第22話 クリーンファイター 8

「こういうものしかないけど、申し訳ない」

 セシルの父親はジョセフに言った。

 時刻は十二時半を回っていた。食卓にはセシルの母親の隣に、父親、その向かいにジョセフと、隣にはセシルの伯父がいた。

「ありがとうございます」

 ジョセフは礼を言って、食卓にある、コンビニで買ってきたサンドイッチを手に取った。

「ねえ、ウィリアム君、さっき妻から聞いたけど、学校行ってないんだって?」

 緊張しっぱなしのジョセフに対して、開口一番この言葉をセシルの父親から言われるとは思わなかった。

「まあ、そうですね」

 ジョセフはサンドイッチを持ったまま言った。

「どうして、行かないの?」

「家計が苦しいからです」

 ジョセフは苦しい言い訳だなと自分でも思った。

「それって、お母さんから言われているの?」

 セシルの母親も前のめりになりながら、興味を持って言っている。

「まあ、母からは学校に行ったらどう? って言われますけど……」

「じゃあ、行った方がいいよ。確かに僕らは君の家庭に対して首を突っ込みたくはない。でも、お母さんがそう言うのであれば、どれだけ家計が苦しくても登校するべきなんじゃないかな」

 セシルの父親はそう言って、サンドイッチを食べた。

「まあ、そうなんですかね……」

「行った方がいいと思う。ウチも娘と一緒に来週から新しいところに住むけども、出来る限り娘には負担を掛けたくない。今回は会社の都合上でこうなってしまったけども……」

「娘さんは、そのことについて何て言ってますか?」

「やっぱり、寂しいって言ってるわよ。結構ケンカもしたけどね」

 セシルの母親は言った。

「こればかりは仕方ないことだ。僕が会社を辞めたなら、この学校には通えるけど、今度は君の家庭と同じように家計が火の車だ」

 セシルの父親は缶コーヒーを手に取って飲んだ。

「セシルはピアノのレッスンもさせてたんだけどね。向こうではピアノを習わせられないのよ」

 セシルの母親もようやくサンドイッチに手を伸ばした。

「そうなんですね」

「家にグランドピアノがあって、あの子もたまにしか弾かないし……。小学生の時は凄く熱心に弾いてたんだけどね」

「そのグランドピアノも処分したんですか?」

「処分というか、中古屋に売ったんだ。やっぱり高いものだからね。手放すんだったらちょっとでもお金にっていうところだね」

 セシルの父親言った。

 どうやら、セシルの家庭は、昔は裕福だったけど、これからは父親の給料の面からなのか、貧乏ではないにしろ、普遍的な家庭になりそうだ。彼女が言っていた不潔という人物も受け入れることが出来るのだろうか。

「しかし、不登校だったら、この前、セシルに声を掛けた男の子をセシルが振って、そのショックで不登校になった子もいるわね」

 セシルの母親が突如そのことを言ったので、ようやくジョセフはサンドイッチを口にしようとしたのだが、直前で手が止まった。

「へえ、そうなんですか」

 ジョセフは言った。ジョセフの行動を見かねた彼女は、

「そんなに驚かなくていいのよ。食べて」

 そう言われて、ジョセフは手を動かして、一口で食べれるサンドイッチを無理矢理口に運んだ。

「そうだよな。そんなことをセシルはずっと黙ってたもんだ。あの子は昔からあまりものを言わない子だったんだが、最近は僕らに対してあまり喋らないんだ」

 セシルの父親はしょげたように肩を落とした。

「そのセシルさんがその男の子を振ったという話は、どうして知ったんですか?」

「それは、一週間前にセシルが言ったんだ。こういう事があったってね」

「あ、そうなんですね」

 ジョセフは用意してくれたガラスコップに入った牛乳を飲んだ。

「相手の子には申し訳ないけど、機嫌を取って欲しいね」

「まあ、セシルは私たちに対して素直な子じゃないから。それに比べたら、ウィリアム君のように、何でも親に対して一生懸命仕事している子は偉いわ」

 セシルの母親はジョセフを見て、ニコッと笑った。

「ハハハ」

 ジョセフは笑った。

 どうやら、セシルは自分の名前までは両親に話をしていない。この場所で会ってしまったら、全て白状しなくてはいけない状況にもなりかねない・

「ところで、部屋の荷物の方は片付いたんでしょうか。見たところ、ほとんど何もないような気がするんですが……」

 と、ジョセフ。

「ああ、君が掃除してくれたおかげで、僕らの作業が進んだよ。今日の夕方までにはあっちの方で荷物をおろすつもりでいるから、のんびり掃除してくれ」

 そう言ったのは、セシルの伯父だった。伯父でさえも笑った時は、どことなくセシルに似ている。

「そうなんですか。キッチンと洗濯置き場は、お母さんが掃除してくれたし、後は二階の部屋だけですね」

「そうだね。昼からはお母さんと一緒に掃除してくれ」


 セシルの父親と伯父は軽食を取った後、彼らが用意したレンタカーにいろんな家具を乗せて、この家を後にした。

 残された、ジョセフとセシルの母親は互いに掃除をした。しかし、ほとんどジョセフが掃除をしていて、彼女はゆっくり作業しては、ジョセフと話をしていた。

「これで、五千円で申し訳ないわね」

 そうセシルの母親は床を雑巾で拭きながら言ったのだが、ジョセフとしてはそれに対してどうやって返せばいいのか困惑した。

「いえ、大丈夫ですよ。四時から僕約束があるんで」

「ああ、朝言ってた、もう一つの仕事のこと? ウィリアム君は良く働くわね」

「ハハハ」

 そんな話をして、ジョセフは三時になって、何とか終わらせた。


「すみません。早く切り上げてしまって」

「いいのよ。おかげさまで、こっちも助かったし。次のところも頑張ってね」

 そうセシルの母親は、ジョセフが玄関で靴を履いているときに、後ろから玄関まで駆け寄った。

「娘さんによろしく」

「ありがとう。くどいようだけど、学校は行った方がいいわよ。じゃあね」

 ジョセフが振り向くと、セシルの母親は笑顔で手を振っていた。

「ありがとうございました」

 そうジョセフは、右手で玄関のドアを開けて、左手で彼女に向かって手を振った。

 戸を閉めて、ジョセフは歩いた時に、思わず肩の荷が下りて苦笑いをした。

 ――あの家が、セシルの家だったなんて。何だか申し訳なかったな。

 ウィリアムという偽名を使い押し通したことや、セシルに告白したのは自分なのに、その自分を温かく迎えてくれたセシルの両親、伯父。普通は会っちゃいけないのに。

 そう思いながら、左肩だけにしか背負ってなかったリュックサックを両肩に直して、歩き出していた。

 最初の角を曲がろうとした時に、学制服の女子がそこにいた。

 彼女は立ち止まっていたので、うつ向いて歩いていたジョセフは顔を上げた。そこにはセシルの姿があった。

 セシルはジョセフと目を合わせて、驚愕している。

 ジョセフも一瞬歩くのを止めた。しかし、セシルが後ずさりして、走って家の方に行った後、ジョセフも走ってセシルとは逆方向に行った。

 ――何で、何であいつがいるんだよ。

 ジョセフはそう思いながら、十分ほどで、家に着き、部屋に閉じこもり、今日のことを全て忘れたいが為に引きこもった。

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