第49話:鉱石の《星》に流れた時を
『――この光たちは何だと思いますか?』
急な問いかけ。
「え? ……っとなんだろう? 何かの赤ちゃんとか?」
特に根拠の無い思いつきの答え。
だけど、
『――さすがですね。この光たちは、生まれたばかりの鉱石たちです』
「これが、鉱石?」
キズナも驚いているようだ。辺りを見渡して不思議そうにしている。
「おい、これが鉱石ってどういうことだ? ただの光だろう」
ワンデルさんは置いてけぼり状態なので、キズナが仕方ないという感じで解説しているようだった。私はそういうの苦手だし、悪いけどキズナに任せてしまおう。
『――この光たちは、生まれながらに方向性を持っています。こういう鉱石でありたいという願いのような物が。それが上の層の原石たちに宿ることによって、鉱石となるのです。あなたたちは時にそれを宝石と呼んだりしますね』
「この光は、いってみれば小さな《星》のコアってところですね」
なんとなく、近くに浮いている光を手の上に掲げて眺めてみる。
そう言われてみれば、なんとなしにかわいらしくて本当に赤ちゃんのように思えてくるのが不思議だ。石の命なんて考えたことも無かった。
『――元々のこの《星》のコアである私に託された願いは、全ての鉱石が集まる場所。それだけでした』
「ええ、そう聞いています。ここにくれば鉱石の美しさや神秘さが楽しめると、世界の人たちが鉱石に特別な想いを込めた結果、その強い想いがこの《星》を生んだと」
キズナが旅行社の社員っぽい、知識のあるところを披露する。
『――その通りです。みながこの《星》に美しい鉱石を価値ある宝石を求めてやってきました。そこまではよかった』
「そこまでは?」
『――はい。私に込められたコアへの願いは変わりません。しかし、鉱石自体のあり方がいつしか変わってしまった』
「どういうこと?」
『――鉱石に求められるものが変わったということです。美しさだけではない。鉱石に力があるとそう皆が思い始めた。美しくて希少な石には特別な力を願いをかなえる力があるのだと、そう信じ始めた』
「……それって、パワーストーン?」
『――鉱石街の人たちはそう呼んでいるようですね。その通りです。いつしか人は石に力を求めるようになった。その結果、鉱石には方向性が、意志の力が宿るようになってしまった』
「……意志の力ってどういう」
『――鉱石を美しさや鉱石としての物性では無く、願いをかなえるためのものとして求める人たちが増えてきたということです。私たち《星》は人の願いを形にしてできていくもの。すべての鉱石がある《星》だった私に、特別な力が必要とされたのです』
「それがどう、今のこの状況とつながるのですか?」
キズナの質問はもっともだ。私もそこがわからない。
『――願いをかなえる力を付与することは、《星》の歴史からすると最近おこなわれるようになりました。有り体に言えば私が未熟であり、うまく扱えていないのです。本来なら人の願いにあった鉱石を生み出していくべきなのでしょう。ですが、私には人の願いがわからない。ですから、まだ願いの色の付いていない、そんな光たちを力だけを与えて送り出すことにしています。ですが、その力は願いをどうも過剰に受けてしまうようです』
「ひょっとしてさっきの暴走も?」
『――はい、鉱石に込められた小さな光の力が、あなたの願いに反応したのでしょう。上の層の鉱石たちは、まだ小さな光をえて鉱石になりたての未熟な赤子のようなもの。近くにいたあなたの願いがまぶしすぎて、正しく力を設定できなかったようです』
なるほど、そんなことになっていたんだ。
ていうことは……。
「結局、今回もスフィアのせいか。わかってたけど」
まあ、そういうことだよね。って、まさか揺れてせまってきたり光ったりしたのは、私の『前向きに進みたい』って願いをかなえたからじゃないでしょうね? それは全然違うからね! そう言うことじゃないからね!
こほん、まあ、さておき……。
「そっか、なんだか悪いことしちゃったな」
そう言うと、コアが少し沈黙した。
『――驚きました。私たち鉱石にそんな想いを返す方がいるとは』
「え、そうかな?」
『――石を命と考える人がどれくらいいるでしょう。私がこのように願いを変質させてからというもの、石を力と考える人ばかりでありましたから』
そんなもんなんだ。でも、私にはそうは思えなかった。
この周りに光る小さな鉱石の子供たちが、なんだか健気ですてきな存在に思えたから。
「ところで、この暴走状態を抑えてもらうことはできるのでしょうか。このままでは、僕たちが帰ることができない」
『――ええ、すぐに。穏やかな意志を共鳴させることで鎮めましょう』
「助かります。ありがとう」
キズナが頭を下げる。私も、ありがとうと告げる。
「ところで……」
ワンデルさんが、割り込んできたのはそんなときだった。
「あんた、この《星》のコアなんだよな。そっちの声は聞こえないけど、願いをかなえてくれるそんな存在なんだろ? なら、俺の願いをかなえる石をつくってくれることもできるのか?」
本気の強い言葉。どこかすがるようでもあった。
「俺は、ここに自分の願いをかなえてくれる石を探しに来たんだ。もし、そんな石があるなら、無いのなら造ってくれるなら、俺は何でもする。お願いだ、俺の願いをかなえる石をくれないか!」
ワンデルさんの声は絞り出すような、叫ぶようなそんな声だった。
また少しの沈黙があった。
その間、小さな光は舞い上がり続けたが、《星》のコアは明滅を止めていた。
なにか考えているような、そんな雰囲気を感じる。
『――造ることはできます。私には人の望みを正確に理解することはできませんが、それでもある程度の模造はできるでしょう』
キズナが通訳する。
「なら、お願いだ! 俺に願いをかなえる石を!」
ワンデルさんがまた叫ぶ。どこか悲痛ささえ感じる。
《星》のコアがまた少し沈黙した。そして告げた。
『――あなたには願いがありません。かなえる石は造ることができません』
「……そんな」
『――自分でも気づいているのではありませんか? あなたは何も願っていない。何を願っているのかわからないと思っているのかもしれませんが、その実、なにも求めていないようです。少なくともあなたの思いは私には願いとしては響いていません』
ああ、そういうことか。だから、《星》のコアは光らなかったんだ。
ワンデルさんの思いに応える光の色が無いから。
「俺は、何も無い自分がいやで、変わりたくて、願うことすらわからない自分が嫌いで……、だからこの《星》にきたんだ。ここの鉱石ならきっと俺の願いをかなえてくれる石があるんじゃ無いかって、でも、だから……」
最後の方はほとんど独り言に近かった。
ショックだったんだろう。求めてきた物が無いのなら、自分はどうしたらいいのかと。
きっと、これまでの強気でともすれば粗野なワンデルさんは、そうみせていただけで、本当はずっと不安だったんじゃないかって。私はなんとなく思っていたから。
「なあ、ワンデルさん。あんたはほんとにそんな石なんて求めてるのかな?」
キズナが急にそんなことを言った。
「なんだって?!」
ワンデルさんが激高した。
その瞬間、辺りの光たちが威嚇するかのように強く光った。
『――ここでは感情を強く出すのはおすすめしません。上であなたたちが経験したことと同じことになりかねない』
その声はワンデルさんには聞こえない。だけど、聞こえたとしても今のワンデルさんには届かない、そんな気がした。
「願いが無いのに、なんで願いをかなえる石を求めてるんだい? 願いが無いのならなにもしなければいい」
「……違う、そういうことじゃない。何もしなければ何も見つからない。だから、俺は」
ワンデルさんが何かをこらえているような表情をしている。
「なんで、ほしくもない石を探してるんだ?」
キズナの言葉は辛辣だ。だけど私も思っていたことだった。
願いの無い人が、願いの石を探す。その矛盾。
そしてその矛盾に人生をかけたようにすがる採掘士。
謎があると思った。
「ほしくないわけじゃない! 俺にはそれが必要だから! あいつらと同じような世界を楽しめる人になるために!」
その言葉をワンデルさんが叫んだとき、辺りが急に明るくなった。
「え? なにこれ?」
慌てて周りを見ると、小さな光たちが激しく明滅している。
これまでのような優しい光では無く、何かを攻撃するような強い光。
『――いけない。子供たちが想いに飲み込まれる』
コアの声が聞こえると同時に、光たちは強く光り飛び回り始めた。
まるで嵐のようだ。中心はワンデルさん。
『――子供たちよ、鎮まりなさい!』
コアの声が焦りを帯びているのがわかる。
ああ、これは暴風だ。
想いの光が吹き荒れる激しい嵐だ。
私にはそう思えた。
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