第40話:鉱石街の時計塔
ストリートをまっすぐ進む。
ただそれだけのことがとても楽しい。
足下はキラキラとカラフルに輝いているし、宝石でできた石畳は、硬質だけど軽い音を響かせていて、歩いているだけで楽器を鳴らしているよう。
思わずステップ踏んでみたりして。
すこし笑いながら、踊るように周りながら駆けていく。
そんな私を横を飛んでいるキズナは、優しく見てくれている。
いつからだろう。こういう風に楽しんでいるというか、浮かれている私を見ても、キズナが茶化したりしなくなったのは。
それに、不安げに先を飛んで私を誘導するのでも、暴走するように走り出す私を止めるように後ろを飛ぶのでもなく、ただ私の横を飛んでくれるようになったのは。
でも、そんな気持ちを口には出さずにこう言ってみる。
「私、楽しい」
「それはよかった。そうだと思った」
キズナの言葉はシンプルだけど、なぜかかえって通じ合う物があるような気がする。
何の変化だろうか。
私たちが目指す先には、一つの高い建物。
この鉱石街の中心にある時計台だ。
壁は頑丈かつ深い色合いの白と淡い緑の鉱石で張られていて、窓は全てが宝石を貼り合わせたステンドグラス。
これだけでも感動的な芸術だと思えるのに、その最も高いところに飾られた時計がさらに圧巻だ。
文字盤にはキラキラ輝くおそらくダイヤモンドのプレートを貼り合わせていて、数字にはそれぞれ違う色の宝石を加工した物が取り付けられている。書き文字じゃ無くて、文字自体が宝石製だ。
そして何より針。
長針も短針も、金枠の細い台地の上に、長針には細かい真紅のルビーが敷き詰められ、短針には濃青のサファイヤが敷き詰められている。
遠目にもキラキラと光を跳ね返していて、とてもきれいだ。
街のシンボルとして申し分ないし、なによりもずっと見ていたくなる。
時計台に向かいながらキズナと言葉を交わす。
「本当にきれいだよね。鉱石も宝石もいろんな色も質感もあるんだろうけど、全然バラバラじゃ無いの。一体感があって、元からそうだったってくらいに自然で、でもこんなの他には絶対に無いって言う美しさがあってさ」
興奮気味に私が話すと。
「わかるよ、あのきれいさはここ鉱石の《星》だけのものだ。でもね、今驚いているなら、中に入ったらもっとすてきな物が見られると思うよ」
とキズナが言う。
「あれよりももっとすごいの?」
「ああ、この街自体も十分に幻想的だけど、そうだな。中はちょっとした妖精郷って感じかもしれない。まあ後は入ってのお楽しみ」
少しニヤリとして、お預けだよと言ってくる。
キズナも最初は私に手こずっていたけど、ずいぶん私のノリになれてきたもんだ。
最初はお堅い感じだったのにな。いや今も真面目なのは変わらないんだけどさ。
宝石に彩られた塗り絵のような水彩画のような、そんな色彩の流れを全身に受けながら私たちはストリートを歩く。
時計台が近づいてきた。
近くから見ると、さすがに街のどこからでも見えるだけあって高い。雲の道の《星》にあった塔ほどじゃないけれど、これも十分に高く感じられる。
でも不思議と圧は感じなかった。
むしろ招かれているような、吸い込まれて入ってみたくなるようなそんな感じ。
入り口は、ちょうどストリートから真正面にあった。
私の身長よりも遙かに大きな扉だ。
石造りの扉なのはもちろん、取っ手にも周辺の装飾にも鉱石がふんだんに使われている。こういうところの飾りは植物柄とか生きものを模した物が多いように思うけど、この時計台の扉は幾何学模様で構成された、直線を意識したデザイン。
この辺もどこか鉱石の《星》らしさがあるように思う。
「さあ、入ろうか」
「うん、行こう!」
キズナの声に、私はトランクを一度置き、なんとなく帽子をかぶり直すと、扉に手をかけて力を入れて引く。
思ったよりも軽い。いろんなものに不思議と重さを感じない街だと思った。
私の力でも扉は問題なく開き、その中の景色が見えてくる。
私は言葉をのんだ。
「すごい……」
時計台の中の景色を見た私は、思わず魅入ってしまっていた。
目が離せない。
中に入った私が見たのは、一面のステンドグラス。
窓がとか、天井が、とかじゃ無い。
円筒状の塔の内側の壁全てがステンドグラスになっている。
赤、青、黄色、緑、数え上げればきりが無い色彩の競演。
夢の中にいるような、光の中に包まれるようなそんな感覚。
《マボロシの海》にたゆたっていたあの時を思い出す。
そして、光の海の真ん中を貫くようならせん階段がそびえている。
なんで? どうして?
だって、外からは普通に壁と窓が見えて、こんな光がはいるようにはなっていなかったはずなのに……。
その疑問を察したのか。キズナが説明してくれる。
「この塔は実は二重構造になってるんだ。外から見える外壁の内側にもう一枚このステンドグラスの壁があってね。天井から取り入れた光をうまく壁の間で反射させてステンドグラスに光が透過するようになっているんだ。すごいよね。僕も最初に見たときは驚いた」
「……そうなんだ。うん、いや、すごい! びっくりしたけどすごい! なんてきれいなのかしら。光の中に浮いているみたい、しかもこれ、下から上へとモチーフが変わってるよね」
「ああ、おおむね四層になっているのかな。下から大地のエリア、地上のエリア、天空のエリア、そして《マボロシの海》のエリア。この鉱石の《星》の構造を表しているんだ」
ああ、そう言うデザインなんだ。なるほど。
わかりやすく絵が書いているわけじゃないけど、よく見るとそんな感じに見える。
「さあ、登っていこう」
キズナがらせん階段に飛んでいく。私も後をついていく。
らせん階段は大きめで、思ったよりも段差はきつくない。
ゆっくりと登りながら、ステンドグラスのデザインと変化を楽しめる。
登っていくうちに、エリアに応じて辺りの光の色が変わっていくのが面白い。
最初の大地のエリアは、濃いオレンジがベース。土の下の鉱脈の絵なのだろうか?
土をあらわしているのか深いオレンジの中に、いろんな色の石が埋まっているようだ。
無骨な形に切り取られた宝石のパネルがいかにも掘り出されたばかりの石に見える。
というか、これガラスじゃなくて本当に宝石なんだよね、すごい。
ぐるぐるとらせん階段をのぼる。
エリアが変わったようだ。空気が変わるように光の色が変わる。
地上のエリアは、緑がベース。草原とか森のイメージなのかしら。
鮮やかな緑の中に、花が咲き誇るようなパネルがはめられている。
森を表していると思われる深緑のパネルからの光はなんだか、本当に森の中にいるような穏やかな気持ちにさせてくれる。
どんどん上がっていく。
なんだろう、かなり高くまで登ってきているはずなのに、不思議と疲れを感じない。
次のエリアは天空のエリア。ここはベースの色が複数あるようだった。
まず見えてきたのは、まさにスカイブルーと言った爽やかな青。
雲のように浮かんだ白いパネルが、石のはずなのに柔らかく見えるのが不思議。
こんな柔らかい色の石があるんだなあ。
そして次に見えてきたのは、燃えるようなあかね色。
夕焼けかな? この辺りには他のエリアのような、他の色はあまりなくて、あかね色の変化だけで構成されている。これもすてき。
目の中に飛び込んでくるようで、どこかさみしくなる赤のようなオレンジのような少し影を帯びた光の色がの変化がやさしくて、いつまでも見ていたくなる。
最後は深くて暗い青から黒の光。
夜を表しているんだろう。
黒い色の光が見えるのが不思議だ。
光を見ているはずなのに闇の中にいるような、そんな感覚を覚える。
下の方に白や黄色の石が点々とはまっているのは、ひょっとして街の灯りなのかしら?
ぐるりと回っただけで一日が過ぎるようなそんな錯覚。
いつのまにか天空のエリアは過ぎていた。
ここからは最後のエリアなのだろう。
「スフィアはここまでのエリアを見て、どう思った?」
「うん、とってもすごかった! 全部石でできてるしそんなに細かく描かれてるわけでもないのに、どのエリアも不思議とキズナが言ったモチーフに見えてくるよね!」
「ああ、そうだろう。不思議だよね。しっかりした形が無くても、人は光の色彩だけでその世界をイメージできる。きっとそれは記憶に刻まれた何かが思い出されるからなんだろう」
「次が最後のエリアなんだよね。たしか……」
「そう、《マボロシの海》のエリア。スフィアはこのエリアも他と同じように似ているって思えるだろうか。」
少し先を行くキズナがなぜか、振り返らずのをやめて言う。
どういうことだろう。
私は答えないられまま、らせん階段を上っていく。
空間を包む光が変わったのがわかる。
これが《マボロシの海》のエリアか。
ああ、なるほど。その通りだ。
深くて濃い紫と輝くような青の波のような光が差し込んでいる。
ステンドグラスにはめ込まれたパネルが動くわけ無いのに、本当に光が波打っているような、その中を泳いでいるような感じだ。
紫の光の中には、輝くように鮮やかな黄色のラインが縦横無尽に走り回っている。
紫と青の波の曲線のデザインの中に、あらわれる幾何学模様。
これはきっとスターレイルを描いているんだろう。
このエリアがおそらくいちばん抽象的に表現されている。
でも、なぜだかわかる。懐かしくて、あったかくて、とても落ち着く光。
いつまでも、たゆたっていたくなるようなそんな気分。
でもそんな時間にも終わりが来る。
天井から、白い光が飛び込んでくる。
見上げるとそこにはらせん階段の終わり、出口が見えた。
そうか、この時間は終わりなんだ。とさみしさすら覚えた。
最後の段を上りきり上の階に上がる。
そこは広い部屋になっていた。たぶん、最上階の時計がある階なのだろう。
少しだけ階段から下をなごりおしくのぞき込んでみる。
すべてのエリアの光が混ざったようになっている。
光を流し込んだ筒のよう。もしくは少しだけ混ぜたミックスジュースって感じ。
石だけでできたステンドグラス。
自然の鉱石で造っているからこそなのか、似たような色の石でも、微妙な違いがあって、細かい細かい色の変化が不思議と自然だった。
今気がついてみれば、それぞれのパネルは平らに加工されていなかった。
原石をそのまま砕いたような、粗くて無骨な石が緻密に張り巡らされていたんだ。
そのすごさにため息をついた。
「どうだった?」
「最高だった! こんなに不思議なステンドグラスは初めて……だと思う。記憶は無いけど。よく考えたら宝石のステンドグラスなんてすごく豪華よね」
「ああ、この街だからできることだよね。ここはきっと楽しんでもらえると思っていた」
「うん、すっごく楽しんだよ」
「それはなにより。《マボロシの海》のエリアもかい?」
「……? うん、すごかったよ。なんだか、懐かしい気分だった。目覚めたときがあの中だったからかな、なんて」
「そっか、懐かしかったんだね」
「そう思ったけど、どういうこと?」
「いや、君はやっぱりスフィアなんだな」
「そうだけど、何言ってるの?」
キズナがどうにも変だなあ。
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