第20話 クリーンファイター 6
ジョセフの掃除の腕前はメキメキと上達した。色々掃除用具は持っているのだが、彼の移動手段は電車なので、持てる範囲が限られている。その為、そこの依頼主の家から借りるのだ。それで三千円から五千円で手を付けることにしていた。
旅行代理の会社の社長とも九月にもお世話になった。相手は一人だったので、丁度喋る相手が欲しいという事もあり、ジョセフは掃除をしながら話をしていた。
「学校へは行かないのかい?」
その五十代でスーツ姿、恰幅のいい男性が言う。
「まあ、気が向いたら、その内に……」
「学校は行った方がいいよ。その方が損はないから」
「そうですね」
ジョセフはそう言って、三階建てのビルの窓を雑巾で拭いていた。ここは二階の一室だ。今まで関わってきた依頼主の人たちには、自分が不登校の中学生という事を喋っている。
その理由は二つある。一つは相手から見たら、どう見ても未成年だとすぐに分かるから、隠しても意味がない。
そして、もう一つは、不登校の中学生が掃除をすることで、これからも依頼を続けてくれるか試したかった。
事実、依頼は一回の人がほとんどだった。やっぱり、中学生がバイトのようなものをさせる事に、抵抗があるのだろうか。
ジョセフはこないだ、テレビで放送された未成年の女性がお金欲しさに、大人の男性に自分の身体を売るというニュースを見た。
それに対して、十八歳以下だったらどれだけ女性が合意を得たとしても、それは淫行となり、男性側に罪を背負うことになる。
確かに性行為というのは難しい問題だから、取り締まりに関しては妥当なのかは分からないが、性行為を使ってお金をもらうのではなく、その他の仕事や手伝いでお金をもらってもいいのではないのか。
十五になればこの街も一般的に働けられる年齢とされている。だが、中学生でも小学生でも家系に苦しかったら、働いてもいいのではないのかと思う。
そんなことをジョセフは考えていた。
その日の仕事は終わり、社長から金銭を受け取って、家に帰る前に、スマートフォンでスキルマーケットのサイトを見ていると、続けて、依頼が入っていた。
“仕事の異動があるので、片付けと掃除をお願いしたいです”
といった、文章だった。
ジョセフは喜んで受け入れた。
今度の仕事は近場だった。徒歩で約十五分だろうか。ジョセフもこれなら電車賃も浮くと、目を輝かやかせていたのだ。
掃除用具が入っているリュックを背負い、平日の朝十時に作業をする約束だ。
朝食はマムと一緒に取っている。この仕事をして、より母には感謝している。
それに、学校に登校の話以外は、なるべくマムとは話をしている。やっぱりなんだかんだいって母親を悲しませたくない。
この仕事を働く前は、母親に迷惑ばかり掛けていた。部屋も散らからり放題だったし、感謝の気持ちはあったにせよ、甘えていたのもあった。
しかし、いろんな人と接していることによって、ジョセフは自立を本気で考えている。そして、色々苦労してきた母親に対して、何か恩返しをしたいとも考えていた。
「今日はどこへ行くの?」
マムは柔らかな微笑みを浮かべて言った。
「近所だよ。駅まで行かない場所」
ジョセフはマムが焼いてくれた卵焼きを頬張った。
「ちゃんとお昼も食べてくるのよ」
「分かってるよ」
ジョセフが一日中掃除をしていて昼ご飯を食べていないと、こないだ軽い気持ちで言うと、マムは真面目な顔をして、
「ダメよ。ちゃんと昼食は取らなきゃ。あんた休憩も取らせてくれないの?」
「それは取れてるよ。そこまでみんな鬼じゃないから」
「それだったら、何で昼食べてこないの……」
マムが言うのは理にかなった発言だった。しかし、ジョセフは休憩中も常にスキルマーケットのサイトを閲覧しているのだ。つまり、一度型にはまると抜け出せない性格がそこに出ていた。
ただ、昼にはお腹が空かなかったのだが、三時ごろには何か食べたくはなる。その為、そこの休憩で、コンビニでお菓子を食べている。
そのことも話したのだが、
「お菓子なんて、栄養が行き届かないから、弁当食べなさい。コンビニ弁当でもいいから」
と、叱られたのだ。
親の愛情なのか、本当に身体が悪くなるのか。ジョセフにとっては定かではなかったのだが、その言葉をすんなり受け入れた。
ジョセフは朝食を終えた後、身支度をして出かけた。
「気を付けて行ってくるのよ」
そうマムは言って、ジョセフは振り向かずに手を上げた。
確かこの場所だったな。
ジョセフはスマートフォンの地図アプリを開きながら、教えてもらった住所まで歩いていた。
しかし、ジョセフは近いからいいという気持ちと裏腹に、中学校近くまで歩いていることに嫌悪した。
――この場所だったら、誰かクラスメートに見つかるかもしれない。
ジョセフは身構えるように目的地まで歩いていた。もうすぐの角で到着する。
そこには一軒家が四件並んでいた。その内の一件だけが朝からせわしなく、家の家具を外に出している。ジョセフはきっとここに違いないと思い、一番奥の家まで行った、
そこにはメガネを掛けた、四十くらいの男性がジョセフに気づいた。
「君が掃除してくれる方かい?」
「はい、そうです」
ジョセフは背負っていたリュックをおろして、掃除用具を出した。
「そうなのか。てっきりある程度年配の方かと思ってたよ」
「いつも言われます。もし嫌であれば帰りますけど」
「いや、いいよ。なあ」
その男性が呼ぶと、妻らしき女性が出てきた。
「ん? もちろん、いいわよ」
その女性もにこやかに笑った。茶髪の長い髪がしなやかでキレイだった。
「二人で家具を運んでるんですか?」
ジョセフは目を疑った。
「いや、私の兄も家の中にいるよ。冷蔵庫などの重たいものは男手がいるからね」
それを聞いてジョセフは胸を撫でおろした。
「じゃあ、早速始めたいんですが、僕はどこを掃除したらよろしいでしょうか?」
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