第27話 ひそかなやり取り 5

 ジョセフは土曜日に、ある家に訪れた。

「おう、どうした?」

 ドアを開けたのは黒人の三十代、ウィリアムだった。

「いえ、ちょっと、いろんな悩みがあって話したいんだけど」

「まあ、ラインで思い詰めてた、文面だったからな。話くらい聞いてやるよ。上がりな」

 ウィリアムに言われて、ジョセフはお邪魔することになった。


「どうなんだ、仕事は順調なのかい?」

 まだ火をつけていたにタバコを咥えたウィリアムはソファに座って、缶コーヒーをジョセフに渡す。前もらった微糖の缶コーヒーだった。

 思わず、「前もらったもの……」と、ジョセフはあの時の舌の苦さを思い出した。

 すると、ウィリアムは高笑いをした。

「何だ、前の時、コーヒー苦かったか?」

「まあね。ありがとうございます」

 ジョセフは缶コーヒーのブルタブをひねって開けた。

「嫌な顔だったという事は、あれ以来、苦いものは飲んでいないってわけだな」

 ソファに座っていたウィリアムはタバコに火をつけて一服をした後、横に置いてある、缶コーヒーのブルタブを開けて、一口飲む。

 あーっと、ウィリアムは思わず声を出した。

「仕事は順調というか、最近、学校に通ってるんだ。やっぱり少なくとも義務教育は出席した方がいいかなって思ってね」

 ジョセフはそう言って、コーヒーを飲んだ。

「そうなのか? それは良い話だ。俺も君のその答えは正しいと思ってるぜ。それで、その学校での悩みか?」

「いや、違うんだ。確かに学校では色々あるけれど、今回ウィリアムさんに聞きたいことは、実は僕はSNSで繋がった、女性がいるんだ」

「相手の年齢は?」

「向こうの方が一個上」

「お、いいじゃんか」

 ウィリアムはコーヒーを飲んだ。

「それは楽しいんだけどね。これからどうしたらいいのか分からないんだ」

「何だ、そういう事か。もう、結構やり取りはしてるのか?」

「ラインで、ほぼ毎日やり取りはしてるよ。いろんなことが分かったけど」

「相手の女性のことをかい? ちなみにどんな?」

「まあ、向こうは近くの高校に来年入学するために、今高校受験を控えていて猛勉強をしてること。後、家の住所が僕の家から電車で一時間くらいの場所にあるという事。後、よくテレビを観るらしいんだけど、テレビを観ていて勉強が疎かになって、お母さんに怒られたこと……」

「何だか、それなりにたわいのない話が出来てるという事だな」

「これから、どうしたらいいと思う?」

「ん?」ウィリアムは考えているようで、口を右手で覆っていた。「そうだな。まだ、友達という感覚なんだろ?」

「やり取りからは、そんな感じなんだけど」

「それだったら、会ってみたらいいんじゃないのか」

「嫌な気持ちにならない?」

「どうして?」

 そう聞かれて、ジョセフは缶コーヒーを持ったまま躊躇してから言った。

「だって、男と女じゃん。何となく異性として意識するよ」

「それは分からない。向こうは彼氏がいるの?」

「さあ、分からない。でも、これほど僕とやり取りをしてるという事は、いないんじゃないのかな」

「それはどうかな。今の子は色々、何股もやる子もいるし、SNSでやり取りをするってことは、現状の学校では満足できない何かがあるんじゃないのか?」

「まあ、そういえば……」

 ジョセフはそこまで考えてなかったと痛感した。

「今の時代のルーツはSNSなんだよ。相手の子が俺みたいに三十後半の人間だったら、出会いが無いんだなって思えるけど、十代なんだろう。しかも中学生だ。確かに受験勉強が控えてるらしいけど、逆に受験勉強なんて忙しい時期にお前と交換するというのも、おかしな話じゃないか」

「そうだね」

 考えれば、考えるほどジョセフは意気消沈した。もしかしたらソフィアという人物は遊び人かもしれない。

「まあ、気を落とすな。出会いはいっぱいあるんだから。それにその子も実際はそこまで考えてなくて、ただ友達になりたい為にラインをしているのかもしれない。お前がやってる清掃業務のことはその子に話したのか?」

 ウィリアムは缶コーヒーを飲み干し、空き缶入れのゴミ箱に放り投げた。

「掃除に関しては、話をしたよ」

「何て?」ウィリアムはタバコを一服した。

「素敵な仕事だねって。掃除に関しては応援してくれた」

「ふーん、その子の部屋はキレイなのか?」

「分からない。そのことを伝えた方がいい?」

「いいや、止めておいた方がいい。いくらお前がその業務をやっていると知ってても、女性に話すべきじゃないな」

「じゃあ、どうすればいい?」

「まあ、そんなに急ぐな……。そうだな。その掃除のことに話を膨らませないのは、物凄く興味があるというわけではないのかもしれない。ます、ぞこは事実だ」

「うん」

「何が言いたいかっていうのは、相手はそれほど会いたいとは思っていないのかもしれない」

「という事は、このやり取りだけを楽しんでるってこと?」

「うーん、難しいな。でも、お前が会いたいのであれば、お前が言う。それしかないんじゃないか?」

「うーん」

 と、最後までジョセフは腑に落ちないまま、缶コーヒーを全て飲み干し、缶コーヒーをゴミ箱に入れた。

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