第48話:石に願いを
きらめくせまい白い宇宙の中。
地下へのエレベーターはそんな感じの光景だった。
白く輝く円筒状の世界の中に、時折ある原石がそれぞれの色の光を放つ。
それは、星空のようでもあったし、なにかが生まれる原初の光景にも感じられた。
とても原始的な美しさ。
エレベーターはゆっくりと下降していく。
どれだけ降りたのだろうか。周りの景色があまり変化しないので、自分が今どの辺りにいるのかもいまいちピンときていない。
「どれくらい潜るのかな?」
「だいぶ深くまで潜ってきてる。そろそろ着くと思うよ」
キズナがタブレットのマップを見ながら答える。
つくづく便利な道具だ。
キズナの言葉を証明するかのように、エレベーターの速度が緩やかになったように感じられた。到着が近いと言うことだろう。
「あ」
私は思わず声を上げた。私たちの周りにあった白い筒状の空間から出て広い場所が見えたからだった。今私たちがいる位置も大分高い、縦にも横にも相当広い場所のよう。
「ずいぶんと広いな」
ワンデルさんも呆然とつぶやく。
「あれはなんだろう?」
キズナがぽつりとつぶやく。下に見える空間の中心に何か強い光を放つものが見えた。
その周りの地面から、光にあわせるように小さな光が浮かび上がっては、空に浮かび上がっていく。
まるで、蛍が舞うようでもあるし、雪が逆さに降っているようでもあった。
思わず声も無く、見とれてしまうそんな光景。
「壁も無くなったことだし、落ちないように気をつけて」
キズナの声で自分が台座のずいぶん端まできていることに気づく。
落ちたらたまらないので、万が一にも落ちないように台座の真ん中に座り込んだ。
そうこうしているうちに台座はゆっくりと地面に近づき、そのまま衝撃も与えずに着地した。
私たちは、おそるおそるエレベーター代わりだった石の台座から降りる。
地面は不思議とふかふかとしていた。
「これ、石じゃ無いのか?」
ワンデルさんも不思議そうだ。
「わからない、なんだかいろんなマテリアルがまざった物質のようだ。絶えず性質が変化している。何かになる前の物質のようなそんな感じなのかもしれない」
「どういうことだよ」
「さあね、見たままを言っただけさ。僕にもよくわかっていない」
「まあ、歩けるってことは危険はなさそうだけどね」
私はそんな地面の感触が少し楽しくなっていた。
前に歩いた雲の道とも違う、スポンジを踏むような、さらさらの砂を歩くような、一足ごとに新しい感触が返ってくる。
「さて、来てはみたけどどうしたものかな」
キズナの言葉に私は即答する。
「もちろんあそこに行くでしょ」
指した場所は、さっき上から見た光。
「危なくないか? さっきの暴走と同じもんだったりとか」
「なんとなくだけど、違うと思う。たぶんあれ、この《星》のコアだよ」
直感でしかないけど、私はなぜか確信に近い感じでそれがわかっていた。
「まあ、他に当ても無さそうだ。いってみよう。あれが《星》のコアだっていうスフィアの推測はたぶん正しいと思う。今のところ直接的な危険もなさそうだし。あの光も周りの小さな光もなにか攻撃性があるものじゃ無い」
「そんなもんかね。まあかまわんけど」
「それじゃ、いってみましょ」
私は先陣を切って歩き始める。不思議と怖さは無かった。
ここはきっと、危ない場所じゃないって言う予感があった。
広場の真ん中に向けてまっすぐ歩いて行く。
辺りには、色とりどりの小さな光たちが立ち上っていくのが見える。
触れてみようとしたけれど、手がすり抜けてしまってさわることはできなかった。
代わりに不思議なあたたかさを感じる。
やっぱり、どこか生きもののようだ。
この光たちが登っていく先には何があるのだろう?
見上げると、光はそのまま広場の天井にぶつかって溶けるように消えていく。
近づいていくうちに、光の正体が少しずつ見えてきた。
水晶のような角ばった形をした大きな鉱石。その全体がゆっくりと揺れ動くように光を放っている。赤から黄へ、黄から緑へ、緑から青へ、そして紫からまた赤に。
少しずつ微妙に色を変えながら、またたくように光を放っている。
「あれがコアとか言うやつか? 石のような生きもののような変なやつだな」
ワンデルさんが言う。
「うん、そうだと思う。なんだか強い力を感じる」
力というのか、熱というのか、よくはわからないけど、そうとしか言えない何かがある気がしていた。
「周りの光は、コアの色に合わせているみたいだね」
キズナの言葉に辺りをよく見ると、確かにコアの色と同じ色の小さな光が地面から湧いてきているようだった。
なんだか、聞いてみたいことがいっぱいだ。
「こんにちは」
私はまずあいさつをしてみた。そうするべきだと思えたから。
これまでだって、《星》のコアは私と言葉を交わしてくれた。
だからきっと応えてくれる。その確信があった。
そして、
『――あなたは?』
答えがあった。硬質だけど、どこか心に響く優しい声。
そして、声とともに光が柔らかく明滅する。光が声となって届いている、そんな感じ。
「私はスフィア。急に押しかけてごめんね。ちょっと大変なことに巻き込まれて、ここに逃げてきちゃったの」
『――大変なこと?』
「ええ、ちょっと上の鉱脈を見ていたら、石たちが暴走してしまって。仕方なく逃げてきたのごめんね。あなたはこの《星》のコアってことでいいかな?」
『――そう、私はこの鉱石の《星》のコア。古くからこの世界の石たちを見守るもの』
「よかった。逃げてきたのも本当だけど、私あなたとも話したかったから」
私たちの会話を聞いて、ワンデルさんは怪訝な顔をしている。きっと《星》のコアの声が聞こえていないんだろう。今までのキズナがそうだったように。
私が一人でしゃべっているように思っているに違いない。
「おい、今これと話をしてるのか? ほんとうに?」
「うん、やっぱりこの子が《星》のコアでいいみたい」
「信じられんな……。《星》と会話ができるなんて」
まあ、普通に考えたらそうなんだろうなあ。私はなぜか最初からできたけど。
キズナはと言えば、いつのまにやら前にもらった翻訳機を使っている。
きっと今までの会話も聞いていたに違いない。いい物もらったなキズナ。
「ぶしつけに押しかけてすまない。上の鉱石たちが急に反応してこちらに向かってきたんだ。何か心当たりは無いだろうか?」
キズナもコアに話しかける。こちらの声は届いているだろうから、これでキズナも《星》のコアと会話ができるようになったわけだ。
『――暴走、反応とは。どのような感じなのでしょうか』
この《星》のコアはかなり会話が成立するタイプの子みたいだった。
「うーんと、急に揺れ出して、光り出してこっちに向かってくる感じ?」
そこまで言って、そうだと思い返す。
「そうそう、なんだか石がよろこんでいるように見えた。楽しくて遊んでる、みたいな」
「……ほんとかよ。俺は攻撃されてるようにしか思えなかったけどな」
私たちの声しか聞こえていないはずの、ワンデルさんが突っ込んでくる。
少しの沈黙。その後
『――なるほど。あの子たちがあなたの存在に強く反応してしまったようですね』
「私に? なにかわかるの?」
『――私はこの《星》のコア。この《星》の上にある鉱石のことはすべて把握しています。その生まれから滅びまで』
「すごいね。ところで私の存在ってどういうこと?」
ここにあるたくさんの鉱石たち、その全部を知っているってすごくないだろうか。
『――ええ、スフィアといいましたね。正確にはスフィア、あなたの存在とその願いにというところでしょうか』
「存在と願い……」
「スフィアはこの《星》にとっても特別だということでしょうか? なにかスフィアのことについてわかることはありますか? 初対面でこんなことをいうのも失礼ですが」
キズナがコアに話しかける。真剣な表情だった。
『――期待されているところ申し訳ありませんが、言えることはあまりありません。ただスフィア、あなたは《星》に共鳴する存在です。《星》とともにあり、《星》の先を行くもの。そういう定めをお持ちのようです』
「《星》の先……?」
謎かけのような言葉だった。正直よく飲み込めない。
「じゃ、じゃあ、願いに反応っていうのは?」
『――あなたの願いは、ここにくる全ての人たちにはありえないほど、純粋で無垢でそして形が無い。そんな願いなのです』
「鉱石街の店の時は『私は、いつでも楽しいことに向かって歩いて行きたい』っていっただけだけど。そんなたいそうな物じゃないよ」
『――それは、あなたの願いの本質を言葉に押し込めた物でしょう。きっとそれは正しくもあり、間違ってもいる。本当のあなたの願いはもっと抽象的な、いってみれば赤子のような形のないものです』
やっぱりよくわからない。思わず首をひねってしまう。
キズナをなんとなく見てみるが、やはりよく飲み込めていないようだ。きっとお茶会の《星》の件があったから私のことを調べようとしているんだと思う。
『――それはきっと私が語っても伝わるものではないでしょう。きっとこの先の旅の中でスフィア自身が理解すること』
また言われた。この先の旅。私はどんな旅をして何をつかむっていうんだろう。
『――そうですね。私が語れることを話しましょう。この鉱石の《星》のことを、この《星》が来た道そして今いるこの時のことを』
そういって、《星》のコアは語り始めた。
この《星》のことが、私とどうつながるのかだろうか……?
私の旅の先は今まさに見えなくなっていた。
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