第7話 セシルへの気持ち 5

 午後の授業に入ると、ジョセフはセシルがみんなに告げ口をしていないことを機に、またセシルに対して、次の告白の機会を狙っていた。

 今のところ、セシルに想いを告げたことによって、彼女が男子生徒に誰が一番関心あるのかランキングは、当然自分が一位だろう。

 そして、その一位であるがゆえに、更に行動すれば、もしかしたらお近づきになれるんじゃないのか。

 ジョセフはたまに音楽を聴くが、アイドルの音楽の歌詞に、

“自分の想いを伝えよう”

という言葉があった。

 そうだ、想いを伝えないといけないはずだ。

 ジョセフは下手くそなペン回しをしながら、やけに上機嫌になった。


「あんた、機嫌大分戻ってきたわね」

 テレビに向かって鼻歌交じりに歌うジョセフに対して、マムは頬杖を突きながら笑った。

「何のこと、いつも機嫌は良いよ」

「いいのは良いんだけど。また部屋が散らかってるじゃない。休みなんだから、部屋の掃除したら?」

「分かってるよ。部屋に入ったの?」

 突如、鬱陶しそうな顔をジョセフは露骨に出した。

「入るわよ。だって汚いんだもん。前から入って片付けたじゃない」

「もう入んないでよ。僕はちゃんと片付けるから」

「はい、分かりました」


 部屋に戻ると、ジョセフは顔を真っ赤にして。穴に入りたい気持ちだった。

 何故なら、ルナのポスターを壁紙に貼っているのだ。

 普通の服装ならともかく、水着姿だ。マムはこれを見てどう思ったのだろうか。

 ジョセフは恥ずかしさもあるが、同時に怒りも覚えていた。

 ――片付ける前に、一言言ってくれたらいいのに。それだったら、自分が片付けるのに!

 ジョセフは床に座ってパソコンを開いていたのだが、その事を考えたら思わず貧乏ゆすりをする。

 ジョセフがインターネットで検索していたのは、どうしたら女性を落とせるのかというものだった。

 女性というものは警戒心が強く、いきなり話しかけられたら、怖くなるものです。なので、ナンパをするにも、色んな手口が必要です。

 ほう、なるほど。

 それに、知り合っても、マメに連絡を取り合ってください。女性は好きな人に対しては不安になりがちです。

 ほう、なるほど。

 その他にも、色々と書いてあったのだが、女性のことを何も知らなかったジョセフにとっては、全てが参考になるようなものだった。

 そうか、あの時はセシルに対して急に後ろから話しかけたから、警戒心が生んで、咄嗟に断られたのか。

 パーソナルスペースというものが女性は強いのだ。つまり、セシルの目の視界が自分という姿を見せてから告白していたのなら、上手くいっていたのではないのか。

 ジョセフはひらめいたように、また鼻歌を歌っていた。それはセシルが好きなバンドの楽曲だった。


 一週間がたち、ジョセフは隙があれば、またセシルに声を掛けることを試みていた。あの苦い思い出は、セシルは心の中で蓋をしているみたいだ。いや、もしかしたら自分に対して意識をしている。または声を掛けてくれるのを待っているのかもしれない。そんな気持ちにジョセフは浸っていた。

 それに、その音沙汰もない平穏な一週間だったからこそ、ジョセフはネガティブな気持ちから、ポジティブな気持ちに変化したのも無理はない。

 次こそは失敗しないように、どんな言葉でも対応できるように街情報も調べてみた。

 例えば、駅前の喫茶店。あそこは人気がある。高校生たちが良く行く場所だ。あんなところで二人で語り合えれば、自分たちも大人の雰囲気になれるのではないのか。そして、色っぽいセシルを落とせることが出来るのではないのか。

 考えれば考えるほど、ジョセフは舞い上がっていた。彼は、勉強は苦手で、体育も持ち前の体形から動くのが嫌いだった。

 今日は千五百メートルを何分で完走できるかという、スパルタな授業だった。陸上部や長距離走が好きな生徒以外、誰もがやりたくない。しかも、こんなほのかに夏の風がする照りつける日差しの五月でだ。

 いつもは最下位にほど近く、完走できるかどうか分からないジョセフだったが、この日はセシルの事で気持ちが高ぶっていたのもあって、男子二十人中、十三位と彼の中では早くゴールをした。

「ジョセフ君、今日はどうしたんだ。早いじゃないか」

 走り終えたジョセフに対して、丸メガネを掛けていた体育の先生は、ストップウォッチを片手で持ちながら彼に近寄った。

 ジョセフは肩で息を切らしていて、喋れる状態ではなかったので、笑顔を見せた。

 後で知ったのだが、タイムも去年の記録より一分ほど縮まっていた。やる気があればこれだけ結果に出るのかと、ジョセフ自身も驚きを隠せない。

「ジョセフ、今日は絶好調だな」

 体育の授業が終わって、校舎に戻るときに、ジェームズが隣にやってきて、互いにハイタッチをした。

「まあね、本気を出せばこんなもんだよ」

 ジョセフは白い歯を見せて笑った。

 ジェームズは、勉強はジョセフと同じくらい、出来ない部類に入れられているが、体育は持ち前の身体能力を生かして得意だった。その為、千五百メートルも三位で走り終えていた。

「ジェームズにはかなわないよ」

「大丈夫だよ。今日のお前の走りを見ていると、いつかは俺も抜かれるんじゃないかってヒヤヒヤしてるんだ」

 そう言って、あざ笑うかのようににやけていた。いつもの彼の性格だ。性格の良いふりをする発言をしては、どこかバカにするような男だ。

 ジョセフは女子が行っていた体育の場所を見ていた。女子は早めに切り上げている。自分の走りをセシルは見てくれていたのだろうか。あまりにも走りに集中していて、そんなことを考える余地がなかった。


「痛っ」

 ジョセフは頑張って走っていたので、その痛みが昼の授業で露わになっていた。

 両足首に激痛が走っている、完全に筋肉痛だろう。

 そういえば、この前も痛かった思い出がある。この顔の頬部分にできたニキビだ。ジョセフは顔を触っていた。

 放っておいていたら、プチって切れて、血が出ていたのを覚えている。

 それに、額にできている、大量のニキビ。これを何とかしてくれって思う。

 女性は清潔感がある男性に惹かれます。逆に清潔感のない男性には興味がありません。

 インターネットに書かれてあったコラムでは、そんなことが書かれてあった。

 ――とはいえ、このニキビは治せないだろう。

 ジェームズもニキビだらけだ。それにスポーツをやっている男子もニキビが多い。

 中学男子でニキビ一つも出来ず、きれいな肌を保っている人物はいるのだろうか。

 ジョセフは、そのコラムに対してそれは無いんじゃないと、反抗心を燃やしていた。

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