マボロシの旅はいかがでしょうか?
季都英司
序章 さあ旅をはじめましょう
旅の準備 第1話:《マボロシの海》の中で
まるでマボロシの中を漂っているみたい。
それがこの世界で目覚めた私が、一番最初に意識したことだった。
ふわりと浮かぶような、ゆっくりとどこかへ流されるような、そしてゆりかごに揺られるような感覚が同時に私におしよせている。
包まれているようなどこか暖かい感じがして、ここにいてもいいよと言われているようだった。
この空間の優しさに身を任せて、いっそこのまま眠り続けてしまおうかなんて一瞬考えたけれど、次の瞬間にはそれはできないと考え直す。
だって私の胸の中のどこかから、
はじけるような、きらめくような、
じっとしていられないような、
そんなわくわくするような気持ちが、どうしようもなく膨らんできていたから。
それはきっと何かへの期待感、未来へ向かって高まる気持ち。
これを抑えることなんてとてもできやしない。
さあ、目覚めの時だ。
1・2の3で目を大きく開けた。
――ああ、なんて素敵なんだろう。
私は自分の予感が間違っていなかったことを知った。
目を開くとそこは不思議の世界。
どこまでも透き通るような深い深いブルーの中に、紫の波が揺れるようなそんな空間。
時折赤や緑や黄色にもゆらぐ、虹の中に居るような不思議な不思議な色彩。とても綺麗だと思った。
そして彼方を見やれば、そこにきらめく光が大小様々に瞬いている。
あれはお星様かしら?
比べるものがないせいか、距離感はいまいちわからなかった。
でも、不思議とそこまで遠くには思えなくて、なぜかすぐ近くにあるように思えていた。
またたく光点はいろんな色に輝いていて、光る間隔もその光り方も異なっている。
星だとすればなんだか不思議な星だ。
さらにヘンテコなのは、光点と光点の間に光の筋のようなものが見えること。
まるで光をつなぐ道のように見えた。
その光景はとても綺麗で、私はどうしてもあの光の下に行ってみたいと思う気持ちが抑えられなかった。
どうやっていけばいいのかしら?
そう思ってから、自分の場所を確認しようと遠くから視点を引き戻し、あらためて自分のまわりを確認してみる。
どうやらまわりは海でもなく、宇宙でもなく。
水でも大気でもないみたい。
何もないのかと言えば、そんなことはなくて、あたたかさを感じるけれど、まとわりつくような感じはしない。少し手足を動かしてみても抵抗もない。
時々優しく揺らめくように光り、そして流れを生み出しているようだ。
空と海と風が混じり合ったような、謎の物質で満たされているみたいだった。
最初の直感通りだ。
ここはまるでマボロシの中。不思議な夢の中ににいるみたい。
私は今マボロシの中にただ浮かんでいるんだ。
正直どちらが上か下かもわからない。
言ってみればこれは漂流しているというやつかもしれない。
でも不思議と焦りはなくて、なんとかしてあの光に辿り着いてみたいとそればかりを考えていた。
さて、そもそも私は動けるのかしら?
まずは試してみることにして、少し体をぐるりとひねってみる。
見えていた光景が回転する。
よしよし、向きは変えられそう。
次は手足を泳ぐように動かしてみた。
ちょっと不格好だったけど、ぐるぐると手を回し、足をばたつかせてみた。
意外にも泳げるみたいだった。周りに何も無いからわかりづらいけど、体の周りにあるらしい物質の流れで、なんとなく自分が動いているのがわかった。
さあ泳げることはわかったから、あそこまで泳いでいってみよう。
と、意気込んでしばらく泳いだところで悟る。
あ、こりゃ無理だ。全然進まないや。
こんな勢いじゃ、いつまでたっても目的地まで届くわけが無い。早々に見切りをつけた私は、別のアイデアを出すべく考え込みはじめた。
さて、これからどうしたものかなあ。
せっかくだから、ここからもっと楽しそうなところにいきたいわけで、いつまでもこんなところにいるわけにはいかないよね。
だって、こんな楽しそうな場所で、行ってみたい景色があって、わくわくが抑えられない自分がいて、それがたとえ何もわからないどんな不思議な場所であったとしてもだ。
これはもう前向きに生きるしかないじゃない。
今私がやるべきこと、それは……。
「旅よ! これはもうこの世界を旅するしかないわ! 決めた、私はこの世界で旅をするんだ」
そんな言葉が声となって世界に発せられた。
私が目覚めてから最初の声がそれだった。
誰に向けての何の決意かもよくわからない。
でも一度口にしてみると、もう本当にそれしかないように思えて、一刻も早く旅立たなくてはとそればかりが私の心をせかしていた。
「でも、どうしたらいいのかな……。行ってみたいところはあっても、行き方もわからないし、今の私の力じゃ泳いでいくのも厳しそう……。まずはなんとか行く方法を見つけないと」
私は不思議な空間でゆっくりと回りながら、そんなことをつぶやく。
一度声を出せることを知ってしまうと、不思議と考えるよりも、言葉にした方がいいようなそんな気がしていた。
そんな私に突然声がかけられた。
「その旅、僕らに企画させてもらえないかな?」
それが、この空間ではじめて聞いた自分以外の言葉だった。
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