第35話:お茶会はこれにてお開き。心残りはありませんか?
「さて、十分に楽しんだことですし、そろそろこのお茶会もお開きとしましょうか」
ウォッチさんが、懐から出した懐中時計を見ると、パンと手を一つ叩いて宣言した。
「社長はそりゃ満足でしょうね。言いたいこと言って、場をかき乱して、飲みたいもの飲んで、食べたいもの食べてるんですから……」
「まあキズナ君、堅いこといいなさんな」
「これで、この《星》の《報酬》もらえなかったら、あとで追求しますからね」
「はは、それは叶わないなあ。さて、怒られないうちに、私は退室するとしましょうか」
そういって、ウォッチさんは立ち上がると、優雅に礼をした。そして、そのまま風景に溶け込むようにいなくなっっていた。
「え?」
私は驚いたが、キズナはそうでもないようだ。
「いつものことなんだ……。スフィア本当に今回はすまない。社長の意図はよくわからないし、あの通り、何を考えているのか決して他人には正確に伝えない。幻想旅行社でも最上級に困った人なんだ……」
「キズナも大変なんだね……」
私は、初めてキズナに本気で同情していた。
「理解してもらえて助かるよ……。うちは本当に変人揃いで」
キズナの(私以外に関しての)愚痴を聞くのはおそらく初めてだったので、少しだけ親近感が湧いていた。別にウォッチさんはこれを狙ったわけではないだろうけど。
「それにしても、ウォッチさんは何をしに来たのかな。私を見に来たみたいだったけど……。そんなことってこれまである?」
「いや、少なくとも僕が担当したお客では無かったし、他の同僚からも聞いたことは無い。理由はわからないけど、本当にスフィアに興味があってきたっぽい」
「でも私、たしかに自分がどうして記憶が無いのか、考えたこと無かった。最初はきっとこの世界に来た人はみんなこうなのかなって、ぼんやり考えてたけど、きっと違うんだよね?」
「うん、あえて言わなかったけど、別の世界からこの《マボロシの海》に来た場合でも、普通はそのまま記憶をもっているんだ。シークさんもそうだったろ。流れてくる人にしても、強い願いがあった人にしてもたいていは同じ感じ。だからスフィアはレアだと思う」
「そうなんだ。なんで私、記憶が無いんだろ……。キズナはなにか思い当たることある?」
そう問いかけると、少しだけキズナが困った顔をしたように見えた。
「……いや、とくには。でもきっと旅をしていくうちになにか思い出すこともあるかもしれない」
「……そっか、そうかもね」
キズナが何かを隠しているように、私には思えた。
それがなんなのか、きっと今聞いても答えてくれないのだろう。それは、ウォッチさんの突然の来訪ともつながることなのか、それはわからない。
明らかにウォッチさんは、私について何かを知っていって、それで何かを確認しようとしていたのだと思う。
何かはわからない、なぜかもわからない。
でも、きっと、その何かは知らなくてはならないことなんだろう。このツアーはきっと楽しいだけじゃ無くて、私にとってとても大事なことになる。たとえばこの先の道を決めるような、そんな何か。
そんなことを考えながら、ふと前を見る。
そこには美味しい紅茶、美味しいお菓子、そして横に座る旅の仲間がいた。
ああ、そうだ。ここはお茶会の場だった。
重いこと、楽しくないこと、そんなことは今考えることじゃない。まずは楽しむこと、そしていい思い出を作ること、それが私のするべきことだって思い出した。
今の私にとって大事なのは、わからない記憶じゃない、これから作る楽しい思い出だ。そう思えたら、なぜだか、少し笑ってしまった。
「スフィアどうしたの?」
キズナが心配そうに聞いてくる。
「ううん、なんでもない。さあ、お茶会をやり直そうよ」
「ああ、そうだね。社長のおかげで、いまいち味もわからなかったし、今回は僕も仕事抜きだ。少しは休息することにしよう」
「そうこなくっちゃ! セリモさん、紅茶とお菓子のおかわりをください」
「かしこまりました」
やはり、そこにセリモさんは控えていて、すぐにオーダーを用意してくれる。
セリモさんは《星》のコアで、大事な旅の出会いだ。
私にいたずら心が湧いた。
「セリモさん、いっしょにお茶会に参加しませんか? 私、セリモさんの話も聞いてみたいです」
「……しかし、私は、この《星》のコアで、お客様に奉仕することが役目です」
困ったようにセリモさんが言うが、気にしない。
「だったら、お客様と楽しい会話をするのも、きっとお茶会の大事な役目ですよ! いっしょにお話しして、いっしょに楽しんで。それができたら、きっとこの《星》はもっと楽しくなるって思います」
セリモさんは一瞬きょとんとした顔をして、そのあと少しだけ笑顔になった。きっと初めて見たセリモさんの笑顔だった。
「スフィア様は面白いですね。確かにそれも一理あると考えます。でしたら、私も参加させていただきますね」
そういって、セリモさんは私の向かい側の席に座る。
即座に、自分用の紅茶とお菓子が現れる。
さあ、セリモさんからはどんな話が聞けるだろう。
どんなことを私はこの《星》に残せるだろう。
きっとここからが、私が楽しみにしていた、本当のお茶会なんだって思っていた。
それからどれだけの間、お茶会を続けただろう。
私は、これまでの旅の話をして、この《星》について聞きたいことをセリモさんに尋ねたし、時にはこの世界についてキズナとも話した。
それは堅苦しい話じゃ無くて、雑談のようなお茶のお供のような軽いお話。
楽しくて笑いもこぼれるそんな会話。
このお茶会の《星》がどれだけお客を楽しませてきたか、そのためにセリモさんがどれだけ工夫をしたのか、そんな歴史語りにも似た物語。
キズナも少しだけ話をしてくれた。幻想旅行社でのこれまでの旅の話、個人情報はぼかした上で面白かったお客の話。キズナの話はとても新鮮で楽しかった。
キズナの仕事熱心で真面目な印象は変わらなかったけど、意外に旅を楽しんでいることも少しだけわかった。
とにかくとても会話が弾んで、お茶もお菓子も、みるまに無くなっていった。
ここまで足りなかった会話の楽しさを加えて、ようやくお茶会は完成したんだ。
「さあ、残念だけど、そろそろお茶会をお開きにしようか。次の《星》に向かう時間だ」
キズナがタブレットを見ながらいう。本当に少し残念そうに思えた。
「そっか、仕方ないね。でも最高に楽しかった。ありがとう」
「楽しんでいただけて幸いです。私としてもこんな形でお客様と話が出来たのは、はじめてでとても新鮮でした。きっとこの《星》は、もっとよくなるでしょう。この経験をあらたな楽しみに変えていきます。お約束しますよ」
セリモさんの表情が少し柔らかくなった気がした。
「ええ、楽しみにしています。また次の機会があったら、これからの旅の楽しい思い出と、そして、自分のことをたくさん話したいです」
それは決意にも似た、私の約束。
きっと私は、この旅で自分のことをもっと知らなくてはならないんだって、この《星》であらためて気づいたから。
キズナは黙っていてくれたし、セリモさんは一つだけ頷いて、そして自分も楽しみにしていると、言ってくれた。
「もう、お立ちになられるのでしたら、お礼も含めてお土産が必要ですね」
そういって、セリモさんがテーブルの上に小さな包みをだした。
「これは?」
「スフィア様がどこでもお茶会を楽しめるように、いつでも美味しいお茶を飲める力を込めたミニティーセットと茶葉、そしてささやかながら焼き菓子を包ませていただきました。機会がありましたら、お楽しみください」
「わあ、素敵! ありがとうございます!」
「喜んでいただけたなら何よりです」
「最高のお土産です」
「それでは、お二方の旅路に幸おおからんことを。そして、またのお越しをお待ちしております」
「ええ、ぜひ」
旅の別れは突然で、少しのさみしさと、でもそれ以上の思い出をともに心の中に。それこそがきっと最高のお土産なのだと、私はわかっていた。
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