第21話 クリーンファイター 7

 家は二階建てであり、一階奥には食卓などを囲むリビング、手前、玄関近くには男性の書斎。二階には二人の寝室、それから二人の娘の部屋があった。

「これで以上ですか?」

「ああ、娘の部屋は開けないでくれって言われてるから、そこは掃除しなくていい。他の部分を頼む」

「はい、分かりました」

 とはいえ、それほど散らかってはない。取り合えず一番汚れが付いているであろう、水回りを掃除しようとジョセフは一階の浴槽に向かった。

 ジョセフは慣れた手つきで掃除用具を取り出して、洗剤が入ってあるハンドスプレーで浴槽を霧吹きしていく。

「へえ、何だか手慣れてるね。家でも掃除してるの?」

 四十代の茶髪の奥さんがジョセフに話しかけてきた。

「今は家も掃除してるよ。キレイに掃除した方が運気も上がるんだよ」

 そういうとクスクスと彼女は笑った。

「君、何歳?」

「僕は十四になったよ」

「十四?」女性は素っ頓狂な声を上げた。「ウチの娘と一緒じゃない!」

「へえ、そうなんだ。娘さんも中学生?」

「そうよ。あなた、学校は?」

「今は行ってないんだ。色々あって……。それで、今日は娘さんも学校に行ってるからいないってことなんだね」

 ジョセフは会話をしながら、器用に浴槽をたわしで磨いていく。

「そう、でも娘もこの秋に転校することになったから……。みんなに会えないのは寂しいものね」

 そう喋った彼女に対して、ジョセフは思わずピタッと手が止まった。

 ――もしかしたら、この家は……。

 ジョセフは彼女の顔を見た。

「どうしたの?」

 女性はきょとんとする。

 確かに、セシルに似ている。髪型、髪色はもちろん、目の形や鼻の高さが。ただ、全てを組み合わせると、全く一緒というわけではないが……。

「もしかして、娘さんって、セシルって子?」

 ジョセフはまた作業に目を移して、横目で彼女の方を見た。

「ええ、そうよ。やっぱり一緒の学校に通ってる中学生よね。あなたの名前は何て言うの?」

「ぼ、僕は……。ウィリアムだよ」

 咄嗟に、前訪れた黒人のウィリアムの名前を使った。

 何故なら、セシルの口からジョセフという名前を両親が知っているかもしれない。そうなると、ジョセフはここにはいられない。

「ウィリアム……。聞いたことないな」

 女性は顎に手を置いて考えていた。

「まあ、中一の時から学校に来てないんだ。家庭の事情でね」

「そうだったの。だから、中学生で仕事もしてるのね」

「ちょっと、分け合ってね。大丈夫心配しないで、両親は元気だから」

 そう言って、ジョセフは彼女を安心させる発言して、内心緊張でいっぱいだった。

 ――この家は、セシル一家だったのか。ジョセフはセシルが学校近辺に住んでいるのは知っていたが、まさか、この家だったとは思わなかった。

 それに、転校の話もすっか忘れていた。ジョセフは毎日多忙だったし、家に帰っても自宅でアイドルのルナの配信をずっと見ていたので、中学のことをなるべく遠ざけていた。その為、自然と考えなくなっていた。

 セシルが帰ってきたらマズいことになる。なるべく早く切り上げたい。

 ジョセフはそのことを考えると、自然と動作が早くなった。

「フフフ、そんなに早くしなくても、夕方にまでは終わるわよ」

 そうセシルの母親は笑った。

「まあ、そうですね。でも、僕ゆっくりして結局夜まで掛かっちゃうことが多いから、それでお客さんに迷惑掛けたことがあるんだ」

「大丈夫よ。私たちはそれほど急いでいないから。あ、そうだ。もし、遅くなったら晩御飯も食べてく? 娘も四時くらいに帰ってくるし……」

「あ、いや、すみません。僕も次の仕事があるんで……」

「ふーん」

「大丈夫ですよ。部屋はキレイにしますので」

 そう言って、なるべく彼女と話すのを止めようとした。

 それを悟ったのか、セシルの母親は「頑張ってね」と、言い残しその場から離れた。

 ジョセフは浴槽をキレイにした後、今度はトイレ掃除をした。

 トイレ掃除をすれば、金運が上がるとルナも断言してたし、いろんな人のコラムで豪語している。

 実際にはどうなのだろうか。ジョセフは家でヒマな時間は、なるべくトイレ掃除をするようにしている。それは自分の仕事の給料がアップすることが目的なのだが、それによってマムが喜んでくれたら一番うれしかった。

 セシル宅の浴槽もそうなのだが、トイレもそれほど汚くなかった。この家庭は掃除をすることに抵抗が無いようだ。ジョセフはこの仕事をした経験で分かった。

 そういえば、セシルに告白した、あの書店の前、彼女が口にした言葉……。

『あたし、不潔な人が嫌いなの!』

 その言葉が痛く傷ついた。

 あの時、言われて一週間くらいこの言葉が、心や頭の中でこだましているようにぐるぐると回っていた。

 自分は不潔なのか。

 そう思って部屋を見た時は、ゴミでいっぱいだった。セシルは自分の部屋がキレイか汚いか分からないはずなのに、それを読み取っていたのだろうか。

 ジョセフは鏡を見ていた、肌は確かにキレイな方ではない。油体質の肌でニキビもいくつかできている。ニキビに関しては他の男子生徒もそれなりに額や頬、顎にも出来ている。誰だって一緒だった。

 それなのに自分だけ不潔と言われた。その言葉を真に受けたジョセフは、太っている体型や自分から体外に放出される体臭を気にしたりして、一時は何も口に入れたくなかった。

 それでも、痩せることはなかった。仕事をしていた方が、痩せやすい。実際ジョセフはこの二カ月で五キロも痩せた。

 その不潔イコール清潔というのはどういったことなのか、必死で検索して勉強したのだが、答えが何となく理解しても、詮索したくなるものだ。

 例えば、爪をキレイに整えた方がいいということも、本当なのだろうかと疑いから入ってしまう。実際に整えた後も、その部分に対して褒めてもらえる人もいなく、それに清掃業務をすれば一気に短い爪でもそこに汚れが入る。

 ジョセフは考えた挙句、“なるべく”という答えになった。

 だが、今日セシルの家を見て思った。これほどキレイなのにも関わらず、掃除に来て欲しいという依頼は、もしかしたらこの一家が異常な位の潔癖症なのではないのかと。

 ジョセフはトイレ掃除を終わらせて、セシルの母親を見た。

「疲れたでしょう。休憩する?」

 彼女はニコッと笑って言った。

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