第42話:石がくれる力
壮大で華麗な幻想的な景色を心ゆくまで楽しんだ私は、後ろ髪引かれながらも時計台をあとにした。
帰り道も、もちろんらせん階段を降りていくのだけど、不思議と行きと帰りでは印象が違って見えて面白かった。
エリアの順番が変わるだけで、ずいぶん見え方が変わるんだなあ。
まるで時間を遡っていくような、そんな気さえする。
《マボロシの海》から大地へ。
今の私のようかもと思った。
「さあ、さっきの鉱脈に行きましょ!」
私が走り出そうとしたらキズナに止められた。
「ちょっと待って、その前にこの街にもうひとつ行きたい店があるんだ」
「え? どこ?」
「パワーストーンの店さ」
「パワーストーン?」
「石のお土産と言えば、定番はこれだろうってやつさ。いつもは最後にお土産だけど、こういうのもいいだろ」
早くさっきのところに行きたい気持ちもあったけど、そういうのもいいかも。
「わかった。案内して」
「承知いたしました。スフィア様」
その久しぶりのかしこまった言い方に、私はくすりと笑った。
案内された店は、鉱石街のメインのストリートから脇道に入ったところにある小さな店だった。
キズナ曰く、
「こういうところにある方がそれっぽいんだよ」
とのことだったけど、正直よくわからない。
隠れるように存在するこの店は、確かに店構えにも独特の雰囲気があった。
目立たないように看板は小さく、文字も地味。
宝石の飾りは一切なく、窓から店の中が見えてるけど、それでなんとかここが石を売っている店だってわかるくらい。
「さ、入ろうか」
「う、うん」
少しだけためらいながら店の中に入る。これまでの華やかさがないので、少しだけ別の街に来たような雰囲気がある。
店の中も、正直古いぼけた棚に並べられた鉱石たちと、ガラスのショーケースに入った石が少し並んでいるくらいで、数もそうたいしたことは無いと感じた。
「ここって、有名なお店なの?」小さな声でキズナに聞く。
「まあ、大きめのガイドブックにはあまり書いてないかな。でも、この街に詳しい人なら必ず知っているようなそんな店。品揃えと店の対応がレアなんだ」
「レア? ここに置いてある石が珍しい物ばかりとか?」
どの辺りがそうなのだろう。いまいちピンとこない。
「ううん、たぶんその辺の石は一山いくらのよくある鉱石。ここはねスフィア。訪れた人の願いにあった石をオーダーメイドで用意してくれる店なんだ」
「石をオーダーメイドするの?」
鉱石を造るとはどういうことだろうか?
「正確には店長がチョイスしてくれる、かな。でも実際に石を組み合わせて加工してくれたりもするからオーダーメイドでもそんなに間違ってないかも」
「へえ、そうなんだ」
少しだけわかってきた。だからあまり店頭に品を出す必要が無いんだ。
「ここの店長は変わり者でね。人に来てほしくないんだそうだよ。本当に石を売りたい人にだけ売りたいからなんだって」
キズナがそんなことを言った。
「おいおい、変わりもんとかひどいこと言うなよ。だいたいお前の見た目の方がよっぽど変わってんだろうに」
そんな声が店の奥からしてきた。
驚いて振り向くと、そこには鉱石でできた人型の何かがいた。この街ではよく見る鉱石人間だろうけど、他の鉱石街の人とは違って、宝石というよりは岩石。灰色や黒色、くすんだ緑なんかの地味な色でできている。
「久しぶりですね、店長」
キズナが挨拶する。私もなんとなく会釈した。
「あんまり人に会いたくないってお前は知ってるはずなのに、毎度客連れてきやがってこのちびすけ、ほんとお前はめんどうなやつだよ」
声はしゃがれていて、少し老人を感じさせた。話しぶりからしてキズナとは知り合いのようだ。
「この街で本気のパワーストーンを買うならここしか無いからね。ここ以上に客にあわせた石を選んでくれるところを僕は知らないから」
その言葉に店長と呼ばれた人は、頭を掻くような仕草をしてため息を吐いた。
無骨な石で構成された体なのに、こう言う動作がわかるのが面白いと感じた。
「何度も言うけどよ。おれは客にあわせて石を選んでるんじゃねえんだよ。オレが選んできた貴重な石にあう客に売ってるだけだ」
「まあ、そうですね。何度も連れてきた客を断られましたし」
キズナもひょうひょうとしたもんだ。店長の圧のある言葉に全く負けていない。
「それでも客を連れてくるお前もたいした面の皮だよ。で、なんだ、今日はこの嬢ちゃんがツアー客かい?」
「ええ、ぜひこの子に力のある石を選んであげてほしくて」
「ふうん……」
そう言うと店長は私のそばによってきて、じろじろと何かを計るように見回している。
「えっとあのスフィアと言います。よろしく」
店長が一歩下がった。
「なるほど、面白い客連れてきやがったな」
「店長の眼鏡にかないますか?」
「さて、それはこの嬢ちゃんの願い次第だな。で、あんたは何を願う」
唐突な質問だ。
そもそもこの店のこともパワーストーンのこともわかっていない私は、戸惑うばかりでうまく言葉が出ない。
「スフィア、パワーストーンって知ってるかい?」
キズナが突然の質問を投げかけてきた。
「え? えっと力のある石……? たしか、石の種類ごとに違っていて『集中力アップ』とか『運気向上』だとか『健康快癒』だとか」
「うん、そこそこ知ってるみたいだね。そうそれが一般的なパワーストーン。ただね、この《星》のパワーストーンはそんなレベルじゃ無いんだ」
「そんなレベルじゃない? どういうこと?」
「通常のパワーストーンの力は微々たる物。持って歩く人の生活に多少のいい影響を与える程度さ。でもこの鉱石の《星》の石は違う。持っている人間の願いを実際に形にしてかなえてしまう。それくらいの物なんだ。だから、この《星》は観光地としてもかなえたい願いがある人にとっても、とても人気がある」
「はー……すごいね」
そんなに力がある石なのか。でもさっきまで見ていた景色を思い浮かべると、それくらいの力はあっても不思議が無いなあって、自然に思えてしまう。
「だから、今のスフィアはここに連れてくるべきだって思ったんだ。たぶん、今の君は少し悩んでいるだろうから」
「悩み、か……」
確かにそうかもしれない。これまで考えてこなかったこと。
私の記憶が無いのはなぜなのか、なぜ《マボロシの海》にいるのか、そして私はだれなのか。
それが、あのお茶会からどうしても頭をかすめてしまう。
「うん、僕はね、スフィア。ツアー会社の社員ではあるけれど、結構心から君にこの旅を楽しんでほしいって思ってるんだ。だから、そのための障害はできるだけのぞいておきたい。記憶が無い君が、自分のことがわからない君がそれで楽しめないならなんとかしてあげるのは、きっと僕の仕事だ」
それはきっと、ツアー会社の社員としての矜持でもあり、キズナの優しさでもあるのだろう。私自身、その悩みをなるべく外には出さないようにしていたつもりだったけど、キズナはきっと気づいていたのに違いない。
だって、キズナはずっと私をそばで見ていてくれた存在だから。
「だってよ。いいパートナーだな嬢ちゃん。こいつがそこまで言うのを初めて見たぜ」
「店長! よけいなことを言わないで!」
「お、いっちょまえに照れてやがんな。こいつは珍しい。宝石雨でも降るか?」
ニヤニヤしているだろう店長(表情がわからない)と、明らかに顔が赤いキズナ。
私はクスッと笑った。少し心が軽くなる。
「まあ、そういうこった。あんたに必要な石があるなら願いが石に見合う限り、俺が見繕ってやんよ。言ってみな。ただし、心からのほんとのやつな」
店長が真剣な声で言う。
私の願い……か、なんだろう。
ここまで、旅をしてきて、いろんな物を見て、いろんな人と出会って、いろんな体験をした。それはどれも楽しくて、素敵なことで今の私の経験は全てそれでできあがっている。よく考えたらなんて贅沢なことなんだろう。
だって、今の人生は記憶のある限りにおいて、ほとんど楽しいことでできあがっているんだから。
考える。
私の願い、向かいたい先。
ああ、そうか。
「私は、いつでも楽しいことに向かって歩いて行きたい。きっとこれからも悩むこととか立ち止まることはあるかもだけど、どんなときでも、歩き出せる自分でいたい。だって、きっと楽しいことはこれからもいくらでもあって、そこに行けないのはもったいないって思うから」
きっぱりと、店長さんを見て告げる。
言葉を発せず、私のことをじっと見ていた店長さんの表情が、ふっとゆるんだような気がした。感じていた圧が無くなり、優しい感じを受ける。今さら気づいたけど、店長さん含め鉱石の《星》の人たちがかすかに光っていたのは感情を表していたんだ。
「ほう、それが嬢ちゃんの願いか。つええな。いいのか? 話を聞いてると、悩みを解消したいとか、記憶を取り戻したいとかでもいいんだぜ。この《星》の石なら相性さえあればなんでも叶うからな」
「ううん、そういうのはいいんです。きっと自分で見つけるものだから。私にとって今大事なことは、旅を楽しむことで、これからもそれを大事にしたいんです。だから、いつかなにかで立ち止まったときに、ほんのちょっと前に進む力がほしい。それくらいです」
「いやはや、でけえ願いだ。これは参った」
「いいのかい、スフィア? ほんとにそれで」
キズナが不安そうに聞く。
「うん、大丈夫! キズナとのこの旅が今の私にとって一番大切。記憶とかそう言う物はきっと旅の中でみつけるものだから。いうでしょ? 旅は自分探しだって」
「……ふふっ、なるほどね。僕の負けだ」
キズナが笑顔になる。その顔を見ることが不思議とうれしい。
「店長、このスフィアの願いかなえる石はあるかな?」
「こいつは大仕事だな。まあ、ちょっと待ってな」
そういうと店長は店の中に引っ込んだ。しばらくして何かの小箱を持ってくる。
「開けてみな」そう言って私に手渡す。
金属の飾りのついた、堅い大理石のような手触りの石の箱。
開けてみると中には鍵が入っていた。鍵の真ん中にはいろんな色に輝く丸い石がはまっている?
「これが、私の願いをかなえるパワーストーンですか?」
「いや、違う」
「ちがうの!?」
キズナが素っ頓狂な声を出す。
「嬢ちゃんの願いは、たいしたもんだ。残念ながらこの願いに合う石は、ここにはない」
「じゃあ、これは……」
私は手の中の鍵を見てつぶやく。
「嬢ちゃんは、始まりの渓谷に行くべきだ」
「始まりの渓谷……?」キズナも知らないようだ。
「ああ、この《星》のすべての石が生まれる最初の場所。原初の鉱脈よりさらに前、地上に現れた石の全てはそこから新たに生まれてくる。嬢ちゃんの願いをかなえる石はこの《星》にまだない。だから始まりの渓谷で新たな石を見つけてくるんだ。そこに入るための鍵だよ。俺はそこで貴重な石を見つけてくるんだ。地図もくれてやる」
「いいんですか?」
そんな大事な物を私にくれるなんて。
「ああ、まあ、正直言って嬢ちゃんのことが気に入っちまったよ。あんたはきっとこのあとたくさんの楽しいことと、大変なことをいっしょに経験するんだろう。そのときに力になる物をくれてやりたいって思ったのさ」
「ありがとうございます!」
私はおもわず店長さんに抱きついてしまった。
「おっと、こいつはすげえ報酬をもらっちまったな。まあ、それ以上のことはしてやれないが頑張ってこい」
「はい! ありがとうございます! とってもとってもうれしいです。あれ? でもさっき大仕事っていってましたよね?」
「ああ、嬢ちゃんたちにとってな」
「えー!」
そんな会話に3人で笑い合う。
私は手の中の鍵を見つめる。
こんな素敵なお土産がもらえるなんて。
鍵のことよりも、その気持ちがうれしかった。
ここに連れてきてくれたキズナの気持ち、私の願いを聞いて思いやってくれた店長の気持ち。
この《星》はなんて、きれいで優しい《星》なんだろう。
この《星》も、きっとずっと忘れない想い出になる。
そんなことを思っていた。
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