第34話:なぜここにいるのか、願いはなにか

「それにしても不思議なお茶会となってしまいましたね」

 ウォッチさんがそんなことを言い出した。

「不思議っていうなら、ある意味ここのすべてが不思議ですけどね」

「もちろん、この《星》の件もそうなのですが、この卓に集うメンバーのことです。ツアー客、ツアーガイド、そしてツアー会社の社長。最後に《星》のコア」

「私は茶会の参加者ではありませんが」

 ウォッチさんの言葉にセリモさんが珍しく口を挟む。とはいえ、確かに不思議なメンバーだ。本来ならこんな風に集まることは無く。そもそも私はこの場どころか、この世界にもいなかったはずの人間だ。

 奇妙と言えば、これ以上奇妙な会合も無いだろう。

 なんのつながりも無かった人々が、こうやって集まりお茶を飲みながら談笑する。これもお茶会の効果だろうか。


「スフィアさんはもちろん、キズナ君にしても、なかなかに貴重な光景ですね」

「え? キズナはガイドなんだから、ここでお茶会にいても不思議じゃないんじゃ」

「スフィアさんもここまでいっしょに旅してきたなら、ご存じでしょう。彼は堅くてね。客といっしょに楽しむなんてしなかったんですよ。少なくとも今回までは」

 へえ、そうなんだ。たしかにそんな感じはしていたけど、私の旅ではなんで特別扱いなのだろう。

「それにしてもキズナくんも、昔に比べて砕けたものですねえ。いや、なかなかに感慨深い」

「そうなんですか? 今でもかなり堅いなあと思いますけど」

「いやあ、入社した当初はもっとひどかった。堅いというかくそ真面目というか、前しか見えてないというか。思い出しますねえ」

「社長! なにを言うつもりですか!」

 ウォッチさんが、わざとらしく目を閉じてうんうんとうなづくのを、キズナが慌てて制止しようとしている。

「キズナ君は私が幻想旅行社に勧誘したんですよ。この世界で迷子になっていたようでね。たまたまとおりがかった私がみつけて助けてあげまして。行くところも無いっていうからうちの社員にならないかと」

「へえ、そうだったんですね。でも迷子っていうと、キズナはこの世界の出身だったんですか? それとも私みたいに世界の外から?」

 ウォッチさんはちらっとキズナをみた。キズナの視線が非常に強いものになっている。

「それはプライベートってことで、いうのはやめておきましょう。あとでキズナ君に怒られそうだ」

「そう思うなら、この話自体振らないでください」

 キズナがきつめの口調で、釘を刺す。

「本当に、君は融通が利かないねえ。入社してすぐの時も、この会社はもう少し真面目になれとか、ツアー客のことをっもっと考えろとか。新人なのに、文句ばっかりで」

「社長含めて、他の社員がいい加減だからですよ!」

「へえ、キズナって最初から本当に真面目だったんですね。まあ、知ってましたけど」

「スフィア、うるさい」

 キズナがむくれている。

「そのくせ、自分はツアーの途中で自分の探し物はしっかりしてるんだから、要領がいいというか何というか」

「キズナってなにか、探し物があるんですか?」

 おもちゃ箱の《星》のシークさんのことが頭をよぎる。キズナも何か大事なものを探しているのだろうか。たしかに、何かを探しているようなことを言っていたような気もする。

「そうなんですよ。元々うちの会社に入ったもの、それ目的です。ここにいれば《マボロシの海》中を渡り歩けますからね」

「社長! その話はしないでくださいって! そもそも、その条件で入社でいいっていったのは社長じゃないですか」

 キズナが慌てている。その必死さが少し引っかかった。


 ウォッチさんはひょうひょうとしていて、キズナの苦情も全くひびいている様子が無い。年期の差がありすぎる。

 キズナもなにがしか諦めているのか、それ以上は何も言わず、チョコをぱくつきながらコーヒーをがぶ飲みしている。

「キズナ様、おかわりをお持ちしましょうか?」

 セリモさんが声をかける。

「コーヒーを追加で。濃いめでお願いします」

「承知しました」

 キズナの話はもう少し聞いてたかったけど、本人が嫌がっているのでやめておこう。だれにだって隠したいことはきっとあるはずだから。

 ……私には無いのだけど。

 私はなんとなく落ち着かなくなって、ハーブティーを注文する。セリモさんが出してきたのはカモミールティーだった。心が安まりますよ。といってきたあたり、今の私の心の内を察していてくれたのかもしれない。


 そのあとは、たわいも無い話がしばらく続いた。

 《マボロシの海》がどんなところかや、他の《星》の観光名所の話から、美味しい名物料理の話をウォッチさんがしてくれた。

 虹の上を歩ける《星》はとても絵になって素敵だとか、空を自由に飛べる《星》はアトラクションとして最高だとか、とある《星》では食べられる『夢』があるって話はとても興味深かった。

 とにかくさすがツアー会社の社長って感じで、話の引き出しの多さと語り口のうまさに感服していた。

 そんな話がつづいて、一段落した頃、ウォッチさんが、緑茶を注文した。

「緑茶をお望みであれば、場所を変えるのがいいかもしれません。茶室はいかがでしょうか」

「いや、このままで。茶室では、お菓子をたくさんというわけにもいかないからね」

 その言葉に、セリモさんは一礼し、ウォッチさんの前に緑茶を置いた。ウォッチさんはそれを一口飲む。

 味わうように目を閉じたあと、再び目を開けたときには、雰囲気が変わっていた。まとう空気が、このお茶会を始める前に戻ったような。どこか怖いものを感じさせるあの空気だ。

「そういえば、スフィアさんは ご自分の記憶がないのに、怖いと思ったことは無いんですか?」

 一見ニコニコと聞いているが、その目にどこか真剣さがある。

「正直なところ無いです。《マボロシの海》で目覚めたときもなんて素敵なところなんだろうって思ったくらいで。それからのツアーもずっと楽しんでいます」

「それはよかった、ところで思いませんか? 自分の世界に帰りたいって? 記憶を取り戻して、自分を元に戻したいって」

 なにが聞きたいのだろう。

「わかりません。だって、自分の世界がなんなのかわからないですし、今が楽しいです。なにより、特に困っていないので」

 そうなのだ。記憶を取り戻したくないと言えば嘘になる。だけど、いまいち緊迫感が持てないのは、どうも一般的な知識は残っているようだし、《星》で見るものはどれも新しいことのはずなので、自分の過去とつながるわけでも無い。要は楽しい旅が出来てしまっていて満足しているのだ。

 そう、まったく困ること無く。

「キズナ君からのレポートを聞いていると、いろいろ不思議でね。スフィアさんは見た目が幼いお嬢さんだ。それにしては持っている知識や経験がどうにも大人びている、と言うかアンバランスに見えるのですよ」

「私の見た目と知識が食い違っているってことですか?」

「ええ、少しならず。そこに私は違和感を持っています」

「なぜそんなことを聞くのでしょう……」

 私はこの先に何があるのか、全くわからなくて怖くなっていた。キズナに助けを求める視線を送るが、なぜかキズナは、なにかすまなそうな顔をして私を見ていた。

「もう一つ気になるのは、スフィアさんは《星》のコアに共感できすぎているように思うのです」

「共感できすぎている?」

「ええ、まず普通は話せないはずのコアとの意思疎通。そして、願いが見せるビジョンを受け入れられる身体許容力」

「それはキズナにも不思議がられました」

「最後に、おもちゃ箱の《星》では、過去の映像が見られなかったとありましたが」

「あ、それは、私に記憶が無いから……」

「おもちゃ箱の《星》のコアの力であれば、記憶の有無にかかわらず映像を引き出せたことでしょう。実際シークさんという方もそうだったのでは?」

「……その通りです」

「単純に私は気になっているのですよ。あなたは何者なのだろうか? 本当に記憶が無いだけなのかと」

 私は混乱していた。

 ウォッチさんの一言一言が私の存在の根幹にひびいてくる。私は誰なのか、なぜなにも覚えていないのか、なのになぜこの世界に、そして《星》のコアに共感できるのか。どうやら私はかなり異質な存在のようだ。


 ……私はそれを知りたいのだろうか。

 今となってはそれもよくわからない。ただ、この旅が楽しい。それではいけないのだろうか。

「ウォッチ様。それらの会話は楽しい茶会のあり方を崩すものと思われます。スフィア様も困っておられるように見受けられます。その辺りで納めていただけますでしょうか」

「ああ、それはすまない。《星》の願いに反するお話になってしまったかな。いい機会だったので、単純に疑問をきいてみたくなっただけだ。年寄りの妄言と言うことで許していただきたい」

「……いえ、私は大丈夫です」

 そう言うしかなかった。

 無理矢理に、ビスケットをかじり、紅茶を飲んだ。いまいち味がしなかった。

「私は、この《星》でいつまでも楽しんでいただけるお茶会をと望んでおります。それは会話の中身でも同様。そこに反する場合は、対応させていただきますよ」

 そう言って、セリモさんが守るように私の肩に手を置いた。

 その瞬間だった。

 私の視界に、今では無い光景がスパークした。

 

 お茶会を開いている人たちがいる。

 お茶がもっと美味しければ、楽しめるのにと嘆く。

 お菓子がもっと豊富なら、飽きずに続けられるのにと不満を抱く。

 会話が楽しめなくて、お茶会が味気なくなる人がいる。

 そして、そんな光景を悲しく思う《星》のコアがいた。

 お茶会は楽しくあるべきだ。

 すべてを満足させ、いつまでも楽しめる。そんなお茶会をここに具現化させるのだ。

 そんな願いを遠い視線で見ていた。

 そして、《星》のコアは楽しいお茶会を願う人々の願いの力を用いてこの《星》を作った。

 いつでも、いつまでも、楽しい時間が続くようにと。


「スフィアどうしたの?」

 キズナの声で我に返った。

「……また《星》の記憶を見た」

「私の記憶ですか?」

 セリモさんが不思議そうに私を見た。セリモさんが見せた映像というわけではなさそうだ。

「この《星》でも見たのか、スフィアはなぜそんな力を持っているんだろう……」

「私の記憶は、私自身の願いであり、そして同じ願いを持つ人々の願いの集合体です。それは誰かの記憶では無く、誰の記憶でもある。こうありたいという方向性でもあります。その記憶に触れるスフィア様には、きっと同質のなにかがある気がします」

 セリモさんが言うが、よくわからなかった。

「それについては、この旅を続けていれば、いつかわかるときが来るでしょう。その力はどういう形となるのか。気になるところですな」

 ウォッチさんの言葉で、この《星》の記憶を見る力のことを私ははじめて不安に感じていた。

「スフィアさんは、願いはありますか? こうありたい、こうなりたいという思いが」

 さっきも似たようなことを聞かれた。

「いえ、今はありません。ただ、この世界を旅したい。そして、楽しみたい。それだけです」

 これは本心だった。

「なるほど、でしたら、ぜひこのツアーを続けてください。旅は自分を探すものともいいます。スフィアさんもこのツアーで自分を探されるといい」

「ウォッチさんは、ひょっとして私のことを何か知っているのではありませんか?」

「答えはそうでもあり、そうではないといえます。いずれにせよ、今は語るときでは無いでしょう」

 そういっているウォッチさんは、さっきまでの雰囲気が嘘だったように、にこやかな顔で言った。理由はよくわからないが、品定めされたような気がした。

 いつの間にか飲んでいるものは緑茶じゃ無く、紅茶に戻っていた。


「社長」

 だまっていたキズナが声を出す。

「どうしました? キズナ君」

「スフィアは大丈夫です。きっとこの旅を楽しんで、笑ってこのツアーを終えると信じています。そして、僕もツアーガイドとして、そのために全力で頑張ります」

 キズナの言葉は真剣だった。

 その言葉は、私にとってなぜか心強くて、うれしくて、少し涙が出そうになった。

「ありがとう」

 それだけを答えた。

 なぜここにいるのか、自分はなんなのか。

 それはわからいない。

 私は、自分を知りたい。

 そして旅をして世界を知りたいと強く願っている。様々な《星》の様々な願いを知ることで、過去があるべき今が、そして未来が、見えるかもしれないから。

 私はウォッチさんに、その気持ちを込めて言葉を伝える。

「私は、自分と世界を知るために、そして探すために、なによりこの世界を楽しむために、キズナとツアーを続けます」

 その言葉に、にっこりとウォッチさんが笑って紅茶を飲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る