第43話:もっとも美しい景色、原初の鉱脈

 キラキラ輝く、光の柱、色彩の森、石たちが映す他の石の映し鏡。

 あちらこちらに無数に映える六角柱は、白く鋭い水晶の結晶。

 右手の岩山から露出するのは、淡い緑ににじむ、フローライトの原石。

 左手の割れた大きな岩から見える空洞には、アメジストの深くて強い紫。

 そして歩く地面には、ときおり水のような輝きの中に虹のようにゆらりと動く怪しげで爽やかな色の波のオパール原石。

 ひょっとして、あの地層の中に埋まっている夕焼けのような煮溶かした蜂蜜のような暖かい色の光を放つ石は、琥珀なのでは無かろうか?

 どこを見ても宝石の山。

 私でも知っているような、有名な宝石のオンパレードだ。

 むしろ宝石を見つけられない視界が無い。

 すごい、すごすぎる!

 この星に着いてからこんなことばかりを言っている気がするけれど、感動はいくらあってもいい。

 驚きと喜びの数だけ、それは想い出の深さになる気がするから。

「ねえ、キズナ! ここすごいよ! こんなに迫力と気品と美しさがぜんぶそろったところがあるなんて考えもしなかった」

「だろう、鉱石街の加工されて商品化された鉱石たちももちろん素敵だけど、実際にこうやって掘り出される前の石たちを見ると、その自然のすごさにいつも驚かされるんだ。美しいだけじゃない、本当はこんなにも力のある存在なんだってね」

 キズナも、感慨深げに鉱脈を見回している。

「宝石って、こんなに一つのところにたくさん見られることなんてあるの?」

「いや、天然自然の環境じゃそんなことはありえない。鉱石は、成分と生成温度、結晶化にかかる時間、なんかも含めて環境と歴史に大きく左右されるからね。こんな風に無数の種類の宝石が出土するのはこの《星》だけさ。『すべての鉱石が存在する《星》』そんな人々の願いからできた《星》だからこそ見られる光景。一種の奇跡さ」

 私は、大きくため息をつく。この景色に圧倒されていた。

 なるほどたしかに。人の手が加わった宝石も素敵。

 でも、きっと本来の宝石って言うのは宝石になる前は、こうして大地に根ざした鉱石で、時間と環境と全てを閉じ込めてできた、タイムカプセルなんだ。

 さっきパワーストーンの話をしていたけれど、確かにこの原石たちを見ると石に力があるのだという話も納得できてしまう。


「今さらの紹介だけど、ここがこの《星》の鉱脈。すべての原石を掘り出す場所だよ」

 私たちは店長に挨拶して店を出た後、鉱石街を離れてキズナに案内されるままに街外れの街道を抜けて、この鉱脈まで歩いてきていた。

 鉱石街のエリアを出ると、そこまでの整備された環境はどこへやら。急に荒れた岩場と植物も生えないゴツゴツとした岩山が見える場所に様変わりした。

 あまりの変わりぶりに、ここであっているかキズナに確認してしまったほどだ。

「鉱脈は観光地ではあるけど、実際に原石を掘り出す場所でもあるからね。あんまり観光客向けに整備されてはいないんだ。だけど実際、この方がかえって『らしい』って評判になったりもしているんだよね。楽なばかりが旅じゃないってことかな」

「うん、それはわかる気がするよ」

「まあ、スフィアは特にそうだろうね」

「どういう意味かなあ、キズナ君」

「どういう意味でしょうね。スフィア嬢」

「ほほほ」

「ふふふ」

 なんていう心温まるやりとりがあったりもしたが、なんとか鉱脈への街道を歩ききり、ここまで辿り着いた。途中線路もあったので、あれは?と聞いてみたら。

「あれは、掘り出した原石運搬用のトロッコ」

 とのことだった。なるほど、観光客向けには本当に移動手段は何も無いらしい。

 でも、その分この鉱脈の光景が全力で楽しめたのは事実。

 あんなに歩いて疲れていたはずなのに、鉱脈の景色が見えてきたとたん走り出しちゃったもんね。

 徐々に近づいてくるいろんな色に輝く風景は、疲労を吹き飛ばす力があった。


 さて、ここに来たのはもちろん、この《星》の名観光地である鉱脈を見学することが一つ、そしてもう一つはパワーストーン店の店長の言っていた場所『始まりの渓谷』を訪れることが目的だった。

「始まりの渓谷は、鉱石掘りでも一部のやつしか場所を知らない。ずいぶん奥にあってな。入り口付近でも十分に石はとれるから、誰も行かねえような場所にひっそり隠されてる。なんでも《星》のコアにつながる道だとよ。地図はくれてやるから扉を探せ」

 店長の言うには、始まりの渓谷は鉱石掘りの人たちにも見つけづらいところにあるんだそうな。しかもその周辺にはあまりめぼしい石がなく、一部の人だけが持つ鍵が必要となれば、自然誰も寄らない場所になる。

 意図的なのかどうなのか。

「嬢ちゃん、あんたの願いの石見つかるといいな。今までいろんな仕事をしてきた俺だが、純粋にそんなことを思ったのはあんただけだ。きっと、いい導きがあるだろうよ。嬢ちゃんなら石なんてなくても、願いをかなえちまうのかもだけど、もし少しでもつまづいたときにその石が助けになることを祈ってるさ」

 店長は最後にそんなことを言って私たちを送り出してくれた。

 これまでの旅でも出会いはうれしかった。

 でも、この出会いも本当に特別だった。

 この想いはどういう形であれ、私を先へ未来へつなげてくれるだろう。そう思った。

 目的は始まりの渓谷。でもそこまでの景色を楽しまないのはもったいない。

 キズナの説明を受けながら、始まりの渓谷までの道を歩く。

「ねえ、あそこの岩壁に見える緑のまだらの石は何?」

「あれは翡翠の鉱脈だね。そこまで珍しくない石ではあるんだけど、やっぱり色合いが美しいし、深い緑から白に近い乳緑色までグラデーションが楽しめるのもいいな」

「そこにあるピンクの柱がたくさん突き出したようなのは?」

「ローズクォーツ。実際には水晶だけど混合物のせいで綺麗なピンク色に発色しているんだ」

「これはわかる、ルビーだよね」

「残念、ガーネット。これも有名だよね。同じガーネットでもいろんなカラーバリエーションがあって、これも人気があるね。鉱石街では人気の石だね」

「じゃあ、あの遠くのは? なんだか見方によって不思議な光り方してるけど」

「くわしくは近づかないとなんとも言えないけど、いわゆるタイガーアイかな、構造のせいで見る方向によって独特の異なる反射光を返すんだ。面白いよね」

「じゃあ、次は……」

「ちょっと待ってスフィア! こんな調子で聞かれたらいつまで経っても目的地に着かないよ!」

 キズナからさすがに制止が入る。ちょっと浮かれすぎたかしら。

 でも、どこを見ても不思議で、楽しくて。

 遠くから見てもきれいな光景で、近くで見るとそれぞれの鉱石が美しくて、なんてまともに見てたらいつまでも見ていられそう。

「まあ、実際ここだけで何日も日程を埋める観光客もいるくらいだからね。気持ちはわかるよ。鉱石街を無視してここだけなんて人もいるくらいだ」

「うん、わかる気がするよ。うーん、なんて壮大な光景なんだろう! 鉱石ってほんとうにいろんな歴史と自然の結晶なんだね。一つの石から無限の想像が広がりそう」

「それが魅力だよね。鉱石はただあるだけなのに、そこから大地の歴史を振り返ることができる。小さいのに大きい。みんなが石を好むのもわかるよ」

 キズナがうんうんとうなづいている。

「キズナも好きなの?」

「まあね。こんなこというとなんだけど、石が嫌いな男の子なんてあんまりいないとすら思えるよ」

「ふーん、そんなものかあ」


 あまり聞き過ぎると確かに進めないので、私は細かく見るのをやめて全体の風景を楽しむことにする。

 いいなあ、確かにこれまで観た《星》でありのままならいちばんきれいかも。

 言葉も無く歩いても、まったくさみしくない。

 まるで周りの石が語りかけてくるような気がする。

 パワーストーンのことはよくわからないけど、確かになにかの力があるように感じられてくるから不思議だ。

 力強さ、やさしさ、おだやかさ、高揚感、石によって湧き上がる感情は様々だけど、どれにも本物の力があるのが伝わる。

 これなら、私の願いをかなえてくれる石も本当にあるのかもしれないと思える。


「あ、あそこかな」

 キズナの声に前を見ると、そこには急な下り階段があった。

 階段の端まで辿り着くと、かなり深いまっすぐな階段になっていて、奥には扉があるようだった。

「たしかにこれは、普通の人は来ないね」

 私は深く納得する。

 店長の地図を元に、キズナのタブレットの案内できたけど、普通にこれる道順じゃ無い。そもそも、景色的にはこっちは全くメインじゃ無いから、ふらりとくるところでも無さそうだ。移動手段があるわけでもないし。

「いってみる?」

 念のための確認だろう。キズナが聞いてくる。

「もちろん、ここまで来たしね。それに店長から預かったこの鍵使わないと」

「うん、わかった。行こう」

 そういってキズナは階段を降りていく。

 私も後を着いていく。

 階段はかなり古いものできしむ音がすごい。手すりもさびてぼろぼろ。

 年期を感じる階段だ。崩れないかおっかなびっくり降りていく。

 なんとか無事に下まで降りてくることができた。そこには人一人がなんとか通れそうな扉がある。これも鉱石でできているのだろうか? 黒のような深い灰色のような不思議な色だ。

 左側には取っ手と鍵穴があった。ここに店長にもらった鍵を使うのだろう。

「スフィア、鍵を」

 キズナに促されて、私は鍵を鍵穴に差し込む。

 さびついてそうな見た目にしては意外にもスムーズに鍵は差し込まれて、軽く回すとガチャリと言う大きな音とともに錠が外れる音がした。

 少しだけ緊張が走る。

「行こう、キズナ!」

 私はそう言って、扉を力いっぱい開いたのだった。

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