第23話 ひそかなやり取り
「はい、分かりました。ジョセフと代わります」
そうマムは言って、受話器の送話口を手で塞いで、「ジョセフ。学校の先生から電話よ」と、大きな声で彼の部屋に向かって叫ぶように言った。
ジョセフは面倒くさそうに、部屋から出てきて、がに股になって階段を下りてきた。
「ん」
と、マムは強く受話器をジョセフに渡した。ポケットに手を突っ込んでいたジョセフは手を出して、受け取った。
「もしもし、代わりました。ジョセフです」
「ジョセフ、久しぶりね、元気にしてた?」
担任のサラの久しぶりの声が聞こえる。そう言えば、彼女と最後に会ってから、もう五カ月が経つ。
「まあ、してたよ」
「相変わらず、素直じゃないわね。もう、本当に……」
「それよりも、用件は何ですか?」
ジョセフは頑なな態度を崩したくなかった。崩すとサラを受け入れたように思われてしまうのではないのかという不安があった。
「あんた、この前、お母さんから話聞かなかった。セシルさんが転校したことを」
「知ってますよ」
「それで、みんなも歓迎してくれてるし、登校するっていうのはどうかなって」
言われる内容は分かっていた。マムもジョセフが最近大分元気になっていたことを気に、次、学校から電話があったら出てみないかと言われていたのだ。ジョセフはこれ以上、マムに迷惑を掛けるのは嫌だったので、次は自分が出るという約束をしていたのだ。
ただ、みんなが歓迎しているという話は、嘘だろうと目に見えた。あのジェームズらが自分を迎えるわけがない。
でも、ジョセフは決意したように言った。
「いいですよ」
「え?」
サラはビックリしたのか、もう一度聞き返した。
「いつにします?」
ジョセフは何度なく苛立った。座っていたら貧乏ゆすりがしたかった。
「じゃあ、来週の月曜はどう?」
「いいですよ。一回行ってみます。但し……」
「但し、何?」
「次、僕が不登校したら、もう学校に行かないんで」
「わ、分かったわ」
「じゃあ、そういうことで」
ジョセフは強く受話器を置いた。
「ジョセフ、学校に行くの?」
それを一部始終聞いていたマムは、目を輝かせて言った。
「ああ、行くよ。あくまで今の気持ちだけどね。当日になったら休むかもしれない」
「うん、どっちにしても、気持ちが大切よ。今晩はジョセフの大好きなハンバーグを作るわね。お母さん腕を振るっちゃうから」
「ああ、楽しみにしてるよ」
そう言って、ジョセフはまた部屋に戻った。
あれ程、学校に行くのを拒んでいたジョセフが、どうして登校する決心がついたのか、それは、確かにセシルが転校したというのもある。
しかし、それだけではない。人との繋がりで学んだ社会もそうだったし、マムに迷惑を掛けたくないという気持ちもそうだ。
だが、一番は……。ジョセフはノートパソコンの画面を見た。
メールの返信が返ってきた。
「ジョセフって、清掃の仕事をしてるの?」
ジョセフは一週間前から、SNSで仲良くなった女性とラインで友達になっていた。
彼女も中学生で、年齢は十五と一つ年上なのだが、自分の話を色々と熱心に聞いてくれるお姉さんだった。
きっかけはジョセフが毎日投稿している、SNSで呟いてることに目が留まったのだ。
それは、ジョセフがほとんど日常的に思ったことを、載せていたのだが、それに興味を示してくれたらしく、その女性は返信したのだ。
名前はソフィアという女性で、ジョセフがいる街とは電車で一時間もあれば行ける住所だった。
ジョセフは不登校だという話から、たわいのない話まで、ラインをしていた。
ただ、両者ともそれに気を取られているときもあれば、忙しくて返せない時もあった。
ジョセフはパソコンの画面が見て、ニヤニヤしていた。
「掃除の仕事をしてるよ。スキルマーケットでいろんな依頼があったらリュックに入るだけの掃除用具を持って行くんだ」
すると、十分くらいして、返ってきた。
「そうなんだ。結構、忙しいんじゃない?」
「まあ、朝から行って、帰ってくるのは夕方か、夜かな」
「そんなに仕事してるの? 凄いね」
「凄くないよ。だって約束の時間は五時で終わるつもりが、八時まで掛かったりするんだから。それに、休憩も一時間以上は取ってるし……」
「へえ、掃除するって素晴らしいね。あたしはあんまり掃除が好きじゃないから」
「僕も、以前までは好きじゃなかったよ。でも、掃除したら運気が上がるっていうじゃない。それで、信じてみようってことで行ったんだ」
「行ったことで、何か変わったの?」
「変わったんじゃないかな。まだ、良く分からないけど」
そんなやり取りをしていたら、「ジョセフ、晩御飯よ」と、マムの声がして、「はーい」と、ジョセフは返した。
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