第50話:吹き荒れる鉱石の中で
光が吹き荒れる。
今や事態の中心は、ワンデルさんだった。
「キズナ! なんでワンデルさんを挑発するようなことしたの!」
キズナにしては珍しい行動だった。
いつも皮肉や愚痴は言うけど、感情的な言葉や人にケンカを売るようなことは無いキズナが、ワンデルさんにはなぜか当たりが強かった。
私への態度のせいかと思っていたけれど、何か違うような気がしていた。
「すまない。ちょっと、彼の行動が僕の信条と相容れなかったから、強い言い方をしてしまった。スフィアに迷惑かけてしまった」
「それはいいけど……」
キズナがこんな形で謝るのも珍しい。なにかキズナの中によっぽど引っかかる物があったのかな。
「お前たちは、いいな。自分の行く先がわかっている。いる場所もわかっている。だが俺は! 自分の願いすら見つからない!」
「そんなことないよ! 私だって、この《マボロシの海》で記憶をなくして、何もわかってない。自分の行く先なんてわかってもないよ」
「違う、スフィアは記憶が無くても自分の行く先がわかっている。どうしたいかの想いがある。俺にはそれが無いんだよ」
私の存在が何かを刺激してしまったのだろうか。
ワンデルさんの目には私への敵意すら感じる。
『――《星》への旅人よ。感情を抑えてください。子供たちがあてられてしまう』
《星》のコアの言葉がどこか必死だ。
私はその言葉をワンデルさんに伝える。
「……ああ、そうだった。ここは《星》の中枢だ。願いの元があふれているんだったな。そうだった、なら俺がやるべきは一つだった」
ワンデルさんはそう言うと、辺りに大きく呼びかけた。
「鉱石の子供たちよ、お前たちは願いの石の種なのだろう。なら、俺の想いに応える石に
なってみせろ!」
その言葉はどう光たちに届いたのだろう。
大きく渦を巻くように吹き荒れ、ワンデルさんに集まっていった。
ワンデルさんは、その光たちをうっとりと見つめながら。
「よし、いいぞ。この中の誰でもいい。俺の本当の願いに応えてくれ、そんな俺のための鉱石の原石になってくれ……」
つぶやくような声。
しかし、
次の瞬間、光たちは加速してワンデルさんの周りから飛び去っていく、そして上の層で見た暴走のように、私たちのいる空間を飛び回っている。
「わわっ!」
荒れた軌道の光が私のところにも突っ込んできて、すんでのところでよける。
キズナも似たような状況だ。
収拾が付いていない。
「なんでだ! なぜ俺に応えてくれない!」
『――あなたの願いが、あなたのものでないからです。あなたのうちに無い願いをかなえる石はここにはない。感情のみを受けとってしまっています。このままでは子供たちがまともな原石になれなくなってしまう。あなたもきっと』
そんなことを《星》のコアは告げる。なぜかその言葉はワンデルさんにも届いたようだ。
「あわれむな! 俺にだって願いが、願いの一つくらいあるはずなんだ!」
頭を抱えて、しゃがみ込むワンデルさん。
なんでそんな辛そうな顔をしているのか。
だから、私もつい何かを言いたくなってしまった。
「あの! 私思ったんですけど、ワンデルさんが願いの石を探すようになったきっかけは何だったんですか?!」
暴風光の中、私は叫ぶ。
「……この《星》に来たことだ」
「ここに?」
「ああ、この《星》に観光に来た。仲のよかった友人たちとな。俺はただ美しいとうわさの鉱石の《星》が見たかっただけだった。でも友人たちは違った。願いをかなえるというパワーストーンを求めていた」
「普通に観光に来てこうなったって言うのかい?」
キズナも不思議そうに聞いている。
「ああ、そうさ。友人たちは楽しそうに、自分たちの願いを口に出し、そして求める石を買っていった。俺も聞かれたよ。お前の願いは何だってな」
そういうと、ワンデルさんはうつむいた。
「答えられなかったよ。その俺に友人たちは言った。願うこと一つも無いなんておかしいってね。それから、いろんな石を俺に見せながら、これは違うのか?なんて聞かれた」
遠い視線。きっとそのときの景色を思い出しているのだろう。
「無かったね。一つも。どれもピンとこなかった。だから、そのとき気づいた。俺は願いが無いおかしいやつなんだってな」ワンデルさんがキズナをにらみつけている。
辺りにはいまだ光が吹き荒れている。
「痛っ!」
「スフィア、どこかに逃げていてくれ!」
体にかすった光が、傷も無いのにかすかに痛むような熱さを残す。かするくらいならいいけど、ずっと受けていたらまずいことになりそうだった。
キズナは逃げろと言うけど、逃げるところなんて無い。
キズナはこの光をうけても大丈夫そうなのはいいんだけど、私はどうすれば。
「願いの一つ無くたって、どうってこと無いだろう」
キズナが言う。
「はっ! そんなわけあるか、お前らだって望みの一つくらいあるだろう? スフィアにもあった。お前だって願うことがあるんじゃないか? まったくないって言い切れるか?」
「……まあ、確かに僕にも願いくらいはある」
ぽつりとキズナがつぶやく。あるんだ。キズナの願いって何だろう。
「ほら、あるじゃないか。だが、俺には無かった、普通じゃ無いんだ。だから、俺はここに、この《星》に残ったんだ。俺にあう石があれば、それが俺の願いなんだって。それがあれば俺は普通の人なんだって」
ワンデルさんは泣いている。人と違うこと、それを受け入れられなくて苦しんだ結果、こんな深いところまで来てしまったんだ。
ここまで話してて、私には少しだけわかってきたことがあった。
割り込むように会話に入る。
「なるほど、だから店長さんはワンデルさんを鉱脈に送り込んだんだよ。きっと店長さんは自分をもう一度見直してこいって言ってたんだよ。願いじゃ無くて、自分を見つめるために」
「そうかもね。スフィアは願いを気に入られたが、あんたは願いが無いまま石を探していたから、それじゃ求める物が手に入らないことを知っていたんだ」
キズナも私の意見にうなづいてくれた。
「たぶん、店長さんは話してもわかってくれないって思ったんじゃないかな。だから、自分で気づいてもらおうとした。私はそうじゃないかなって思う」
「ふざけるな! 願いが無いって認めろって言うのか!」
ワンデルさんの声で、光がまた暴れ出す。
もうほとんど光のスコールか嵐って感じだ。
よけるなんて無理。
「どうしようキズナ!」
「どうするって言われてもこれなんともならないだろ! 逃げるんだスフィア!」
「だから逃げるってどこへよ!」
ここは遙か地下。エレベーターで降りてきてるし、エレベーターは結構向こうだ。
この光の嵐を抜けていくのは正直厳しそう。
広いとはいえ閉ざされた空間。隠れる場所も無い。
「くそ、なんとかならないかな。スフィアが余計なことを言うから」
キズナが鞄の中をあさりながら、悪態をついて何かを探している。
「いや、今回は絶対キズナの方が言い過ぎだと思うよ! なんだかけんか腰だったし!」
なんか今回のキズナはどうにも攻撃的だと思っていた。今回ばかりは、私だけのせいじゃないと思う。
「いや、まあ、確かにそういうところはあったかもしれないけど……」
キズナも思い当たるところがあるのか、どうにも歯切れが悪い。
「なにかあったの?」
「……スフィアが危険にさらされてる。あと、個人的に少しあの考え方はそりが合わない」
私が危険な目に遭ったのをまだ引きずってたか。キズナくんにも可愛いとこあるな。
でもきっとそれだけじゃないんだろうな。そりが合わないって言うところに何かありそう。今はきっと教えてくれないんだろうけど。
「そんなことはいい。なんとかしないと」
「っていっても、どうすれば……」
光の嵐は、ワンデルさんの感情に合わせるように強くなり、激しく明滅を繰り替えしている。
キラキラと輝く色とりどりの光たち。まるでイルミネーションのようだ。
こんな危険なときに思うことじゃないんだろうけど。
私は、この光の嵐がとても美しいと感じていた。
石にはこの命たちが宿っているんだなあ……。そんなことを思っていた。
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