第4話 セシルへの気持ち2

 ジョセフは家に帰ると、手洗いをした後に洗面台の鏡をチェックしていた。

「こんな俺でも、モテるかな……」

 そう呟く、ジョセフ。

 顔は脂ぎっていて、ニキビだらけ。身体が熱くなったらすぐに顔が赤くなるくらい血色がいい。目は脂肪によって自然と細くなっている。

 セシルのことを考えると、胸が高鳴っている。ジェームズも自分を推してくれている。

 学校では年頃の男女たちが、それぞれ彼氏彼女との関係を作っていく。基本学校では恋愛禁止なのだが、そんなのお構いなしだし、先生もなんだかんだ言っては、見て見ぬふりをしている。

 大体、女子と関係を結ぶ男子たちは、スポーツが出来たり、頼りがいがあったり、容姿が整っていたり、喋りが上手かったり、面白かったり……。

 ジョセフはどれも当てはまらない。すると、ジョセフは自分の体形を鏡を使って見ていた。

 この張り出たお腹……。これだったら、もしかすると頼りがいがあると思うのではないのか。何故なら太っているイコール女性守れる頑丈な兵士のようなものじゃないか。

 ジョセフは鼻歌交じりにお腹をさすった。自分はセシルのように習い事なんてしていない。しかし、マンガやアニメのことなら知っている。

 セシルはどんなことを知っているのだろう。ジョセフは思い返してみた。

 そう言えば、以前、隣の席だったセシルとその女子の友達二人が話をしていた。

「セシル、今度、ライブ行こうよ」

「行こう。来月だね」

 そんなやり取りを思い出した。ライブというのは音楽のライブなのだろう。最近有名なミュージシャンのライブに二人で行くつもりだった。

 ジョセフはそのミュージシャンを、夜八時から放送する音楽番組に、テレビで歌を披露している部分を見ていた。

 ボーカルはアコースティックギターを立ちながら弾き、女性のような恰好をして派手なメイクをしている。ギターは右の方から手首まで入れ墨をしていて、舌を出している。ベースは黒いスーツを着てあまり動作をせずに黙々と指弾きをしている。ドラムは体格が筋肉質でスティックを回しながら、首を激しく上下に動かしている。

 ――こんな奴らのどこがいいのだろう。

 そして、セシルはこのバンドメンバーの誰に注目しているのだろう。

「あら、珍しいわね。あんたが音楽番組見るなんて……」

 そう言ったのは、母親のマムだった。彼女は夕方まで近所の工場で軽作業として働き、いつもこの時間に二人で食卓を囲む。

 きょとんとするマムに、ジョセフは慌ててマムを見た。

「いや、最近、音楽もいいなって……」

「いま、学校では音楽でも流行ってるの?」

「そうだよ。このミュージシャンが人気なんだ」

「へえー」

 マムもテレビを観る。マムもそのミュージシャンの詳細を知らないが、名前だけは聞いたことがある。それと、最近有名という事だけは知っている。

「私も、あなたのお父さんがギターを弾いてるところが好きだったわ。出会って初めの頃だけど……」

「お父さんが?」

 ジョセフはその事について初耳だった。

「ええ、そうよ。学生時代。バンドもやっていたらしいのよ。それで、ギター持ってたわけ。私も音楽に関しては、あんまり知ってるわけではないけど、お父さんは多分それほど上手くはなかったわ」

「音楽に上手い下手ってあるの?」

「あるわよ。アレは下手だった」そう言って、マムは買ってきた解凍してあるピザにかじりついた。「何か音がね、微妙に汚かったもの」

「お母さん、音感がいいの?」

 マムは首を振った。

「いいや、そんなことはないわ。でも、ギターの弦も先の方は切ってないし、弾き方も流暢じゃないし……。それで、歌うんだから」

「歌はどうだったの。上手かった?」

 ジョセフは食い入るように、その話に興味津々だった。

「残念だけど、あんたが思っているほど、お父さんは上手くないわよ。何ていうかな、センスが無いんだわ」

「ふーん」

 と、ジョセフはまた椅子に背にもたれた。

 マムはジョセフの父親、クリスの話になると、彼の普段のだらしなさから、ほとんど否定的になる。ジョセフは何度かクリスには会ったことがある。別にそこはマムも承諾してくれているが、クリスはジョセフを可愛がっているし、父親と息子の関係は続いている。

 いつも朗らかで、楽しそうな雰囲気だが、それが癪に障るのか。

 ジョセフは、その部分ではマムには納得できなかった。しかし、母親か父親どちらを取るかといわれれば、ジョセフは迷わず母親をとるだろう。

「お母さんは、何か趣味があったの?」

 ジョセフは聞いた。

「私は、勉強は得意だったわよ。大学も行ったし……」

 マムは勉強に関してはいつも誇らしげ言う。名門というほどではない、どちらかというと偏差値の高くない大学なのだが、マム曰く、苦労して必死に勉強したらしいので、それが趣味といったら首をかしげるものだった。

「他には?」

「他はないわよ。ただ、私もジョセフの年頃はよくテレビが好きだったわ。面白い番組があると、いっつもテレビの近くまで座ってね。特にお笑い番組が好きだったわ。それで、あんたのおばあちゃんにいつも怒られるの。“目が悪くなるわよ”ってね」

「お母さんもテレビっ子だったんだね」

「昔はね。最近のテレビは、昔とは違って華やかさが無いから。あの頃は良かったわ」

 そうしみじみ言うマムだったが、今でも華やかなテレビはあるし、楽しい番組もあるけどな……。ジョセフは徐々にマムに対して白い目で見ていた。

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