第12話 掃除への取り組み 2

 翌日、ジョセフはマムが出かけた後、庭の草むしりをやった。

 家にあった軍手と雑草ブラシを使い、ゴミ袋に入れる。

 ジョセフの家は七十坪もあり、その内の三十坪は庭になっている。昔は家庭菜園もしていた時期もあったのだが、マムが仕事に追われることになったので、そこからはしていないらしい。

 雑草だらけになった庭を全て片付けるには一日は掛かる。運動不足のジョセフは作業して三十分後で、腰が痛くなった。

 ウッドデッキでジョセフは座った。暖かい六月の時期だ。今日は晴れているが、来週から雨がしばらく続く予報である。

 時刻は朝十時を回っている。学校に行かなくなってから一週間がたっている。教科書やノートは机の上に置いている。

 自分がいなくても学校は回っている。当たり前なのだが、誰も心配することなんてないのだろう。

 よく、学校側から電話が掛かってくる。マムが取っているので内容は分からないが。きっとジョセフ君はいつから来れるのでしょうかと、そんなことであろう。

 ジョセフは家の冷蔵庫から五百ミリリットルのペットボトルの麦茶を取り出して、もう一度庭のウッドデッキに腰かけた。

 ――このまま学校に行かずに、掃除ばっかりしていけるのであればいいんだけどなあ。

 そんな気持ちを持っていた。

 彼女や友達は、今は欲しくない。セシルもジェームズも自分に対して興味はないだろう。

 ジョセフはペットボトルに入っていた麦茶を半分まで飲むと、それをウッドデッキに置いて、また作業を続けた。

 しかし、今度は三十分も持たなかった。何故なら、腰に負担が掛かることと、同じ作業の繰り返しだからだ。

 それに、ジョセフは虫が大の苦手だ。バッタが雑草の上にいたことで、うんざりしてしまう。

「ダメだ。ちょっと休憩」

 そう呟いて、ゴミ袋を見た。ゴミ袋は雑草が満杯に入っていて、ジョセフは軍手を外して、袋を結んだ。

 新しいゴミ袋を使おうと思うのだが、いつもゴミ袋があるある台所の棚にゴミ袋が無い。

 マジかよ……。ジョセフは軽く舌打ちをして、至る所に袋が無いか探すのだが、小さい袋はあっても、大きい袋が無い。

 ジョセフはため息をついた。

「買ってくるしかないか……」


 とはいっても、ジョセフは一度掃除をすると止まらない性格だ。

「あんたは始めるまでは動かないけど、一旦行動すると完璧にするからね」

 そう、マムに言われたことがある。

 マム自身もそんな性格らしいので、ジョセフもその血を受け継がれているのかもしれない。

 そう言えば二年前に、宿題をやらずに溜めていったことで、小学生の先生が激怒して、生徒何人か居残りをさせられたことがある。

 もちろん、ジョセフもそこに入っていた。しかも、ジョセフが一番宿題を溜め込んでいた。

 宿題を終わらせるまで、帰らせてくれない。

 当時の担任の先生はスパルタで有名であり、下校時間、最終六時まで居座らされた。

 ジョセフは最初面倒くさいなと、頬杖を突きながら漢字ドリルをやっていたのだが、ものの十分くらいから、姿勢を正し、のめり込んで、算数や社会のノートの書き写し、プリントの解答もやり続けた。

 その為、他の生徒は休憩をしていたのだが、ジョセフだけは休憩せずに、しかも集中力が衰えていないので、一つひとつ終わらせるスピードが早かった。

 雑業で職員室から戻ってきた担任の女性の先生もその光景を見て、驚いていたのだ。

「最初から、それほどの集中力があればあなたはもっと伸びるんだけどね……」

 そうジョセフの話を生徒たちとしていたのだが、ジョセフ自身はその言葉だけしか耳に入っていないくらい、異常なほど集中していたのだ。

 しかし、今回はジョセフの苦手なものが多々ありつつある、庭の手入れだ。まさかのコンビニでゴミ袋を買わなくてはいないとは。

 ジョセフはこの一週間、ほとんど外に出ることはなかった。家からコンビニまでは約三百メートル。それほど遠くはないのかもしれないが、部屋にこもることが当たり前になったジョセフにとっては結構苦痛を感じる。

 今まで見た道なのに、どこかで同じ学年の生徒がいないかなとか、それだけではなくても、他人の目線も気になっていた。

 何とかコンビニまで行くと、今度入るのにも勇気がいる。ジョセフは観察するようにコンビニを一周した。

 周りからしてみたら完全なる不審者なのだが、ジョセフはとにかく誰にも会わないよう、必死だった。

 一周してみても店内の様子は分からない。ジョセフは不安を抱えながら、ようやく自動ドアの前に立って入った。


 幸いにも店員以外の客は大人三人ほどで、何とかジョセフはゴミ袋を買うことが出来た。

 何となく、これだけでも今日は前に向いた感じがする。何となくだけど。

 しかし、家に帰るときに、隣に住んでいる老婆のダーナに見つかった。

「おや、ジョセフ。学校をサボってって何やってんだい?」

 その声を聞いた瞬間、心臓が止まるほどにビクッと衝撃が走った。

 ジョセフは見ると、鼻が高い特徴のダーナは自宅の庭から顔をのぞかせていた。

「そんなに驚くことないじゃろう。どこ行ってたんじゃ?」

「いや、そこのコンビニだけど……」

 ジョセフは、今自分はどんな表情なのか確認したいほど、虚勢を張っていた。

「その袋はゴミ袋かい?」

「ああ、そうだよ」

「やっぱりのう。さっき庭の草むしりをしてたじゃなかろう」

 そう言われて、ジョセフはしばし躊躇しながら言った。

「ああ」

「学校サボって、草むしりかい」

「関係ないだろう」

「まあ、いい。あたしゃはあんたに頼みがあるんじゃ……。明日、ウチの庭の草むしりをしてくれないかのう?」

「明日?」

 ジョセフは両肩を上げて、眉をしかめていった。

「そうじゃ。ウチは誰もいないから、庭の草がぼうぼうに生えてきて、困ってるんじゃ」

 何だよ、早く帰りたいのに……。ジョセフはこの話でさえも心の中は嫌な気持ちでいっぱいだった。

「……分かったよ」

「明日、夕方の方がいいじゃろう。学校があるんじゃから……」

「いいや、今は行ってないんだ」

 ジョセフは正直に口にした。

「行ってない? どうしてだい。あの子は何て言ってるんだい?」

 あの子――マムのことだ。

「お母さんは、掃除をしてくれたら登校しなくてもいいって言ったんだ。別に訳を聞かなくてもいいだろう。庭掃除するんだから」

 少々怪訝な顔つきを見せるジョセフに、ダーナはそれ以上突っ込むことはなかった。

「まあ、明日掃除してくれたら何も言わないよ。十時、いいかね?」

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