第24話 ひそかなやり取り 2

「僕は、明日学校に行くんだ」

 ジョセフは夜九時半頃に、ソフィアに送った。

「へえ、凄いじゃない。どうして、そうなったの?」

「学校の先生に言われてね。お母さんにも、いつまでもこの状態だったら申し訳ないなと思ったんだ。だから登校するよ」

「半年くらい不登校だったら、登校するのに勇気がいるんじゃない?」

「もちろんさ。でも、掃除を通じていろんな大人たちと知り合ったことによって、視野が広がった感じがするんだ。何か、中学校の世界ってちっぽけだなって」

「お、早速掃除した良いことが起きたね」

「ハハハ、良いことは学校をしばらく通えたらだよ」

「頑張ってね。授業も一気に進んでるから、後れを取っててもそこは気にしな方がいいよ」

「ソフィアの方は、どうなの? 学校は?」

「あたしの方は順調だよ。もうすぐ進路のことを本当に考えなくちゃいけない」

「そうだよね。来年の春は高校生だもんね」

「難しいんだよね。あたしはそれほど勉強得意じゃないから、公立の高校に入れる偏差値じゃないんだ」

「それは僕もだよ。中学一年の時はテストの点数、十点とかだよ」

「それは、ひどいね……」

 そんなやり取りをしていたら、一時間なんてあっという間に過ぎていく。

「でも、受験勉強に忙しんじゃない?」

 と、ジョセフは送る。

「そうだね。この時期は受験のために、二学期の期末テストに追われてるね」

「勉強の邪魔だから、そろそろ切り上げるね」

「明日、学校頑張ってね。負けるんじゃないよ」

「分かってる。行ってくるよ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」

 そう送って、ジョセフは気持ちがシリアスな感じになった。今日の楽しかったことが終わってしまうのだ。

 明日からは学校に行くという試練が待っている。ジョセフは何故あの時、先生に強気で登校すると約束したのか、今更ながらに不安がった。

 明日登校すれば、ジェームズらが爽やかな表情をしながら表向きは出迎えてくれる。しかし、それは単に、誰かが自分に対して牙をむき始めた時に、咄嗟にそちらに味方に付けられることもできる。つまり、どちらに転んでも対応できるやり方をするに違いない。

 ジョセフはまだその時にならないと分からない事柄なのに、勝手に被害妄想に陥っていた。


「ちょっとでも、難しかったら、先生に言ったり、帰ってきたりしても良いからね」

「分かった」

 そうやり取りをして、ジョセフは一限目から登校しようと。朝八時に出かけようと、早めに起きて朝食を済ませた。

 ジョセフの顔色があまり良くないのは、マムも分かっていた。あの時は気分が良くて強気に出たところも、マムは知っていた。なので、当日の朝になると、「お腹が痛い……」と言って、トイレに駆け込み、そのまま学校登校を辞退するのではないかとも思っていたのだが、ジョセフはここまで一つも後ろ向きなことを自分に対して口にしていない。

「行ってらっしゃい。頑張らない程度に頑張るのよ」

「うん」

 ジョセフは掃除の仕事の時とは違って、トーンが低かった。

 マムはしばらくジョセフの後ろ姿を心配そうに見送った。


 いつも通いなれていた学校までの道のり、確かに半年ほどまで、自分はこの時間帯でこの道を歩いたことはなかった。もしかしたら学校への道を忘れてしまっているのではないのかとも思った。

 しかし、感覚がそれを勝手につかんでいるように。また、その道をたどると半年間の不登校生活を忘れさせるかのように、勝手に足が進んでいく。

 登校している中学生は全てジョセフが知っている生徒たちではないが、やっぱり、学年が一緒の生徒やクラスメートらにはこっちを見て欲しくなくて、思わずうつむいて歩いてく。

 教室まで歩いた時には、何人かに声を掛けられた。

「あ、ジョセフじゃん。どこ行ってたんだよ」

 と、分かっているのに、ふざけて言う生徒もいれば、

「おはよう」

 と、気遣って挨拶してくれる生徒もいる。

 ただ、女声生徒からは何も声は掛からなかった。元々、女子生徒から話しかけてくることはないのだが、今日にいたっては彼女たちも、セシルの件があってか、ジョセフだと分かるとよそよそしく、ジョセフは見える。

 一体、好きな女子に告白したのが、何が悪いんだ!

 そう、心の中で叫ばずにはいられなかった。叫ばないと、自分が飛ばされてしまいそうになる。

 教室を開けて、席まで着くときに(自分の席はあらかじめ電話で、サラから教えてもらっていた)、ほぼ全員が一斉にジョセフに注目していた。何故、ここに彼がいるのだろう、という気持ちなのだろう。

 ジョセフは席に着くと、何事もなかったかのように、一限目の社会の教科書とノートを取り出していた。

 ――この状態も、何日か経てば気持ちも楽になれる。そう心の中で唱えていた。

「よう、ジョセフ」

 ジョセフが顔を上げると、そこにはジェームズの姿があった。

「ああ、おはよう」

 ジョセフは少し口角を上げた。

「セシルが転校してすぐに登校かい? 結構面白いことするな」

「別に、面白いことをしてるわけじゃない」

「面白いことしてるじゃんかよ」

 そうムキに言うジェームズに、ジョセフはそれ以上反抗しなかった。したら久しぶりに登校した直後にケンカは流石に精神的に疲れる。

「で、お前はあの後、セシルとどうなったの?」

 ジェームズは興味津々でジョセフに言ってくる。

「どうなったって?」

「先生が言うには二回攻めたんだろう。その後はまたコクったんじゃねえのかよ」

「いや、別に俺は何もしてないよ」

 ジェームズはしばらくジョセフの目を見た。

「なーんだ、俺的には何回もチャレンジしたのかと思ったよ。セシルも何も言わないしさ、結構裏でバトルでも繰り広げたのかと思ったぜ」

 そう言って、ジェームズはジョセフから去っていった。ジョセフが彼の後を追うと、ジェームズはまた、彼と仲のいい生徒たちの方に戻ったのだが、彼らもジェームズとジョセフが話をしていた内容を聞いていたようで、こちらを見ていた。

 ジョセフは後ろを振り返り他の生徒たちも見た。全員、ジェームズとジョセフの話を盗み聞きしていたように、慌ててジョセフから視線を逸らして、何事もなかったかのように、友達と喋ったり、窓の外を見たりしていた。

 ジョセフはいたたまれない気持ちだったが、昨日想像していたことを予想していた通りだったので、何とか我慢は出来た。

 一限目、二限目とジョセフは何とか乗り切っていった。ジェームズからジョセフに話し掛けてこなかったのだが、みんな陰ではジョセフに対して興味があるのに、誰も話しかけようとはしない。元々ジョセフと仲のいい生徒がいなかったこともあり、話しかけられずに済んだ。

 それに、授業を受けることで、何となく感覚を取り戻しつつあった。確かに学校は楽しくはないのだが、このまま、ジョセフという人物がみんなの中に溶けていくようになっていければ……と、ジョセフは思った。

 とはいえ、ジョセフは心の中では落ち着きがなかったので、休み時間も適当に教科書のページを書き写すといった、勉強もどきのようなことをしていた。

 また、いろんな先生から授業中にジョセフが登校していることを知ってか知らずか、驚いた様子を見せて、

「ジョセフ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

 そう言ったのは、理科の年齢五十近くの、禿げ上がった頭で白髪交じりの男の先生だった。

「はい、何とか復帰しました」

 と、ジョセフはそこも予測していたので、前日に何て返そうか考えていた。

「それでは、ジョセフ君に聞きます」

 そう言われて、問いの解答を求められた。

 その時は何だか嬉しかったというよりも、安堵感があった。穏便に過ごしても結局はみんな自分のことを注目する。それなら、いっそのこと自分に注目して欲しい。但し、セシルの話は断る。というか、セシルの話はみんなが知っている以上、話題が無いのだ。

 みんなも内心、その話に興味はないだろう。何故なら、セシルはもう別の学校でクラスメートの中に入っている。もう戻って来ないであろう生徒の話をするのも、面白いのだろうか。

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