第18話 クリーンファイター 4

 それから、ジョセフはスキルマーケットで、依頼があれば行くというのを繰り返した。

 一日中、引きこもることも好きだったが、いろんな人に会って楽しみたいという気持ちもあったからだ。

家から出るまでは苦痛な気持ちにさせる。何で、ノリで依頼を受けたのだろうと自分を責めたのだが、いざ、出かけると無事に終わって爽快感を味わっていた。

 仕事も部屋の掃除もあったが、車の掃除、庭の掃除、店の掃除、会社の掃除もあった。

 ジョセフはどの仕事も引き受けた。貰える金額は三千円から五千円までで引き受けていて、一日中の仕事だった。

 それでも、ジョセフにとっては大金だった。そして、そのお金の半分をマムに渡した。

「そんなのいいわよ」

 と、マムは息子を想って受け取ろうとはしなかったが、

「でも、お母さんはいつもお金、お金っていってるじゃない」

「まあ、そうだけど……」

「ほら、せっかく息子が一生懸命汗水流したお金なんだから、受け取ってよ」

 そう言ったら、マムは感激して、

「本当に、あんたは……」

 と、マムは涙を溜めて受け取った。

 ジョセフの七月の給料は三万弱だ。お年玉よりも貰っている。ジョセフは行動した甲斐があったと感じた。

 物おじもせず、優しさもあり、お喋りが好きなジョセフだから、個人事業の五十代の社長に行った時もたくさん喋った。

「今日は助かったよ。君みたいに掃除をしてくれる人を探してたんだ。どうだい、これから毎月君に頼みたいんだが、来てくれないか?」

「いいんですか?」

 ジョセフは目を輝かせて言った。

「ああ、いいとも。こんな一日掃除してもらって五千円なんて安いもんだからね。だから、追加で」

 そう言って、社長は自分の長財布から五千円を取り出した。

「そんな、頂けません」

 ジョセフは両手を前に出して横に振った。

「そんなこと言わずに、君はまだ中学生なんだろう。それに母子家庭なんだから、受け取れなかったら、お母さんに渡してくれないか」

 社長の気迫に押されて、ジョセフは「ありがとうございます」と、お辞儀をして受け取った。


「社長さんに気に入られるなんて、凄いわね。そのスキルマーケットって……」

 その夜、食卓でマムは言った。

「まあ、良いこともあれば悪いこともあるらしいけどね」

 ジョセフは食卓に並んでいた野菜炒めに箸を使って食べた。

「悪いことって?」

「例えば、給料に見合わずに、いろんな仕事を強要したり」

「そうよね。五千円で朝から晩までって、私だったらやめるわ」

「僕からしてみたら、高額だけどね」

「それはあんたがまだ中学生だからよ。自立したら色々お金が掛かるんだから」

 マムはお茶を飲んだ。

「それは分かってるよ。でも、社長さんに気に入られて、来月から毎月手伝うことになったんだ」

「それは、凄いことだわね。あんた、その社長さんに可愛がってもらいなさい。ところで、その社長さんは何の仕事をしてるの?」

「何か旅行代理店を担う会社だって言ってた。いろんな仕事があるんだなって……」

「へえー、それで、これはこの社長さんからもらったってこと?」

 マムは机の上に置いてある五千円を見た。

「そうだよ。お母さんにって」

「そう、ありがとう」

 マムはあくまで普通にジョセフと接していたが、心の中は感動して今でも泣きそうだった。

 何故なら、二か月前までジョセフは不登校になって引きこもっていた。その息子が自分の知らないインターネットを使って、働くのだ。まだ、中学生というのに。

 マムも最初は、反対したかった。だが、どうしていいのかわからなかった。学校には行きたくないジョセフを無理やりに行かせるわけにもいかない。

 しかし、マムはジョセフがちょっとでも社会と向き合うことが出来るのであればという事で、最後には背中を押す感じになった。

 マムの勤めている工場でも、色々子供の話をしている。自分の子供の悩みや自慢など様々だ。

 彼女の性格は明るければ、愛想もいい。仕事もできる。しかし、人間関係によって色々神経をすり減らしているところがあり、自分よりも他人を大切にしすぎるところもある。体系も痩せ型であり、恰幅の良い年配の女性からはきちんと食べているのか心配してくれるくらい、彼女から見れば華奢だった。

 だが、これでも彼女はこの工場を十年続けている。この前は永年勤続表彰を貰った。あまりこれといった得意分野が無かったが、この表彰状をもらった時は嬉しさと、ジョセフの為だと思って頑張った気持ちが相まって、涙を溜めていた。

 それは、彼女の部屋に高々と飾ってある。

 それほどの勤続年数なので、仕事仲間も彼女の性格は良く分かっていた。実際マムも息子のジョセフの話を良くしていた。

 ジョセフが不登校の話は中々切り出せなかったが、息子が、心が弱くて時たまに学校を休むという話をしていた。

「まあ、あんたに似て、繊細だけど優しい子だろう。いつかは親の気持ちが分かってくれる子だと思うよ」

 そう言ってくれたのは、ここの工場でパートを三十年間続けている、七十手前の女性だった。彼女がパートのリーダーみたいなところがあり、同じ職場からはお母さん的な存在だった。

「そうよね。私も息子に対しては才能があると思いたい」

「大丈夫だよ。あんたがしっかりしてれば。物わかりの良い息子はちゃんと親の背中を見て育つもんだから」

 そんなやり取りをして、心が救われたこともあった。

 それが今、ジョセフは何よりも自分に対して感謝の気持ちを述べている。あのリーダー的な女性が言ったことは嘘ではなかったと、マムは温かい気持ちになった。

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