第19話 クリーンファイター 5
「お母さん、最近は、息子さんはどうですか?」
その電話越しから話してくる言葉にマムは素直に述べた。
「元気に外には出歩いていますよ。毎日ではないですけど」
相手はジョセフの担任のサラからだった。
夏休みもそろそろ終わりの時期、まさかの学校からの電話だった。生徒たちが夏休みという中で、先生たちも長期休暇を取ればいいのにと内心マムは思っていた。
「もうそろそろ二学期が始まりますけど、この際に息子さんは登校されてみてはどうでしょうか?」
サラは単刀直入に言った。
「登校ですか……?」
マムはしり込みしていた。
「そうです。ジョセフ君が引きこもっているわけではない。寧ろ外で出歩いているのであれば、登校も可能じゃないかなと思います。どうでしょうか?」
「しかし、ジョセフは、好きな女の子に告白したのがダメだったから、登校すればその子と会うわけなんですよね」
「ええ、もちろんです。しかし、お母さん、これは内密な話で少し言いにくいことなんですが、そのジョセフ君が好きな女の子が、両親の都合上転校することになりまして……」
その言葉を聞いた時、急にマムは視界がパッと明るくなった。
「そうなんですか?」
「はい、まだいつになるかは確定ではないのですが、この二学期の間で他県の方に転校することは決まっています」
「そうなんですか……」
マムはセシルの気持ちを汲み取って、トーンを落としながら言った。とはいえ、心の中はジョセフのことで頭がいっぱいなので、朗報に過ぎない。
「その為、ジョセフ君が出席することが可能なのではないのかなと思いまして。どうしてもその子と会いたくないのであれば、その子が転校した直後に登校するという事もありますし……。少なくとも今日か明日に、ジョセフ君とその話をして欲しいんです」
「まあ、その子が転校するという事を伝えたら、ジョセフがどう思うのか分からないですが。話してみます」
「お願いします」
「ありがとうございます」
と、マムはお礼を言って、受話器を置いた。
「ジョセフ、昨日、学校のサラ先生から電話があったわ」
ジョセフとマムは食卓に夜ご飯を並べた後、ジョセフと対面でマムは言った。
「うん」
ジョセフはあまり興味のなさそうに、ゆで卵を切り刻んだサラダを口に入れた。
「二学期から登校はどうかという電話だったわ」
「へえ」
ジョセフは適当な相槌を打つ。
「登校する気はどうなの?」
「登校なんてしないよ。いつも言うけど、クラスメートからは何を言われるかわからないもん」
「そうよね。でも今回は、先生は別のことも話していたわ」
「何、別のことって?」
ジョセフは少々苛立ちを見せながら、マムを見ずに、みそ汁のお椀を手に取った。
「実は、想いを告げた子が転校するんだって」
マムは言いにくい言葉を勢いに任せて言った。
「ふーん」
ジョセフはお椀を口に運んだ。
「どう思う?」
マムはずっとジョセフの顔色を伺っている。彼が少しでも嫌な気分になるのを避けたかったからだ。
「どう思うって、そいつの家庭が色々あったんでしょ。以前、ジェームズに聞いたことがあるよ」
「知ってたの?」
マムは素っ頓狂な声を上げた。
「まあ、あくまで噂だったけどね」
「今回、先生に言われたのも、まだ定かではないらしいのよ。ただ、二学期中には転校するっていう話だけど」
「その理由が、僕が告白したから?」
ジョセフはお椀を机の上に置いた後、マムを見た。
「え? 違うとは思うわよ。両親の都合上だって」
ジョセフは鼻息を漏らした。
「それは、先生が言った言葉でしょ。先生にとってはその女の子が転校するのを分かってるから、学校側は、今大事なのは僕の方なんだ。だから、僕が来てもらったら先生は仕事が減るし、嫌な仕事もしなくていいってことでしょ」
「え? 何言ってるのジョセフ?」」
マムは急にジョセフが的を射ているような言葉を発したので、困惑していた。
「まあ、いいけど。登校は無理だね。こっちも忙しいんだ」
ジョセフは麦茶の入っているグラスを取り、ごくごくと喉を鳴らし飲み干した。
「その子に対しては、気持ちはあるの?」
センシティブな発言になってきてしまっているなと、マムは言った後に口をつぐみたくなった。
「無いよ。もういいでしょ」
そう言って、ジョセフはまだ全て食べ終えず、そのまま手を合わせた。
「ごちそうさま」
「ジョセフ、まだご飯が残ってるわよ」
「いい、後で食べる」
そう言い残して、ジョセフは立ち上がって、二階に上がって部屋にこもった。
一人取り残されたマムは頭を悩ませていた。
本当に思春期の子供と話すのは難しい。せっかく最近はジョセフと心が通じ合ってきたのかと思いきや、上手くはめられないジグゾーパズルのようなものだ。
先日、あまりに息子の気持ちが分からなくなってきて、元旦那のクリスに相談したことがあった。
彼は電話をしたらあっさり出た。それもそのはずだろう。彼は何年前から「よりを戻そう」と、ラインのメッセージを幾度となく残してきたのだから。
女性好きなクリスに相談することは避けたかった。会いたくもない。しかし、この複雑な気持ちを理解してくれるのは彼しかいなかった。
そう思って、一度近くのカフェで会ったのだが、やはり会うべきではなかった。
何故なら、深刻なマムがどれほど話をしても、適当に受け流したのだ。
「そんなことを考えるのは、君がどれだけ辛かったか、良くわかる。もう一度、ジョセフと三人でやり直そう」
そう言って、彼女の机の上に置いていた両手を握りしめ、口説くように彼女の目を見つめてきた。
「止めて、今はそんな気持ちじゃないの」
マムは無理矢理に手を離し、自分の両手を膝の上に置いた。
「ジョセフを幸せに導きたい為に、今日あなたと会ったのよ」
「分かってるよ。分かってるからこそ。君ともう一度暮らしたいんだ」
「あなたっていつもそうよね。そんな軽い言葉ばかり言って、結局はジョセフのことも、そして私のことも何も考えてくれない。どこかよその女のところに行くんでしょ」
「そんなことはない。それは過去の話さ。ここ三年間は君とそしてジョセフともう一度やり直そうと切実に考えてた。本当さ」
ずっと、ニヤニヤと自分に会えて嬉しそうに見せるクリス。マムも二十年前だったらコロッと騙されていた。しかし、子供を育て、何よりも一番優先なのは子供なのだと分かった時、この男は何てダメな男なのだろうと思い知った。そして、その頃、トキメキを一番重視していた自分を反省した。
今は、その感情はない。クリスは何かとマムの良いところを見つけて褒めちぎるが、あの頃と何も変わらないテクニックで続けている。何て中身のない人なんだ。
その日は、会ったことを悔やんで、マムは突き放すようにカフェを後にした。その後も、執拗以上に送ってくるクリスからのラインに、マムは思わず家の部屋中一杯の、ため息を漏らしたのだった。
マムはジョセフの部屋を見上げた。ジョセフは好きな彼女に対して何を想い、そしてこれからの将来のことをどのように考えているのだろうか。
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