第10話 セシルへの気持ち 8

「はい、はい、本当に申し訳ございませんでした。良く言って利かせます」

 マムは頭を下げて電話を切って、コードレスの白い受話器を置いた。

 彼女は二階を見上げた。ジョセフはマムが夕方に帰宅しても顏を見せず二階で引きこもっている。

 玄関に靴を脱ぎ棄てているのを見たら、二階にいるのは分かるのだが、ノックをして呼び掛けても返事がない。

 そんな中で、学校からの電話があった。今日何回、この家に掛けてきたのだろう。幸い? にもこの電話機は古いので、履歴なんて載っていない。

 先生から言われたことは、好きな女子生徒に何度も想いを告げていて、その女子生徒が嫌がっているのにも関わらず、ジョセフがしつこかったこと。

 そして、誰かがふざけて黒板にジョセフとその女子生徒の相合傘を黒板一杯に書いたという事、それに対して、ジョセフは学校を飛び出したこと。

 その後のジョセフの足取りは分からないが、多分、家に帰ってあのように二階に引きこもっている状態なのではないのかとマムは悟った。

 マムは担任の先生、サラには丁寧に謝ったのだが、心の中では沸々と苛立ちが高まっていた。

 何故にジョセフが被害に会わなくてはいけないのか。ジョセフはただ好きな女子生徒に想いを告げただけじゃないか。それを全てジョセフのせいにすることがマムにとっては納得がいかなかった。

 ジョセフの部屋を見上げる。ジョセフごめんね。何も慰められなくて……。

 マムは子を想う親の気持ちで、涙を溜めていた。


 ジョセフがようやく食卓へ向かい、マムと会ったのは、五日後のことだった。

 それまでジョセフは完全に引きこもっていたわけではない。マムが仕事に行っている時間を見計らって、ご飯だけはちゃんと食べていた。

 それだけではない。マムが買ってきてくれたお菓子も自分の部屋に持ち込み食べてはインターネットで、ネットサーフィンするくらい元気が出てきた。

 ジョセフはセシルのことを忘れたわけではない。もちろん、見込みはないのは分かっている。ただほとぼりが冷めないだけだ。

 その為、小柄でグラマラスなアイドル、ルナの動画を観ていた。彼女はネットアイドルでもあり、週に一回は生配信を行っていた。

 それが楽しみでジョセフは毎週観ているし、また、以前の配信も閲覧していた。

 別に、ルナに恋い焦がれているわけではない。セシルにあれほどのことを言われて、別の女性へ移るくらいのメンタルはジョセフにはなかった。

 しかし、ルナは以前から画面上知っていたし、彼女を見ると何だか安らいでいく自分がいた。

 そのおかげで、ジョセフはいつしか自然にマムに会うことが出来た。

「ジョセフ、調子はどう? 元気になった?」

 マムは二人が食卓に着いて、一分以上経ってから言った。

「まあ」

 ジョセフはぶっきらぼうに答えた。

 マムはそれがジョセフのせめて物の強がりだと読み取っていた。

「そう……。大丈夫よジョセフ。しばらく学校に行かなくても」

 しばらく……。という言葉にジョセフはかぶりを振って想いを込めた。

「お母さん。僕は学校にはもう行きたくない」

 そうぽつりとジョセフは言った。

「分かってる、分かってるわよ。ただ、勉強に関してはある程度やっておかないと来年には高校受験が控えてるから」

「高校なんて、行ってない人たくさんいるよ」

「じゃあ、高校行かずに働くの? 今じゃ、学歴もなく就職するなんて難しいもんよ」

「それでも、良いんだ。僕は学校には行きたくない」

 そう、ジョセフは目を逸らさずに言った。

「……ちょっと考えさせて……」

 これにはマムも頭を悩ませた。せっかく久しぶりの二人での会話が、まさか息子の人生を左右する会話だなんて……。マムは混乱していた。

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