第44話:始まりの渓谷と光舞う空間

 扉が開く。

 中の景色が目に飛び込んできた。

 そしてそのまま私は時が止まったように、この景色から目が離せなくなった。

 『始まりの渓谷』その名前とさっきまでの鉱脈の景色から、きっとその渓谷にも無数の原石が地面に岩肌に、そしてその辺りの岩の中に埋まっているのだろう。

 その中に外にはないレアな鉱石が埋まっている。そんな風に想像していた。


 全然違った。

 ここはどこだろう。

 なんの場所なのだろう。

 光が、光が舞っている。

 この空間のあらゆる場所に光の粒が舞っていた。

 白い光、青い光、赤い光、様々な光がまるで蛍が舞うように飛び回っている。

 これが始まりの渓谷……。

 傍らを飛ぶキズナを見やる。キズナも呆然とこの景色を見ていた。

「ねえ、キズナ。これ、なんだろう」

 なんとか声を出すことができた。怖いわけじゃない。威圧されているわけでもない。

 どちらかと言えば、この光景のあまりの美しさと神々しさに圧倒されていたんだ。

「……わからない。僕もここの存在は知らなかったんだ。レアな鉱石が転がっている場所、そんな風に思っていた。でもこの景色は全然違う」

「うん、私もそう思ってた。なんて言うか特別な場所な気がするね」

「ああ、明らかに空気が違う」

 キズナもこの光景に驚いていたようだ。観光会社で何度もこの《星》に来ているはずのキズナが知らないくらいだ。本当にこの《星》の人、その中でも特別な人だけしか知らない場所なのだろう。

「少し歩こうか」

 私は提案する。店長さんはここで何をするべきなのかは教えてくれなかった。

 どんな場所なのかを知らないと。

「うん、そうだね。あの店長が教えてくれた場所だ。危険は無いと思うけど、一応僕が先に行く。スフィアは後から着いてきて」

 私はうんとうなずいて、先をゆっくりと飛んでいくキズナに着いていく。

 飛び回る光のせいか、辺りの視界は明るい。とくに歩くのに問題はなさそうだった。

「ここは上みたいに、宝石みたいな物はなさそうだね」

 周りを見渡すと、この空間は地下の広場になっているようだ。

 かなり広そうだけど、ここにあるのは大きな岩石と、露出した地層のような岩壁ばかりだ。店長さんが言うパワーストーンに使えそうな石は見当たらない。

「入り組んでいるから、うっかり迷子にならないように気をつけて」

 キズナが少しだけ振り返って声をかけてくる。

「大丈夫よ、子供扱いしないように!」

 軽く、べーっと舌を出して答える。

 その言葉にキズナは少し微笑んで、

「その元気があるなら不安とかはなさそうだね。先を行こう」

 どうやら異質な空間で不安が無いか、心配してくれていたようだ。

 心配の仕方が独特すぎやしないか。これだから心配屋のひねくれガイドは。

 とはいえたしかに、ごつごつと大きな石が転がっているせいで、かなり見通しが悪い。天然の迷路のようになっている。

 地下空間のせいもあってか、音の響きも独特でどこからの音なのかがわかりにくい。

 うっかり迷うと本当に出会えなくなりそうだ。

「どこに向かってるの? 当てはありそう?」

「もちろん当てはない。まずは調査がてらこの辺を探索って感じかな。店長の言葉だと、どこかにスフィアの願いをかなえられるような鉱石を入手できる場所がありそうなんだけど……。まずはその辺りを探すことにする」

「うかつに歩いて大丈夫? それこそ迷子にならない?」

「オートマッピングしてるから大丈夫。地下でも位置把握はできてる」

 しれっというキズナ。さすが大手?観光会社の設備。なんでもありだ。

 ってあれ?

「……ねえ、キズナ。ひょっとしてちょっと楽しくなってるでしょ」

 この状況で自分からどんどん行くキズナはちょっと怪しい。

「……そんなこと、ない。ダンジョンっぽいから浮かれたりとかしてない」

 ……してたな。おかしいと思ったんだよね。


 キズナについてとりあえず進んでいく。

 辺りの光は、ただ舞っているようにも見えるし、何かを探して飛んでいるようにも見えた。もしかするとただの自然現象では無くて、この光にはなんらかの意志があったりするんだろうか?

「ねえ、ずいぶん迷いなく進んでるけど。なにかわかってたりする?」

「うーん、ここまでできてる地図上だと、ここがどうにも道になっているようにみえるんだよね。岩が無造作に転がってる割には、やけに道が広いというか分岐が少ないというか。何かがこの先にあるんじゃ無いかなって」

 そうキズナが言ってすぐだった。

――カーン、カーン

 かすかな音が聞こえたような気がした。

「ねえ、キズナ」

「うん、僕にも聞こえたよスフィア。何かをたたくような音だった」

「誰かいるのかな? 店長さんみたいな鉱石掘りの人とか」

「そうかもしれない。一応注意しつつ向かってみよう」

 私たちは、少しだけ早足気味に音の方角に向かって進む。だけど音が反響していてどっちから聞こえているのかいまいちわかりづらい。その辺りは、キズナの地図と幻想旅行社の設備に任せることにする。


 どれくらい歩いただろう。念のため、大きな声では言葉を交わさないようにしていたので、聞こえるのは響いている石をたたく音だけ。

 どんどんと近づいているのがわかる。

 やはり、キズナがたどった後は道になっていたようで、進むにつれ音が大きくなる。

「向こうに何かありそうだ」

 キズナが指を指した先には、道の先にあった大きな岩壁で左に曲がる道。

「音の解析からすると広い空間がありそう。注意して」

「うん、わかった」

 かなり気になるけど、ここはキズナに従おう。ほんとは走り出してのぞきに行きたいけど。今回のキズナは心配性が加速しているので、逆らうのは少し悪い気がする。

 キズナが先行してのぞきに行く、こういうとき小さくて飛べる体は有利だ。

 少しだけうらやましい。

 曲がり角の向こうをのぞき、何かを見たようで飛んで戻ってくる。

「予想通り広い空間があって、そこに人が一人いた。何かの道具で鉱石をわっているようだったよ」

 私は一つうなずいて、ゆっくり歩いて曲がり角からこっそりのぞく。

 そこにはこれまでと違う光景が広がっていた。

 いや、光が舞っているのは変わらない。

 変わっているのは、上の鉱脈と同じように、輝く色彩の宝石が露出した岩がごろごろと転がっているところ。

 そして広場からさして遠くない辺りの大きな六角柱の岩の辺りに、キズナの言うように人が立っている。ハンマーのような、つるはしのような大きな道具を振りかぶり、何度もその石にたたきつけている。

 私とキズナはじっとその様子をうかがう。

 さらに大きく道具を振りかぶったその人の一撃で、石は真っ二つに割れた。

 割れた石の中からは、真っ青に輝く宝石があらわれたからだ。

 深い海のような、透き通る空のような、深くて爽やかな青。

 その中には、白いまだら模様が混じっていて、波しぶきのようにも、雲のようにも見える。ラピスラズリだ。

「わあ!」

 思わず大きな声が出た。あまりにその石が綺麗だったから。

「こら、スフィア!」

 キズナが慌てて口を抑えるがもう遅い。

 向こうの人もこちらに気づいたようだ。

 道具を置くとこちらを見てじろりとにらみつける。

 がっしりした体格の若い男の人だった。

 やや厳しい視線。そして鋭い眼光。

「おまえら、だれだ? なぜこんなところにいる!」

 彼が私たちを見て大きな声を出した。それは警戒するような口調だった。

 この出会いが、私たちに何をもたらすのだろう。

 私は、そんなことをつい考えてしまっていた。

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