第32話:素敵なお茶会をお楽しみください

「さあ、スフィアさん、お好きなものをお召し上がりください。ここは私のおごりですから」

「社長元々ここは幻想旅行社持ちです。そもそもスフィアはお金持ってません」

「ほほう、そうだったかな」

 なにごともなかったようにウォッチさんが言う。

 本当にさっきの問答はなんだったのだろう。意味があったのか無かったのかすらわからない。

 私はいったん考えるのをやめることにした。だって、目の前には、素敵なアフタヌーンティーの光景が広がっているんだもの。これより大事なことなんて、きっとない。


 私は、ティーカップを手に取る。

 その中には美しい紅色の液体が満たされていた。

 優しくラウンドしているカップの中で、紅茶の色彩は外側に向けて深い赤から徐々に変化し、カップの縁では金色のリングを作り出している。

 紅茶の香りを一嗅ぎする。さわやかな花の香りの中に、蜂蜜のような香ばしくて甘い香りも混ざっている。とても複雑で深い香り。

 一口飲む。

 なんて美味しいんだろう。口の中に花畑がひろがったよう。ほのかな渋みと深い甘み。うっとりしてしまう。

 つづけてもう一口。うーん、ずっと飲んでいられそう。

「とても美味しいです! こんなに紅茶が美味しいなんて」

「うん、たしかに美味しいね。これはすごい」

 キズナも紅茶を飲んだようだ。その口調からかなり本気で感動しているのがわかる。

 あ、キズナのカップよく見るとすごく小さい。おもちゃみたいに小さくて可愛いな。人にあわせて食器をかえてくれている気遣いがすごい。

「ここは『いつでもいつまでもお茶会が楽しめる《星》』。だがそれだけじゃない。すべてが最高の品質であることがこの《星》のすごさなんだよ。お茶も、お菓子も、そしてサービスもね」

 私の思考を察したのかウォッチさんが言った。心を読んだかのようなタイミング。油断も隙も無いなあこの人。キズナが警戒するのもよくわかる。

 しかし、なるほど。気兼ねなく最高のお茶会が楽しめるってすごい。だって、よく考えるとさっきあんなに話してから飲んだ紅茶が全く冷めていない。どういうわざ? すごすぎる。


 そのまま紅茶を楽しみ続けたかったが、いやいやお菓子を放っておく訳にはいかない!と思い直す。だって、目の前には宝箱のようなお菓子たちがあるのだから。

 私は、三段重ねのトレイに手を伸ばす。

 どこから食べればいいか、悩ましい。

「ベーシックにいきたいならば、下の段から食べるといい。下の段のサンドイッチを食べてから、中段のスコーンを楽しみ、最後に上段のスイーツたちを満喫すればよいのさ。まあ、私自身は好きなところからでよいと思っているがね」

 とくに逆らう理由も無かったので、下の段のサンドイッチを食べることにする。ちょうどお腹もすいていたので、お菓子を食べる前に腹ごしらえだ。

 これももちろん美味しかった。ふんわりふっくらのパンに挟まれた具はどれも最上。ハムのうまみとキュウリの歯触りも楽しい。ちゃんと具とパンはなじませてあって食べやすく、一体感もある。

 気がつけば、下の段をあっという間に食べきってしまっていた。そんなに食べたかなと思ったが、ってちょっとまって。気がつけば、ウォッチさんもかなり食べてるような。キズナもしっかり食べてるし。

「さあ、次はスコーンを召し上がれ。ここのスコーンは絶品だからね」

 ウォッチさんもすすめてきた。今更だけど、ウサギの顔をした紳士とお茶会って、とても童話的。いろいろ思うところは無くも無いけど、楽しまないと損だ。

 スコーンを一つ手に取り、手元のお皿に置く。

 さあ、一口と行く前にお茶を飲もうと、カップに手を伸ばしたが、気がつくと一杯目のお茶はあっという間になくなっていた。


 さっきおかれていたティーポットを思い出し、お茶をつぎ足そうかと思ったとき、横からすっと私のカップにお茶が注がれた。

「楽しんでいただけておりますか?」

 そこにはさっきの給仕服のスタッフがいた。そういえばいつの間にか視界からいなくなっていたけど、実はずっとそばにいたのだろうか?と思うくらいに完璧なタイミングだった。

「はい、とっても! こんな素敵なお茶会にこられるなんて幸せです」

 私が心からの気持ちを伝えると、スタッフさんが柔らかい笑顔を浮かべた。

「喜んでいただけで何よりでございます。どうか、ゆっくりとお楽しみください。楽しんでいただけることが、私にとってなによりの《報酬》ですから」

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なんなりと」

「他のスタッフの方を見かけなかったんですが、ここはお一人でやってるんですか? それとも見かけなかっただけかしら」

 私はさっきからずっと気になっていたことを尋ねる。

「はい、基本的にここはすべて私が仕切らせていただいています」

「お茶やお菓子はどなたが?」

「それも私が」

「え? これ全部あなたが作ったんですか!?」

「はい、この《星》では最高のお茶会を楽しんでいただきたくて。細部に至るまですべて自分で担当しています」

「え? じゃあ、お茶やお菓子をテーブルに置いたのは?」

「それも私が」

 え? この広いガーデンのお茶会すべてを全部? お菓子作りも? お茶を入れるのも? サービスも? 配膳も? すごすぎない?

「スフィアさん、不思議だろう。でもそんなことが出来る人がこの《星》に一人だけいる。だれだかわかるかい?」

「この《星》に一人……? あ、ひょっとして?」

「そう、この人がこの《星》のコアなんだよ。この《星》のすべては彼女が掌握している」

 ウォッチさんの説明で私はすべてが腑に落ちた。

 なるほど、《星》のコアであるならば、この《星》で出来ないことはきっと無いのだろう。


「《星》のコアが人の形でこんなに、客の近くにいるのを初めて見ました」

 ここまでの《星》では、もっと人から離れるように、隠れていて、もっと超然とした上位の存在であるように振る舞っていたと思う。

 私はなぜか意思が通じたけど、キズナも他の人にも意思疎通は出来ていなかった。でもこのお茶会の《星》では、だれもが《星》のコアにアクセスできて、だれもが自由に話せている。どちらが普通の形なのだろうか。

「私は、素敵なお茶会を望む人に最大限、奉仕したかったんです。出来ることは何でもしてあげたかった。この《星》にくればいつでもいつまでも、飽きること無く無限に楽しいお茶会を続けていられる。そういう《星》でありたかったんです」

「素敵だと思います。私は今心から楽しめているから」

「ありがとうございます」

 給仕服姿の《星》のコアがにっこりと笑った。

「あなたのこと、なんて呼べばいいですか?」

「裏方ですので、名前などは些細なものですが、必要であれば、セリモとお呼びください。いつかどなたかにつけていただいた名です」

「セリモさん。お茶会楽しませてもらいますね」

「ごゆるりと」

 そういうと、また気配がふと消えた。客が意識しないようにまた控えているのか、それとも本当に姿を消しているのか、それはわからなかった。

「ねえ、キズナにもセリモさんの声って聞こえてるの?」

「ああ、聞こえている。《星》のコアと直接話が出来るとは思わなかった。この《星》のことは知っていたけど、《星》のコアそのものが、まさかすべて直接運営しているとはね。社長は何で知ってたんですか?」

「なに、私はここの常連でね。昔聞いたことがあったのさ」

 とぼけた調子でウォッチさんが言う、口調のせいもあって、何か隠している気がしてならないけど、そこを追求したら何か負ける気がする。


 気分転換に、私はスコーンをつかむ。少し大きめのスコーンを半分に割ると、焼きたての香ばしい香りがふわりと香る。やさしくてあったかくて甘い。

 行儀悪いかもしれないけど、がぶっと大きな口で一口かじる。ふんわりと焼き上げられたスコーンが、しかしさっくりとした表面の歯触りと相まって、とっても美味しかった。素朴で、でもとても丁寧に焼き上げられているのが、素人でもわかる。飽きずに食べ続けられる味。

 二口目はイチゴのジャムをのせて。

 甘酸っぱいイチゴの美味しさが幸せを感じさせる。粒感の残ったイチゴのジャムはそれだけでも食べたくなる美味しさなのに、スコーンは決してそれに負けない。甘酸っぱさと香ばしい生地の美味しさが最高の組み合わせだ。

 三口目はクロテッドクリームで、しっかりした生地のスコーンに脂肪分のコクが加わって、美味しさが増す。満足感のランクが上がった気がする。

 だめだ、どの組み合わせも美味しい。とまらない。

「どうです。美味しいでしょう」

「ええ、とっても。これだけでもずっと食べられます」

「それはもったいない、ぜひ、3段目のスイーツも食べていただかないと。このフルーツタルトも絶品ですよ」

 そんなウォッチさんのすすめに負けたわけでは無いが、私はひたすらに、紅茶とお菓子を楽しんだ。


 どれもこれも絶品で、お菓子の感想を言い合うだけで、とても美味しくて楽しかった。こんなに幸せな場があるのだろうかと、私は感動していた。

 そして、一つ不思議なことがあった。正直私はここまでかなり食べたし、お菓子の量もかなり持ってあったと思う。キズナもウォッチさんも食べてはいるが、それにしても、おなかが一杯にならない。むしろいくらでも食べていたくなるような……。

「おかわりはいかがですか?」

 セリモさんが聞いてきた。

「あのぜひいただきます。不思議ですね。たくさん食べたのにいくらでも食べられそう」

 そういうとセリモさんはふふっと笑った。

「ここはいつまでもお茶会を楽しんでいただく《星》ですから。お腹いっぱいになってしまっては、そこで終了ですからね。味だけをいつまでも楽しめる。そう言うお菓子として作っております。お茶も同様ですね」

 なるほど、そういうことか。これも含めて《星》の力って訳なのね。普通の(とはいっても質は最高だが)お茶会かと思ったけど、やはり《マボロシの海》。ただのお茶会では無かったというわけね。

「どうせなら、まだまだお茶会を全力で楽しんで行くとしましょうか! セリモさん、追加のお菓子をいただけますか」

「ええ、お望みのままに」

 こうして不思議なお茶会はまだまだ続くのだった。

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