第22話:無くしたものは何でしょう?

 探している。

 でも何を探しているのかわからない。

 強く強く求めているものがあるのに、それが何かすらわからない。


 それはとても辛いことだと思う。雲をつかむような、闇の中で何かの形を探すような、そんな徒労に満ちた作業。

 それが今シークさんが直面している『探し物』と言うことになるなのだろう。

 私には、少しだけ、ほんの少しだけわからないことも無い。

 今の私には記憶が無い。

 それはすなわち自分が無く、世界が無いと言ってもいい状態。

 私は今、何一つ無い状態で、この《マボロシの海》を旅している。

 最初にキズナにも言われたことだけど、この旅の中で私の記憶も取り戻せるか、もしくは記憶をなくしている原因がわかるのかもしれないとは、少しの希望として持っていた。

 でもシークさんとの違いと言えば、私はこの状態に焦ってもいなければ、むしろ何もわからないこの世界を楽しんでいるところがある。

 でもシークさんは、それを必ず探さなくてはという強い意志を持っている。

 そこまでの強さをなぜ持てるのだろうか。

 私はそれをなぜ持っていないんだろうか。

 そんなことが少し引っかかっていた。


「ふむ、何を探しているかわからないと言うことですね……。それであれば、なにかヒントのようなものがあればよいのですが」

 トイロ館長が顎に手をあてて悩んでいる。

 さすがの博識も、おもちゃと言う以外のヒントなしでは何を探していいのかわからないのだろう。

「なにか、覚えていることはないのですか? うちの客の問題はツアー遂行者の僕たちの問題でもあります。出来ることはお手伝いしますよ。たとえば、おもちゃの種類とか」

 キズナも手助けしてくれるようだ。こういうところなんだかんだ律儀で助かる。

「……いえ、それが。それすらもわからないのです。どんなおもちゃだったのか、なにをして遊んだものだったのか、その周辺の記憶すらあいまいな状態で……。申し訳ない」

 シークさんがすまなそうな顔をする。

 たしかにこの状態で、なにかを探すのは難しいし、そもそも正解を持ってきたとしても、それが正解かの判定が出来ない。

「ただ……、そうですね」

「なにか思い出しました?」

「思い出したというか感覚的に体が覚えているというか、なんですが、スフィアさんとキズナさんを見ていると何か思い出しそうになるんです」

「僕とスフィアを?」

 怪訝そうにキズナが首をかしげる。私を見るがもちろん何もわかるわけがないので、きょとんとした顔をするしかない。

「ええ、特にキズナさん。あの言いにくいのですが、そんな感じのサイズと位置づけというか、いっしょに遊んだような記憶というか」

「ぷっ!」

 私は思わず吹き出してしまった。

 要はキズナみたいなおもちゃだったという感じなのね。

「まあ、確かにキズナは、サイズは小さいし、かわいらしい姿だし、おもちゃとしてここに居てもおかしくないもんね。これは大きいヒントかも」

「うるさいなあ。僕はおもちゃじゃないから」

 キズナは少し機嫌を損ねたようだ。ふてくされたような、すねたような顔をしている。怒った雰囲気を出したいのだろうが、それは逆効果だと言っておく。


「すみません、そんなつもりじゃなかったんですけど。でも、なにかいっしょに遊ぶそう言うイメージが浮かんできたんです」

 申し訳なさそうにシークさんが謝る。

「なんでも、ヒントは必要だから、気にしなくていいですよ」

「スフィアがそれを言うのかい……。まあいいけど、シークさん、スフィアの言うとおりお気になさらずに。なんでも思い浮かんだことは教えてください」

「今のところ浮かんだのはこのくらいです。ただ、それが本当に大切なものだったというのは覚えているんです。必ず手に入れたいと言うことも。ここなら何かつかめるんじゃないかと思ってきてみたんですが、今のところこれというおもちゃが無くて」


 これまでの会話を黙って聞いていたトイロ館長が、口を開いた。

「今のお話ですと、まず、ゲームや遊びを優先とするおもちゃではなさそうですね。どちらかというと子供のそばに合って、幼少期の友達といえる存在であったものそういうおもちゃであったのかもしれません」

 トイロ館長は、これまでの私たちの言葉を分析していたようだ。シークさんの言葉の中から、きっと膨大なおもちゃの絞り込みを駆けていたのかもしれない。すごい。

「なるほど、整理してみるとそうかもしれない。というと例えば、人形とか、ロボットとか? 僕らの子供の頃なら、車や列車などもはやっていた気がしますが、友達という感じでは無いかも」

 シークさんもうんうんと頷いている。求めるものに近づいた感触がうれしいのかもしれないと思った。

「なら、その辺にしぼってもう一度見てみるのはどうでしょう。これまではきっと、ヒント無しに全体を見ていたんですよね」

 キズナが手を叩いて言う。

「そうね。それじゃきっと細かく見られていないかもだから、見落としがあったかも。ジャンルがわかってるならもう少し具体的に確認できるかもしれませんよ」

 私もキズナに援護射撃だ。まずは前向きに動かないと。

「であれば、そのようなエリアを私が絞り込んでご案内いたしましょう。なにせ、その種類に絞っても無数のおもちゃがありますからな。シーク様の年代にある程度目星をつければ効率的に回れるでしょう」

「すみません、みなさん。本当にありがとうございます。こんなどうでもいい願いに」

「そんなことないですよ! なくしたものを見つけたいと思うのは当然のことです! 私だって……」そういって、少し言いよどむ。私にはそこまでの情熱は無かったから。

「とにかく、気にしないでください。現地の人とふれあって困った人を助けるのも旅の醍醐味。ツアーの一環です」

 キズナもうまいことを言ってフォローしてくれた。私が言葉に詰まったのを察してくれたのだろう。

「博物館としても、楽しんで帰っていただくことが何よりうれしいのです。いくらでもご協力させていただきますよ」

 トイロ館長がにっこりと微笑む。

 シークさんは少し涙ぐんでいるようだ。

「ありがとうございます! 皆さん素敵な人だ。いい人たちに会えてうれしいです。たとえ見つからなくても、これで十分だ」

「それでは、私が職務上困ってしまいますなあ」

 と言いながらトイロ館長が笑う。冗談で場を和まそうと言うことなのだろう。

「それじゃ、とりあえずシークさんの思い出のおもちゃ探索の旅スタートしましょう!」

 (なぜか)私の号令で、探索劇が始まった。


 それから私たちは、トイロ館長の案内で、いろんなフロアを探した。


 私が最初に言った人形の展示、

 男の子ならと、ロボット系の展示、

 動物系のリアルなおもちゃ、

 そしてぬいぐるみに至るまで

 館長が、可能性がありそうだと言うところをつぶさに見て回った。

 ジャンルをこれだけ絞ってもその数は膨大で、きっとこの中には何かあるのでは、と期待したがこれというものは見つからなかったようだ。

 シークさんは、おもちゃを見るたびに首を振っていた。

 あげくにはトイロ館長の特別な計らいで、収蔵してある非展示のおもちゃも見せてもらえたが、それも違うらしい。

 ジャンルが違うのかと、別のジャンルも念のため探してみることにした。

 形が作れるブロックや、紙やストローなんかで造れる手作り工作系まで(そんなものまであるんだと驚いたけど)見たけど辺りはそこには無かった。


 さすがに疲労と徒労で意気消沈しているシークさんにキズナがぽんと肩を叩いていった。

「シークさん、今更言うのも何ですが、おもちゃでは無いという可能性は無いですか? さっきの話から言えば例えばペットであったとか」

 私もそれを聞いてなるほどと思いかけたが、

「いえ、おもちゃです。それは間違いない。そこだけは確実に覚えているんです」

「うーん、そうですか……」

 キズナも頭を掻く。正直お手上げ感が場を包んでいた。


「ここまで見つからないとなると、最終手段ですかな」

 トイロ館長がぼそりとつぶやいた。

「最終手段?」シークさんが不思議そうに聞く。

「ええ、あまり使える技ではないのですが、ここまで見つからないのであれば、ひょっとしてそれはここに無いおもちゃなのかもしれない」

 どことなくトイロ館長の声は悔しそうに思えた。

「ここにないとうことは諦めるしかないと言うことでしょうか?」

 シークさんが悲しげに聞く。

「いえ、最終手段と言ったでしょう。まだとれる手が一つだけあります」

「それはなんですか?」

 私も気になった。それはひょっとして。

「スフィアさんはなにか察していらっしゃるようだ」

「あ、ひょっとして」

 キズナもなにかわかったようだ。シークさんだけがきょとんとしている。


 トイロ館長が重々しく言った。

「私としては、なんとしてもこの問題を解決したい。だからこそです。ええ、本当の最終手段。この《星》のコアに、聞いてみることにしましょう」

「《星》に聞くんですか!?」

 シークさんの驚いた声が、博物館にひびいた。

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