第25話:失われたおもちゃを映すもの
『ぼくに語りかける言葉を持つあなたはだれ?』
おもちゃ箱の声がする。不思議な気分だ。
自分で話しかけておきながら、おもちゃ箱が話していることに少しまだ驚いている自分がいる。
でも、なぜか、語りかければ応えてくれるそんな確信があった。それは一度雲の《星》のコアと話したからなのか、それとも違う理由なのか。
「私は、スフィア。何者かはわからないわ。だって私は自分のことがわからないんだもの」
『スフィアっていうんだね。きみはなぜぼくにはなしかけてきたんだい?』
「あなたにお願いしたいことがあったの。聞いてもらえるかしら」
どこか子供のように聞こえる話し方と声。不思議と小さい子に話すような口調になる。
『なんだろう? 誰かと話すのは久しぶりだ。ぼくにできることがあるなら』
「あなたにしかできないと思うわ」
「ひょっとして、スフィアくんは、あのおもちゃ箱と話をしているのかい?」
シークさんが驚いている。そりゃあそうだろうなと思う。でも、今回もやはり、この声はみんなに聞こえていないみたい。
「そうみたいですよ。この前もこんなことがあったんで。スフィアはなぜだか、《星》と話せる力があるみたいです」
「ほほう、それは不可思議なことですね。私ですらこのコアと話したことはないのですが」
キズナがこの状況を説明してくれているようだけど、トイロ館長も首をかしげている様子みたいだ。
この《星》から生まれたトイロ館長でも《星》のコアと話せるわけじゃ無いのか。私はなんで言葉を交わすことが出来るのだろう。
「ここにいるシークさんが、おもちゃを探しているの。でもこの《星》では見つからないっていってる。あなたはすべてのおもちゃを持ったおもちゃ箱なんでしょ? どうして見つからないのか教えてほしいの。そして、シークさんが求めるおもちゃを出してあげてほしい」
『スフィアの言っているのは、そこにいる子のことだね。……ああ、なるほど。これじゃ出してあげられない』
おもちゃ箱は少し沈黙を挟んでそう言った。原因はわかっているようだった。
「どうして?」
『だって、その子は自分の出してほしいものがわからないんだもの。ぼくはすべてのおもちゃの可能性をこの中に持っているけど、だれかがほしいと願ったおもちゃしか形にしてあげられない。はっきりとでも、あいまいにでも』
やっぱり……。私は自分の推測が正しかったことを確信した。この《星》はおもちゃを求める人の願いに応えることしかできないんだ。
「シークさん、あなたが探しているおもちゃのことやっぱり思い出せませんか?」
「ああ、全く思い出せないんだ。俺もどうしてだかわからない。でもどんなおもちゃだったのか、どんなに思い出そうとしても、形になってくれないんだよ」
シークさんは悲痛な顔をしている。きっとこれまでも何度も思い出そうとしたのだろう。そしてそれは叶わなかったのだろう。表情だけでそれがわかった。
「あなたの中にすべてのおもちゃがあるのは本当?」
『うん、そうだよ。ぼくはだれかが望むすべてのおもちゃを出してあげられる可能性だから』
「だったら、シークさんみたいに思い出せなくて苦しんでいる人のおもちゃも探してあげられないかしら。今は願えなくても、昔そのおもちゃを持っていた頃はそのおもちゃを愛して求めていたはずだもの」
『スフィアは、なかなか無茶をいうなあ』
「スフィア。さすがにそれは無茶だよ」
キズナが小さくツッコミを入れてくる。実は聞こえてるんじゃないでしょうね。
「無茶が私の特徴みたい。でも、思ったことややりたいことをやらないより、ずっといいと思うの。きっとあなただってそうだと思う。ここみたいな《星》を造ったあなただもの。きっと本当はみんなの望むものをだしてあげたいんじゃない? もっと楽しい場所にしてあげたいんじゃないかって」
『……うんスフィアのいうとおりだ。ぼくはここで楽しんでくれなかった人がいることを悲しいと思っていた。でもどうしたらいいかわからない』
ああ、やっぱり。この《星》自身も、シークさんみたいな人がいることを悲しく思っていたんだ。「なら、こういうのはどうかな。忘れているおもちゃのことを思い出すおもちゃなんてだせないかしら?」
『……考えたことも無かった。スフィアはすごいね』
「おほめにあずかり光栄だわ。どう? 出せるかしら」
『それを望んでいる人がいるなら、ぼくの可能性からとりだせる』
「なら、そこに望んでいる人がいるわ」
『……うん、できる。形にできそう。ちょっと待って』
おもちゃ箱の光が少しだけ消えた。
「いったいどんな話になっているの?」
キズナが私のとなりにやってきてひそひそ声で話しかけてきた。一方通行の会話はこういうときに不便だ。
「シークさんみたいな人を助けられるおもちゃを出してって言ってみたの」
「そんな《星》のコアを、なんでも出来る便利屋みたいに……」
「それがみんなが幸せになる方法かなって思ったから」
「ふーん、さてどうなることやら」
しばらくの間があったあと、おもちゃ箱が強く輝いた。虹のようにゆらめく不思議な光だった。
おもちゃ箱がガタガタと音を立てて揺れる。
ぱかっとふたが開いて何かが飛び出してくるのが見えた。
その何かは私の手の中に飛び込んできた。
複雑な形をしていた。
全体としては小さめの黒い箱。
おそらくは箱の前方と思われる方に、筒とその先に少し大きめのレンズがはめ込まれた部品。
箱の横には真ん中辺りに手回しハンドルが付いている。箱の上には少し厚みのあるリールが2つ取り付けられていた。
これはひょっとして……。
「映写機ですね」
私の横にはいつのまにかトイロ館長とシークさんもやってきていた。
やっぱりこれは映写機だったんだ。最初の直感が間違っていなかったことを知る。
トイロ館長は興味深そうに映写機を見ていた。
「なるほど、これは手回し映写機というやつですね。シンプルな形で、これならぎりぎりおもちゃといえるでしょうか。その昔は子供用にこのような簡易映写機が造られていたと聞きます。ですが、これにはフィルムがついていないようですな」
さすがの知識を披露してくれた。私には詳しいことは全くわからないけれど。今ここにこの映写機があるということは。
「これが、忘れているおもちゃを思い出すためのおもちゃってことかしら?」
『うん《失われた記憶の幻灯機》だよ。そのハンドルを回している間、その人が一番見たいおもちゃを見ることが出来る。記憶を見ることができれば、ぼくがそのおもちゃを形にすることができる。スフィアの願いはこれで叶うかな?』
「ありがとう! これならバッチリだと思う。使わせてもらっていい?」
『もちろん。そのために出したんだから。ああ、ありがとうなんて直接言ってもらったのははじめてだよ』
どこかうれしそうな声だった。
私は、みんなに《星》のコアが話してくれたことを伝えた。
そしてシークさんに映写機を渡す。
「これで、俺の忘れていたおもちゃが見えるんだね……」
シークさんの手が少し震えているような気がした。緊張しているのだろうか。もしくは忘れている記憶が見えることが怖いのだろうか。
その手はなかなか映写機を操作しようとしなかった。
「シークさん、探していたおもちゃを見つけたいんでしょ」
私は少しだけ背中を押す。たぶん、もう気持ちは決まっているはずだと知っているから。
「ああ、その通りだ。やってみる」
シークさんは、ゆっくりと映写機のハンドルを回し始めた。歯車がかみ合う軽い音、そしてリールが回る音が響き始める。
それと同時に部屋が暗くなった。これは映写機の機能か、それとも《星》のコアが気を遣って灯りを消してくれたりしたのだろうか。
映写機から光が放たれる。
最初は何も映らなかった。フィルムも入っていない映写機ではなにも映るはずもない。
シークさんはそれでもかまわずハンドルを回す。
「あっ、フィルムが」
声を出したのは誰だったろうか。少しして不思議なことが起こった。
なにもセットされていないはずの映写機のリールにフィルムが巻き取られ始めていた。フィルムがリールの回転にあわせて回り、そして映写機の光にさらされる。
『ハンドルを回している間に、幻灯機がその人とおもちゃの記憶を読み取ってフィルムを造るんだ。きっとぼくがはじめて造ったオリジナルのおもちゃさ』
《星》のコアがどこか誇らしげに私に説明してくれる。
フィルムに映った光景は、映写機の光とレンズで拡大され、空間に投影された。
これがシークさんの記憶の光景なのか。
この部屋の誰もが、映像を食い入るように見ていた。
これがおもちゃ探索の終点。
そして、この《星》の新しい願いが叶う瞬間だと私は理解していた。
シークさんの失われたおもちゃの記憶の上映会が始まる。
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