第33話 涙の記憶

 二月になった。ジョセフはいつも通りに、平日は学校へ、休日は掃除の仕事に入っていた。掃除の仕事もそろそろ飽きてきたのだが、それ以上に打ち込みたかったので、この失恋が溶けて行けば辞めるつもりでいた。

 そんな土曜日の夕方、今から帰ろうと電車から最寄り駅について、ドアが開くと、そこには雪が降っていた。

 この街では、年に何回が雪は降る。しかし、積もることはさほどないのだが、天気予報では今晩は積もる様子がありますと言われていた通り、粒の大きい綿雪がゆっくり振っている。

 キレイという気持ちと、寒いという気持ちが入り混じったまま、ジョセフは改札口へ階段を上ろうとすると、そこで、電話が鳴った。

 誰だろうと、ジョセフは階段の途中で立ち止まり、ポケットからスマートフォンを取り出すと、そこにはソフィアからのライン電話だった。

 ソフィアから?

 ジョセフは友達の欄にソフィアのアカウントを消していなかった。何故だろう、あんまり消したくもないし、消すことで何かが解決できるという事もなかった。

 ジョセフは躊躇した。これは出ればいいのだろうか。それとも、出ない方がいいのだろうか。

 コールはずっと鳴る。七コール目だ。

 間違い電話ではないよな……。

 ジョセフは意を決して出てみた。

 ジョセフは何も言わず耳を当てると、向こうから女性の声で、「……もしもし」と声が聞こえてきた。

「はい」ジョセフは答えたが、心の中は警戒心でいっぱいだった。

「ジョセフ君?」

「はい」

 そう二回目、答えると、向こうは安堵した。

「ソフィアとやり取りをしてくれた、ジョセフ君?」

「はい」

「ああ、良かった。実はね、ソフィアがあなたに伝えたいことがあって電話させてもらったのよ」

「ソフィアが……」

 相手の人物はソフィアじゃないのか、ジョセフは少し緊張が解けた。

「ソフィアがあなたにお友達でいてくれてありがとうと」

「ちょっと待ってください。あなたは、どちら様で?」

 ジョセフは頭の中が混乱していた。

「ごめんなさい。言うの遅かったわね。私はソフィアの母親のアメリアなんだけど、実は、ソフィア、病気がちだったの……」

「え、ええ」

「それで、今日、亡くなったのよ」

「亡くなった……」

 ジョセフは何のことか全く理解できなくて、思わず耳に当てていたスマートフォンを下ろした。

「ちょっと、ジョセフ君……」

 アメリアは何度もジョセフの名前を呼んだ。


 ジョセフは慌てて、タクシーから降りて、アメリアに教えてもらった通り、総合病院へ走っていた。

 ソフィアが入院していたのは六階だった。ジョセフは慌てて六階までエレベーターを使い、降りた時にはアメリアらしき人物がいた。

「ジョセフ君?」

「あ、はい」

 そうジョセフが答えると、アメリアはジョセフを誘導した。

「ごめんね。ここまで来てもらって」

「いえ、僕が言った事ですから」

 そんな話をした後に、すぐにソフィアの部屋があり、アメリアが先に入った。ジョセフもその後に続くのだが、その廊下には、ソフィアの親戚らなのだろう。何人かが涙を流していた。

 ソフィアらしき人物は一人部屋のベッドで眠っていた。ジョセフは初めてその顔を拝見した。

 髪はショートカットで、薄い唇、鼻筋は普通だがキレイな肌。そして何よりも背が低く華奢に感じた。

 こんな顔で、こんな姿をしていたのか……。彼女は人間の血色を失ったように、まるで人形だった。

ジョセフはそう思った時、一筋の涙が頬を伝っていた。

「ソフィアのスマホを見て、あなたとやり取りをしてるという事を知ったわ。あの子、亡くなる間際までそのことを隠してたのよ」

「何故、亡くなったんですか?」

 ジョセフは鼻をすするアメリアを見る。

「あの子は、生まれた時から重症の喘息持ちなのよ。だから、学校もあまり行かせてあげられなかった」

「そうだったんですか……」

 ソフィアとのやり取りをジョセフは思い出した。高校に進学する。その為に受験勉強をしている。

 確かに、ソフィアから学校の生活を話すことはあまりなかった。どちらかといえばジョセフの端を聞いてくれるといったやり取りだった。

 嘘、ついていたのだろうか……。

「でも、あの子、ここ一か月前まで元気だったのよ。それも十二月にはこの喘息を頑張って治すって、ニコッて笑って……。元々内気で、あんまり笑顔を見せてこなかったソフィアがどうしてそこまで、しかも頑張って治すって、あの子から積極的に言った事なんかなかった」

と、ソフィアは涙を拭った。

「どうしてかなと思ったら、あなたとやり取りが嬉しかったから、頑張ろうとしたのね」

「でも、難しかったんですか?」

「難病だったからね。特にこの時期は寒くなると、ひどくなるの。あの子は見たらわかる通り小柄でしょ。とても中学生には見えないほど、小さい身体で、良く生きてこれたと私は思ってる」

 ジョセフは付きつけられる現実を見て、涙でしかなかった。

 窓の外は相変わらず雪が降り続いていた。

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