第17話 クリーンファイター 3
「何とか終わったな」
ウィリアムは額の汗をぬぐった。
掃除といっても部屋の片づけだけではなかった。誇り被った物を除菌して、キッチンのシンクの汚れ、トイレ掃除、玄関やお風呂掃除など、ワンケーではあるが、全てをキレイするには時間が掛かった。
それに、ジョセフが持ってきた掃除用具だけだと効率が悪く、ウィリアムの方は掃除用具をほとんど持っていなかった。なので、百円ショップでウィリアムと掃除用具を買いに行ったのだ。
その料金はウィリアムが奢ってくれた。
全てのハウスクリーニングが終わったのは五時半だった。ジョセフは初めて仕事をしたというやり遂げた気持ちが強くて、すがすがしかった。
「ほら、約束の三千円だ。本当はもう少しあげたいけども、もともと依頼したのがこの値段だったから、すまんな」
ウィリアムから受け取ると、ジョセフは目を輝かせて三千円をしばらく見つめていた。
「……ありがとうございます。頂戴します」
そう言って、ジョセフはウォレットチェーンでつないでいる黒い財布にしまった。
「本当に手伝っていただいて、ありがとうございました」
ジョセフはウィリアムに深々とお辞儀をした。
「いいよ。こっちも料金に似合わないハードの仕事をさせたりしてごめんな。最初、三千円で取引の時はビックリしたけど。でも、会ったら、まだ中学生だなんて……」
「どうでした。僕の掃除の作業ぶりは?」
ジョセフは参考になる部分はものにしたいと思っていた。
「悪くないよ。ただ、プロじゃないから、一般の人が掃除しに来たというのが正直の感想だな。だから、この仕事を極めたいのであれば、そういった会社に何年かは就職した方がいいのは確かだな」
まあ、その方法が一番ベストなのはジョセフも今日やってみて分かったことだった。右も左も分からいことを行ったので、さすがに参考になるものが欲しかった。
「でも、中学生がハウスクリーニングの会社に就職できるわけじゃないから、今の時期にこういったことをするのも悪くないけどな。じゃあ、俺はこれから彼女と六時に待ち合わせをしてるから、すまんがここで……」
ウィリアムはドアを開けて、ジョセフを外に出した。
「ありがとうございました」
「いいよ。お母さんによろしくな」
そう彼は手を上げて、ドアを閉めた。
帰りの電車でジョセフは初めてのことで疲れて、思わず眠ってしまっていた。
だが、自分の最寄り駅に着くと、自然と目が覚めて、駅のアナウンスを聞いて、慌てて降りた。
危なかったと思った後、よっぽど疲れていたんだな、とそこでまた今日色々初の体験をしたんだと嬉しさが滲み出てきた。
腕を広げて、プラットホームで立ち止まり、大きく息を吸う。
六月のぐずついた天気の中なのに、今は全てがポジティブな快感だった。
深呼吸をした後、ジョセフはまた帰る場所を求めて歩き出す人々に次いで、改札に向かった。
あの、ウィリアムっていう人、三十代半ばだが、自分を親切に手伝ってくれた。
今頃、彼女とどこかに出かけているのだろうか。
幸せな人というのは羨ましいものだ。ジョセフはどうしても彼女、彼氏がいるという事に幸せ不幸せの判断をしてしまっていた。
その為、自分は貴重な経験をしたことに達成感を味わっているものの、彼女がいればその話も出来るのになと、不甲斐ない気持ちもあった。
改札を出た時に、そこに見たことがある中学生がいた。
あれはジェームズじゃないのか。
目を細めてその人物を注目してみた時に分かり、思わず隠れるところはないかと探していたのだが、ジェームズもすぐにジョセフに気が付いて、こちらに来た。
「お、ジョセフじゃないか。どうした? まあ、そんな嫌な顔をするなよ」
逃げたいジョセフとは対照的に、ジェームズは相変わらず爽やかな印象で交友的だ。
「お前、どこに行ってたんだ?」
ジェームズは言った。
「いや、まあ、知り合いの家に……」
ジョセフは咄嗟に嘘をついた。
「ふーん」
ジェームズはあんまり関心のない表情を見せた。
「お前が学校に来なくなってみんな心配してたぜ。早く来いよ」
そう言われて、ジョセフは絶対に嘘だと咄嗟に判断した。自分のことを心配している生徒なんて一人もいない。寧ろ、来られて嫌な生徒たちの方がいるというのに……。
ジェームズはニタニタ笑っている。どうせ、来たほうが、彼らにはメリットがある。何故なら、苛めの対象になるし、自分よりも存在価値のない人間がこの教室で同じ空気を吸っていると見ていたいのだろう。
ジョセフは頭をかいた。
「まあ、気が向いたら行くよ」
そう言った時に、「ジェームズ」という声が聞こえてきて、彼の友達が三人来た。
ジェームズは帰宅部なのだが、一年の一時期、野球部に入っていた時がある。しかし、あまりにも野球が上手くなかった為、退部をしたが、その頃に仲良くなった三人だ。今日は土曜日なので、私服ではあるものの、彼らもジョセフとはまた違う筋肉質で体格も良かった
「あ、ジョセフじゃん」「
その一人が言った。
「ああ」
ジョセフはあまりその三人を見たくはなかった。同じクラスになったことはないが、顔と名前を知っている人物もいた。
「何でお前がこんなところにいるんだよ」
そう言われて、別にいいだろうと言い返したくなったが、不登校な分、引きこもるのが当たり前と思われているのだろう。
「いやあ、知り合いの家に行ってて。これから帰るところなんだ」
「早く学校に行けよ。彼女のセシルも気にしてたぞ」
もう一人のメガネを掛けた男子がニヤニヤしながら言った。すると、その他二人とジェームズも声高々に笑っていた。
ジョセフは憤りを感じていた。しかし、ジョセフ一人相手に四人だ。ケンカしたら当然勝てっこない。
ジョセフはその言葉に返す文言もなく、帰ろうとスタスタと歩いていった。
「ちょっと、待てよ。ジョセフ」
ジェームズが言うが、ジョセフは無視を続けた。彼らに話すことは何もない。
「なあ、待てって」
ジェームズが肩を並べるようにジョセフの横で歩いている。
「何だよ」
ジョセフは嫌悪の顔をあからさまに見せた。
「セシルが転校するかもしれないんだ」
「え?」
そこで、ジョセフは立ち止まって、驚愕してジェームズを見た。
「何でなんだ? 僕が原因か?」
「分からない。ただ、噂では親の都合上じゃないかといわれてるんだ」
「でも、あくまで噂だろ?」
「確かに噂だ。もしかしたら何もないかもしれない。だから別に、お前に対してどうしろというわけではないけども、一応好きだったら伝えておこうかなと思って……」
「別に、もう好きじゃない」
そう言い放って、ジョセフはまた歩き出した。
「じゃあな」
ジョセフは手を上げた。
ジョセフは家に帰ると、マムが出迎えてくれた。
「遅かったわね。お母さん心配したわよ」
「大丈夫。向こうの人が親切にしてくれたから。部屋はもちろん、汚かったけど……」
「それで、どうだったの仕事……」
「まあ、悪くないよ」
そこで会話は終わってしまった。何故ならジョセフの顔つきがご立腹だったからだ。
マムも、ジョセフが初めての掃除の仕事に興味はあったのだが、彼に嫌われたくなくて追及しなかった。
ジョセフは手洗いをした後に、そのまま自分の部屋に入っていった。
ジョセフが苛立っているのは、もちろんジェームズ達のことだ。
見つかってしまった。あいつらが自分に対して普段どんなことを考えているのかは十分に分かった。どうせ、心配なんて微塵にもないだろう。
ただ、セシルの話は本当だろうなとジョセフは感じていた。
セシルには申し訳ないが、ジョセフにとっては、彼女は他の街に暮らして欲しい。正直もう会いたくない。
確かに今でも好きだ。あのおしとやかな清楚感と、消しゴムを取ってくれた優しさがジョセフの気持ちを忘れさせてくれなかった。
“彼女といると安心するんだ”
ウィリアムの言葉を思い出した。ウィリアムは学生の頃どんな人物だったのだろう。誰かに恋い焦がれていたのだろうか。
セシルは当然、ジョセフという生徒のことを忘れたいのだろう……。
ジョセフは食卓に行くまで、気持ちが混乱していた。
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