第9話:雲の祭、雲の味
「ようこそ、雲の広場へ!」
そういって出迎えてくれたのは、真っ白くてふわふわのクマだった。
雲で出来たぬいぐるみのようなクマで、私よりも大きい。
「わあかわいい! なにこれ」
「雲の広場の受付ってところかな」
雲のクマは、私にあわせて少しかがむと、白い風船を渡してきた。風船は当然のように雲で出来ていた。風船につながったひもを手で持つと、ふわりと優しく浮かんでゆらゆら揺れた。
「素敵、ありがとう」とクマにお礼を言うと、雲で出来た顔で笑って「楽しんでね!」と言った。
器用なもんだなあ。
雲の広場は駅からの道をまっすぐ来たところにある大きな広場だった。
入り口にはアーチがかかっていて、なにやら文字が書かれていた。キズナに聞いてみたら私にわかる言葉で言うと『クラウドフェスティバル』だと教えてくれた。
アーチをくぐるといきなり出迎えてくれたのが、さっきのクマというわけ。
アーチを抜けると、広場の真ん中には噴水があり、その周りに円を描くように、屋台が並んでいるのが見えた。
これももちろんすべて雲で出来ている。
噴水で吹き出す水(?)も雲で出来ているし、周りの屋台も雲で出来ているようだ。
ここは本格的に雲の街なんだなって、私はようやく飲み込むことができた。
「すごい賑やかだね」
「ああ、ここは《マボロシの海》の《星》の中でもかなり整備された街でね。ある種テーマパークになってるんだ。観光客はとかく多い」
そう言われてみてみると、屋台はもちろん、さっきのクマのようにいろんな造形のキャラクタがあちこちを歩いてる。
音楽を奏でる楽隊みたいなのが、私たちとは噴水を挟んで反対のステージでショーをしている。
キズナが説明してくれたように、本当にこの広場は見渡す限りエンターテイメントであふれているようだった。
「本当にお祭りなんだね。少しイメージと違ってた」
「もっと、違うものを想像してた?」
「ええ、もっとシンプルで、雲で出来た道を歩くことを楽しんだり、雲を触ってそれ自体を楽しむようなそんな感じかなって」
正直ここまでのお祭りは想像していなかった。
マボロシの世界にもかなり現実ライクな考え方が入ってきているのかしら。
「まあ、ちょっとここまでのは珍しいかな。多くの人に描かれた力のある夢は、自然と大きくなっていくことが多くてね。どんどんと具体的に変わっていったりするんだ。すごいだろ」
「確かにすごいわ。こんなところに来られるなんて思ってなかったから。……でも、ちょっと見るところが多すぎて混乱しそう。どこから見ればいいのかしら」
私はあまりの活気と見所の多さに少し困惑してしまっていた。どこを見ても楽しそうで、逆に決められない。
「そうだなあ。……あ、さっきのスフィアの言葉から思い出した。ちょっと待ってて」
キズナはそう言うと小さな体をふわりと翻すと、すーっと向こう側に飛んでいった。その先には屋台があるみたい。
少ししてキズナが戻ってきた。
手に何かを持っているみたい。
「これは君が気に入るんじゃない?」
キズナのからだとおんなじくらいの大きさの白くて丸い塊、その下には少し長めの棒が刺さっていた。これはひょっとして……。
「わたあめ? しかもこれ……」
「そう食べられる雲」
「うそ! すごい、ほんとにあるの!?」
「スフィアみたいに、雲を見るとおいしそうだって思う人がそれなりにいたみたいだね。前はなかったような気がするけど、新商品なのかな。今はこのお祭りの売れ筋商品の一つみたい」
「ほら、やっぱり! みんな思うんだよ」
「悪かったよ。まあ、これは僕からのサービスだから食べてみるといい」
「うん、ありがと」
私はうけとった『雲飴』をキラキラした目で眺める。だって、雲がほんとに食べられるなんて思わないじゃない。
『雲飴』はわたあめのように砂糖の糸じゃなくて、水の粒が浮いてふんわり固まったような不思議な形。キラキラと水の粒が反射して、とても綺麗。食べるのがもったいないみたい。
それでも興味には勝てなくて、大きく口を開けると『雲飴』にかぶりつく。
「……!?」
驚いた。言葉にならなかった。
優しい甘さ、溶けるのじゃなくて、口の中で甘さと柔らかい感触、そして不思議なあたたかさだけを残してすっと消えていくようなそんな口溶け。
うっとりするような美味しさだった。美しい甘さと言う言葉が浮かんだ。
「どう?」
キズナがよくわからない、という感じで訪ねてくる。おそらくキズナはこれに全く興味が無いのだろう。
「すっごくおいしい! ありがとう、感動だよ」
「う、うん。そこまでこれで喜んでもらえると思わなかったよ……。なんなら雲の上歩いた時より喜んでない、君?」
キズナは少し引きながら半目だ。私のあまりの喜びっぷりに予想外と言った風情。
それでも感動したものは仕方ない。
「雲が食べられるなんて思わなかったなあ。うれしい。旅って素敵ね」
「まあ、それならよかった。とにかく次も行こうか。これだけで満足されるとそれもそれで困る」
キズナの表情は渋かったけど、知ったことじゃない。だって私は最高に楽しんでるんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます