第25話 ひそかなやり取り 3
「え、お前、スキルマーケットでお金稼いでたの?」
「まあね」
五限目の体育の授業で、ジェームズと話をしたときにその話題になった。
今日の授業は体育館で跳び箱の練習だった。運動音痴のジョセフはもちろん何段でも飛び越えたことが無いのだが。
なので、練習中に自分の番に回ってきても、飛べるはずがないのだ。実際ジョセフも飛べるはずがないと脳内にインプットされて、余計に飛べそうにもない。
ただ、体育の先生もたまには自分の手を抜きたいのか、この日は、殆ど監視役みたいなことをしていた。
丁度、ジョセフとジェームズが並んでいた時にその話題になったのだ。
「それで、何の仕事をしてお金を稼いだんだ?」
「清掃業務だよ。つまり家の掃除」
「掃除? お前、掃除好きだったっけ?」
「いや」ジョセフは首を横に振った。「好きじゃなかった。どちらかというと部屋が汚かったからな」
「そうだろう。一回お前の家行った時、やけに汚い部屋だと思ったんだ」
そう、ジェームズは悪気もなく、汚いという言葉を強く言った。
「大きなお世話だ。でも、まあ、誰がどう見ても汚いという言葉がピッタリだったな」
「それを、何故、部屋をキレイにしようとしたんだ?」
ジョセフは、本当は好きなアイドル、ルナが掃除をキレイにしている人が好きだという理由だったが、何となく今、異性の話をするのは、自分にとって、諸刃の刃の気がするので、ジェームズから視線を逸らして言った。
「まあ、母さんが部屋をキレイにしろって言われて、ケンカになったから、掃除をキレイにしてやったんだ」
「それが、仕事につながったと?」
「掃除でお金を稼ぐだけだったら、自分にでもできるんじゃないかと思ってな」
「でも、スゲーな。それで、いろんな人のところに清掃したのかよ」
「まあね。全員、俺よりも年上の人たちばっかりだけどな」
「キレイな女の人のところには掃除しなかったのか?」
「流石に、女性の部屋はキレイにしたことが無いな。登録時に自分の年齢や性別も入力するんだ」
「適当に入力したら行けるんじゃないのか」
そう言って、ジェームズはニヤニヤしていた。変な方向になっていると感じたジョセフは軌道修正をと少し話を逸らした。
「でも、社長の部屋も掃除しに行ったんだ」
「社長って、お偉いさんじゃねえか」
「まあ、個人事業主だけどな」
「個人事業主ってなんだ?」
ジェームズは思わず首を傾げた。彼もそれほど勉強に熱心ではない。
「まあ、簡単に言えば、一人で会社を設立している人だ。その人から依頼があったんだ。来週にも会うんだけどね」
「それは、スゲーな。俺も、スキルマーケットやろうかな」
ジェームズはそう言って、頭の後ろで腕を組んだ。
そこでの話はここまでだったのだが、ジェームズが他の生徒たちに、“ジョセフがスキルマーケットをしている”と言いふらしたようで、下校時間にジェームズは帰ろうとしたら、ジェームズの友達たちから呼び止められた。
「ジョセフ、スキルマーケットしてるのか?」
スポーツ万能で、背が小さく目が大きくて目上からは憎めない、背の小さなノアという生徒が駆け寄って走るなり言ってきた。
「ああ、そうだよ」
「どんな感じ?」
ノアは好奇心旺盛で、ジョセフに詰め寄るように迫った。
「ち、近いよ」
そう言いつつ、ジョセフはノアに先程のジェームズにも言ったような内容を話した。
こっちは昨日まで、半年間不登校生活を送っていたんだぞと、ジョセフは心の中で思って、早く帰りたかった。
帰りしなに一部始終を説明したら、ノアは納得したようで、
「俺、絵描くの得意だから、一回やってみようかな?」
と、彼は言った。
「まあ、イラストレーターをやってる人もいるよ。いっぺん、サイトで見てみた方が分かりやすいよ。そこで登録してみた方が……」
「そうだね。あんがと」
そう言って、ノアは手を上げて去っていった。ジョセフも「さよなら」と、手を上げた。
何だろう。初めて話す生徒だったので、緊張があったが、何とかくぐり抜けたことに達成感があった。
この不登校生活が無かったら、彼とも話していただろうか。
いや、話していないはずだ。
それに、各々の先生たちから、心からかは定かではないが、心配の声や授業中に当ててくれたことも、よくよく考えてみたら、不登校生活が無かったら、興味が無かったはずだ。
掃除のお陰か……。掃除をすれば運気が上がるといった。あのコラムやルナの発言。それが、今運が巡って良くなっているのだろうか。
――まさかな。
そう首をかしげて、ジョセフは家の前について鍵を入れて回して、ドアを開けた。
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