第8話:雲の上を歩いたら?
――プシュウウウウ
ドアが軽い音を立てて閉まると、星間列車はまたきらめく流れ星となって、次の駅に向かっていった。
残されたのは私とキズナだけ。
私は雲の駅に降り立っていた。
ここはまんなかの島から離れて浮いていた6つの島のうちの一つにあるらしい。
手にはトランクケース、頭には麦わら帽子、そしてさっきの星間列車で高まった最高の高揚感。
旅の出だしとしてはこれ以上無い完璧な準備。
「さあ、この街を観光しまくるわ。キズナ、最初はどこから?」
視線の先には肩の高さに浮かぶ半透明のガイドキズナ。トランクケースを持つ時に手伝ってくれるのかと思ったけど、まったくそのそぶりはなかった。
「ねえ、このトランクケース私が持って行くのよね?」
念のため聞いてみる。
「もちろん、それはスフィアのものだからね。ガイドはホテルマンじゃないし。そもそも僕の体じゃ持てないでしょ」
「そうかもしれないけどさ。まあ、このトランクケース妙に軽いからいいけど……」
このトランクケース見た目より遙かに軽くて、体の小さい私が持っていても全く負担にならない。その辺はありがたい。
が、そこはそれ、手伝ってほしかったのが本当の気持ち。
「まずは、白天の城とそこまでの雲の道を見てもらおうと思ってる……けどね」
そこでキズナは意地悪そうな笑みを浮かべる。「それより大事なことがあるんじゃない?」
「大事なこと?」
「そう、スフィアもさっき言っていた。雲の街でやるべきこと」
何だっけと考えて、そうだ!と一瞬で思い至る。 そうそう、さっきの感動で一番大事なことを忘れていた。
そう気づいて私は走りだす。
改札を抜け、駅の出口へ。
切符が改札に吸い込まれていくのが少しだけさみしいと思ったけど、振り返りはしない
「まずは雲の道で歩いてみないと!」
そう、雲で出来た街となれば、まずは雲の上を歩かないとね!
「すごい!」
駅の出口から見えたのは一面の白。
その光景には列車の中で見たのとはまた違う素敵さがあった。
駅の出口からまっすぐ伸びた雲の道。
きっと街の真ん中に続くだろう雲の道。
真っ白でふわふわしていて、見ているだけでもやわらかそうなのがわかる。
その両側には石造りならぬ、雲作りの建物がずらりと並んでる。
私は我慢できずに雲の道に飛び込んだ。
「せーの!」
第一歩は駅の出口を両足で踏み切ってそのまま大きくジャンプ。
ふわりと飛び上がり、そのまま雲の道に着地した。
そして
はずんだ!
でもトランポリンのように、はずみすぎはしない。白い雲のクッションが優しく沈みながら私を受け止めて、押し返すように少しだけ空へ飛ばしてくれるそんな感じ。
次は、その勢いのまま、弾みながら歩いた。
まるで体が軽くなったみたい。
はずみながら、軽やかに、踊るように。
なんて楽しいんだろう。
羽が生えているような気分になる。
雲の優しさ柔らかさ。
雲の上を歩いたらこんな感じじゃないかって、想像していたとおり、いやそれを遙かに超えて楽しい。
私は、雲の道をステップを踏むように歩く。
これだけでもしばらくは楽しそうだけど、もう一個やってみたいことをそろそろ実行しよう。
最後の足で思い切り踏み込んで、後ろに大きくジャンプ!
そして、雲の中に背中から倒れこむ!
ぼふっと音がして、私の体全部が雲に抱き留められる。なんて幸せな感触。
なんだか暖かくて、最高のベッドの中にいるみたい。このまま眠れてしまいそう。
なぜだろう、不思議とこの雲の《星》が私のことを受け入れてくれてるようなそんな気がしていた。
ああ雲の道、なんて素敵なの!
私はそのまま目を閉じて、しばらく不思議な雲の世界の余韻に浸っていた。
そうして、どれくらいたっただろう。
「雲の感触は楽しめたかい?」
キズナの声で現実に返ってくる。普通なら現実に帰るなんて嫌なことなのかもだけど、ありがたいことにここは帰ってきた現実も幻想の中だ。
嫌な気分になるはずもない。
「最高! 予想以上だよ」
「それはなにより、じゃあとりあえず起き上がってくれるかな。一応ここは街の往来だからね」
その言葉に、急に我に返って周りを見渡す。
そういえば、そうだった。これまで二人だったから忘れていたが、ここだって街だ。他の人も居るだろう。
見てみれば、雲の道の端にこちらを興味深げに見ているなにかがいた。
人の形をした雲のようだった。綿だけでできたお人形のような、雪だるまを雲で作ったような不思議な人たち。この《星》の住民と言うことだろうか。
表情は少しわかりづらいが、みんな微笑んでいて笑っているという感じじゃない。そうするよね、とわかっている感じの優しい笑みに見えた。
とはいえ、これだけ見られているとさすがに少し恥ずかしくなって慌てて起き上がる。なんとなくスカートを払ってみる。
が、もちろん何も付いていなかった。
「いや、ここには多くの人を案内してきたし、この道で楽しんだ人は多いけど、そこまでやりきったのはスフィアくらいだよ。いや、感服した」
とキズナが本気なんだか嫌み寸前なんだかみたいなことを言ってきて、私の顔が思わず赤くなる。「いいじゃない、旅で楽しんで何が悪いのよ」
「とんでもない! 悪いなんて言ってないよ。実際それくらい楽しんでもらえれば、ガイドとして大いにうれしいよ」
「それにしても、この雲ほんとに触れるのね」
「ああ、それがこの《星》の特徴。雲が人々がイメージしたとおりの形と特性を持っている。ふわふわしていて手で触れるし、固めてれば弾むし丈夫で軽い不思議な素材ができあがる。それでこの街すべてが出来てるんだ」
「そっか、この街はみんなの夢と願いで出来てるんだよね」
「ああ、そうだよ。『雲の上を歩きたい』そしてそれは『雲が思った通りに触れたら』ということにつながる。核となる思いが強ければ強いほど、できあがる《星》は強く大きくなる。それほどたくさんの人々がこの夢を持っていたってことだね」
なんだか胸がじんと暖かくなる。世界もきっと時代も違っても、雲を見上げてみんな同じことを思っていたんだ。
自分が記憶をなくす前、雲を見てどう思っていたのかは思い出せないけれど。みんなが夢見た空間に私はいる、なんだかそれがうれしかった。
「さあ、ここは最初の一歩。このあとも楽しいことはたくさんだ。時間は有限だからね。急ごう」
ツアーガイドらしくキズナが仕切る。きっと最初の決め台詞をとられて少し必死になってるような気がする。
「うん、次はどこへ?」
「白天の城を目指しがてら、雲の広場に行ってみよう」
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