこともあったもんだな」

 そういって、私とキズナを順に見た。

「で、なんだ……。どうやら俺の勘違いだったようだな。なんていうか、その……すまなかった。ちと疑いすぎた」

 あれ? 意外に素直!? さっきまでの圧がなくなってる!?

「いや、その、わかってくれればいいんだけど……」

 と言っている私の横で、キズナが仏頂面。

「僕のツアー客を、正当な権利も無く、そんな風に威嚇しておどしたことについて、謝ってもらいたいね」

 キズナが珍しく怒っている。

 キズナはこういうところ厳しいからなあ、私を危険な目に遭わせたことが許せないんだろう。

「……すまなかった。勘違いでひどいことを言った。こちらにも事情があってな。ちと、警戒しすぎた。謝る」

 本当に素直に謝られると、少し気が抜ける。

「私はいいよ、キズナもあんまり怒らないであげて。ありがと」

 キズナもそれで少し気が抜けたのか、表情が少し柔らかくなった。

「スフィアがそう言うなら。でも今後はそのような無礼な態度は、幻想旅行社が許さない。しかるべき対応を取るよ」

「ああ、わかった。すまん。で、あんたらは何だ。なんで店長と知り合いなんだ?」

 とりあえず危機は去ったようだ。

 ほっと、胸をなで下ろす。

「えっと、ワンデルさんってことでいいのかな? 私はスフィア。旅人。こっちのはキズナで私の契約しているツアーガイドってところかな」

「なんで、旅行社がこんなところに?」

 ワンデルさんが怪訝な顔をしている。

「僕はツアーで何度も店長の世話になっている。気に入られているかどうかまではわからないが、親しくはさせてもらっているよ」

「ふうん、なるほどね。まあ、何度も言っていれば親しくはなるか。で、あんたは?」

 店長からワンデルと呼ばれた人は、私にもキズナと同じ質問をしたいようだ。

「私はただの幻想旅行社のツアー客だよ。店長さんにはパワーストーンを買いに行ったときに少し話したくらい」

 素直に事実を言う。それ以上言うことがないものそうだけど、この人に適当なことを言ってもすぐに見破られると思ったから。

「どうも、このスフィアは店長に気に入られたらしい。それでスフィアの願いをかなえる石を探すためにこの始まりの渓谷を案内されたんだ」

「なるほどね。ずいぶん壮大なことを願ったんだな。なんて言った?」

 ワンデルさんの視線が鋭い。まだ値踏みされているのだろう。

「……えっと、『いつでも楽しいことに向かって歩いて行きたい』って、旅で悩んだときにも前に進めるようなそんな自分でいたいって。そんなシンプルなことだよ」

 その私の言葉にワンデルさんが目を見開く。

 ほんの少しの沈黙の後、口を開いた。少し視線が柔らかになったように思う。

「なるほどな。それは強くて贅沢な悩みだ。基本的には自分で頑張る、それしか言ってない。でも、そのくせにどんな障害も乗り越えられる力がほしいときたもんだ」

「いや、あの、そんなに偉そうなことを言ったわけじゃなくてね」

 少し焦って言い訳する。どうも大きくとらえられすぎてるような。

「店長が気に入るのもわかるよ。石に頼らない。でも自分の力を越えたときには少しだけ手助けがほしい。そういうの店長は大好きだからな。鍵をもらえるわけだ」

「そこまでのことかどうかは、わかんないけどね」

「いや、かなり気に入られてるよあんた。これ見ろよ」

 そういってワンデルさんが出したのは、一つの鍵。

 私の鍵と同じだ。

「それ、私のといっしょ」

「ああ、店長が初めて人に渡したと言っていたよ。俺もずいぶん気に入られたからここにいられる。あんたが二人目かもな」

 そう言って鍵をしまい込む。少しだけ視線が柔らかになった。

「じゃあ、あんたも願いを気に入られてここにいるってわけだね。あんたの願いはなんだい? スフィアが願いを言ったんだから、あんたのも教えてほしいな」

 キズナはまだ警戒感をといていないようだ。

「……そうだな。まあ、さっきの店長の言葉もある。さっきのわびにそれくらいは教えてやるよ」

 そういうとワンデルさんは下を向いて少し黙った。

「おれは、誰もかなえられない願いをここでかなえたい。そう思ってパワーストーンを探している。その願いは」

 一呼吸置く。

「わからないんだ」

「……へ?」

 変な声が出た。

 この流れでよっぽど想い願いが出てくるのかと思ったら、わからないって。

 そりゃないでしょ。そんな想いを察したのか、ばつが悪そうにワンデルさんが付け加えてくる。

「正確に言うと、俺は自分を変えたいんだ。今の自分がいやでなにか辿り着きたい自分がいて、でもそれが何かわからない。どう努力していいのかもわからない。だからそんな自分を変える、そんなパワーストーンがほしいんだよ」

「自分を、変えたい……」

 その言葉はすごく曖昧だったけど、言葉に乗った想いの想いが感じられた。

 きっとそれは本心で、だからこそ曖昧に答えるしか無かった。そう言うことなんだろう。「ああ、どうしても自分を変えたい。だから、俺はこの《星》の力ある石を探している。本気だ、笑うなよ。笑ったら砕く」

 そういって、つるはしを振り上げるワンデルさん。

 キズナが私とワンデルさんの間に入って、守ろうとしてくれる。

 こういうところ男の子だなって少しだけ感じたりする。

「笑わないよ。わからない願いって、私も少しだけ理解できるから。あなたは自分でもわからない願いを求めてるんだね」

 その言葉に、ワンデルさんは驚いたような顔をした。きっと図星だったんだろう。

「……そうか、あんたもいろいろありそうだな。まあ、これも何かの縁だ。短い時間かもしれんがよろしく頼む」

 ワンデルさんはつるはしを下ろして手を差し出してきた。

「うん、よろしくね」

 私はそういってワンデルさんと握手をする。

 鉱石の《星》で出会った、願いを求める採掘士さんとの出会いだった。

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