第10話:雲の夢、雲で遊んでみませんか

 空を飛ぶ。ふわりふわりと跳ね回る。

 風に乗るように速く。

 時にはゆるりとした川に流されるようにゆっくりと。

 私は今雲の上にいた。

 さっきまでの雲の大地の上じゃない。

 そう、私は雲に乗って空を飛んでいるんだ!



 遡ること数刻前。

「今度は雲の工芸室に行ってみよう」

 キズナがタブレットを出して、何かを見ている。のぞき込んでみると、キズナサイズの小ささのせいでわかりづらいが、どうやらこの広場のマップのようだ。

 どこでどんなイベントがやっているかが、表示されているみたい。便利だなあ。

「工芸室?」

「うん、雲を素材にいろんな形を作って遊べるんだ。これも人気のアトラクションさ」

「へえ、楽しそう。そっか、雲で建物造るくらいの街だものね」

「じゃあ、案内するよ」

 キズナが私の前を飛んでいく。

 他のお客さんも多いみたいで、かなり広場は混雑している。他の《星》のお客さんなのか、それとも現実世界から来たツアー客なのか。

 どちらにしても混みすぎていて進みづらい。かんたんに迷子になってしまいそう。

 それでもキズナが、少し高めに浮いて誘導してくれるのではぐれる心配はなさそうだった。時折振り返ってくれる辺り、きちんと確認してくれているのだろう。まあ、ガイドだからあたりまえか。


 私は辺りを見渡す。広場の周りには高い建物が広場を囲むように並んでいる。

 白い建物なところを見ると、あれも雲で造っているんだろう。

 ふと気になったことがあったのでキズナに尋ねる。

「ねえ、このたくさん使っている雲ってどこから持ってくるの?」

「白天の城だよ。あそこには《星》の核があるからね。核から雲が無限に生み出されてるみたいだよ。もっとも僕もそこまでは見たことがないけれど」

「ふうん、素材が使い放題だったら、それは街も大きくなるはずよね」 

「街が大きくなった理由はそれだけじゃないよ」

「そうなの?」

「それは、このあとの工芸室でわかるさ」 

「?」

 キズナの言葉の意味はよくわからなかったが、それ以上教えてくれる気もなさそうなので聞かないことにする。さっきから何度か出てくるお楽しみ、と言うことなんだろうと納得した。


「さあ、ここだ」

 キズナが案内してくれた場所は、お店のような看板が付いた建物の前。

「看板にはなんて?」

「『雲のクラフト&プレイルーム』って。要は工芸室だよ」

 そう言いながら、キズナがお店の扉を開けている。

「へえ……」 

 中には、おそらく雲で造られた作品たちが大小様々並んでいた。

 動物のような形を作っているもの、乗り物のような形を作っているもの。

 素材が素材だけに全部白かと思ったら、着色も出来るようで結構カラフルで本格的な作品もあるみたい。

「ここでは、雲で好きな作品を造って遊べるんだ。これも人気のスポットだよ」

「へえ、その割には人少ないように見えるけど」

「予約しているからね」

「うわ、きちんとした旅行会社っぽい」

「きちんとした旅行会社だよ!」

 キズナがたまらずツッコミを入れてくる。そうういやそうだった。いやそうだっけ? 旅行会社の方じゃなく、きちんとしたの方。


 私はここのスタッフらしい雲の人形から作り方を教えてもらう。

 やることは簡単そうで、粘土をこねて形を作るのとそう変わりなさそう。

 何を造ろうか、悩んでいたらキズナが声をかけてきた。

「スフィアは雲で何をしたい?」

「何をするって?」

「言ったろ、ここはクラフト&プレイルーム。造った雲で遊べるところさ。造った雲の作品は形に応じて動き出したりするんだ」

「動かせるのこれ!?」

「ああ、みてごらん」

 キズナが指さす先を見ると、入り口に居たはずの雲の猫は、いつの間にか店の棚の上に移動していた。それに、雲で作った車に乗って走り回っている雲の子がいた。

「ほんとだ、動いてる。じゃあ、これで私がなにか動きそうな形のものを造れば……」

「そう、当然動かせる。もちろん形によるけど」

 俄然楽しくなってきた。頭をフル回転させて考える。何を造ったら楽しくなるだろう。

 しばらく考えて、一つのひらめきを得た。

「そうだ、こんなことって出来ますか?」

 教えてくれていたスタッフに聞きながら、アイデアを形にする。キズナも興味があるようでのぞき込むように見ていた。

 私はたくさんの雲の素材をもらって、あちこちに粘土細工のように形を造っていく、ヘラやコテのような道具で整形していくと我ながら立派な形になった。


「これは?」

 キズナが尋ねる。

「見ての通りよ、天馬。空飛ぶ馬ね!」

「うまいもんだね。ちょっと感心した。スフィア器用だね。こういうの得意?」

「さあ、記憶がないもの。得意かどうかもわからないわ。やってみたら出来たって感じ。しいていえば、やりたいことへの熱意の勝利よね」

「執念の間違いじゃ」

「キズナ、うるさい」

 キズナを一言で黙らせる。

 そう私が造ったのは翼の生えた馬だった。いわゆる天馬と呼ばれるやつ。雲で造ったものが動くというなら、どうしても試してみたいことがあったから。

 スタッフが私の造った天馬の細かいところを確認して少し直してくれた。手の形もはっきりしない雲の人形なのに器用だなあと感心する。

 最後に額のところに宝石のような綺麗な石をはめてくれると同時に天馬が動き出した。

 雲の天馬がゆっくりと翼をはためかせる。

「ほんとに動いた!」

 私は驚いてぴょんぴょんと飛び跳ねる。そして、天馬に近づくと首の辺りをなでながら話しかける。

「ねえ、私あなたを天馬として造ってみたんだけど、あなた飛べる?」

 言葉は通じるかどうかわからなかったけど、天馬は首を縦に振ってくれた。ふわふわの顔を私にこすりつけてくる。少しかわいい。

「あなたに乗って飛んでみたいんだけどいいかな?」

 そう言うと天馬は少し動きを止めたあと、足を曲げてしゃがんでくれた。

 キズナを見る。

「乗れって言ってるんじゃないのかな」

 私は微笑んで、自分で造った雲の天馬にまたがった。


 そして今に至る。

「そうかーい! きもちいー!」

 そう、私は雲の天馬にまたがって空を飛んでいた。雲の《星》を遙か高くから俯瞰している。

 風を感じられる。

 雲の街を一覧できる。本当に広い街だ。

 あちこちが賑わっているのがここからでもわかった。

 自分で造った天馬は少し曖昧な形で、我ながら不安はあったけれどこの子は私の願いに応えてくれた。

 雲に乗って空を飛ぶって憧れない? 天馬に乗るって夢がない? で、私はそれを同時に叶えた訳なのです。

「本当にスフィアは自由だね。恐れ入ったよ」

 キズナは私たちの横を自力で付いて飛んできている。キズナも何か造ればいいと言ったのだけどきっぱり拒否された。ガイドが遊ぶわけには行かないって。いっしょに飛ぶのも楽しかったと思うんだけどな。

「だって、雲で好きに形作れて動くんでしょ。だったら飛んでみたいよね」

「雲で飛ぶのは、このあとアトラクションで行くつもりだったんだけどね。雲のコースターで遊んでもらおうと思っていたから」

 キズナはやれやれって感じで首を振る。

「それってコースが決まってるんでしょ。どうせなら自由に飛んでみたいって言うのが当然じゃない。こんなマボロシの世界で型にはまったことしたくないもの。思ったままに楽しみたいな」

「はいはい、なんとなくスフィアのことがわかってきたよ。少なくともこのあとのツアー行程は変更だ」

「ごめんね。でもお客様を楽しませるのもツアーガイドの仕事なんでしょ」

「その通りですよお客様」

 あ、今ため息付いたな。

 タブレットを鞄から出して何かいろいろ作業しているみたいだ。こうやってなんだかんだ言って要望を聞いてくれる辺り、本当に真面目なんだろうなと思う。


 空から雲の《星》を眺める。

 真ん中に大きな城があって周りに大きく島が広がっている。そのどの島もたくさんの建物があって整備されているし、どこもとても賑わっている。

 私たちがいた島の隣には遊園地のような場所がある。きっとあそこがキズナが次に案内しようとしていた場所なんだろうな。

 どこもきっと、とても楽しい場所なんだろうなと思う。

 でも私は少しの違和感を感じていた。

 マボロシを楽しむってこういうことでいいのかなって。なんだか、どれもとても現実的で整備されていて、楽しみ方を全部もらっているようで。

 ここは雲に夢を持つ人の願いで出来た《星》だってキズナは言っていた。確かにここまで見たものも楽しかったし素敵だった。

 でも私がここまで楽しかったのは雲の上を歩くとか雲に乗って飛ぶとかそんなシンプルなことで、雲の世界に期待するのももっと違うことなんじゃないかなって思った。

 でもそれが何かはまだわからなかった。

 ただ、何かが足りないってそんな気がしていた。


「さて、なんとかプランは組み直したよ。次に行こうか……、って、スフィア聞いてる?」

 考え込む私にキズナが声をかけてきた。私は完全に聞いていなかった私は声をかけられて少しびっくりしてしまった。

「え? なにごめん。なんて言ったの」

「何か考え事?」

「ううん、別に。雲に乗って空を飛ぶのが楽しくってさ」

「それならいいけど」

「で、何を言いかけたの?」

「プランの変更。今の君に細かいところを案内しても、楽しんでもらえなさそうだから、次はあそこを見てもらうことにしたよ」

 そう言ってキズナが指さした先は、まさに私がさっき見ていた雲の《星》の中心だった。

「次はこの《星》の始まり白天の城だよ。歴史を学ぶのも旅の楽しみだろ」

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