第6話 セシルへの気持ち 4

「どうしたの? 元気ないじゃない」

 いつもの夜ご飯の時間になり、マムは食卓でジョセフがだんまりと、夕食のオムレツを口に入れるのを見て、心配して声を掛けた。

「別に」

 そう不貞腐れながら言って、ジョセフはテレビの方に顔を向けていた。テレビの画面では、お笑い芸人たちが、女性芸人に対して面白おかしく笑いを取っている。

 何で自分はこうやって、女性と楽しく喋れないのだろうか。

 そんなこと考えると、表情はかたくなになっていく。

「学校で、何かあったの? 虐められてるのならお母さんに言ってね」

 優しく諭すマムはジョセフの顔の表情から、しばらく読み取ろうとしていた。

「そんなんじゃない」

「じゃあ、何か悩み事があるの?」

「別に」

 会話はそれ以上続かなかった。誰にでも喋りたくない時もある。マムも工場での人間関係に骨を折るときもある。その愚痴を誰にも相談できないし、また、彼女も一人で悩みを抱え込むタイプだ。

 多分、頑固なジョセフだから、自分と似て一人で抱えてこんでしまいたい時なのだろう。

 マムはそれ以上、彼に喋りかけることはなかったが、ジョセフが気になって仕方がなかった。


 どんな顔でセシルと会えばいいのだろう。

 完全に振られたとジョセフはショックを受けていたが、もしかしたらピアノのレッスンが楽しくなく悩んでいて、ただの彼女の気分にとばっちりを受けたのだけかもしれない。

 そう考えこんでいた時は、夜、目が覚めてそれから眠れなくて、考え込んだ答えだった。

 明日、会えればもしかしたらセシルから、昨日はごめんと謝ってくれるかもしれない。

 いや、寧ろ、明日は誰に対してでも元気がないセシルの方がいいかもしれない。

 そのほうが、自分の責任ではなく、ピアノのレッスンのせいになるから。

 その思案を明日の登校まで考えていた。

 朝もマムとは会話が無かった。ジョセフは朝には弱い。どちらにしてもできるだけ誰とも会話は避けたい。

 この日は、朝のテレビも観ていなかったので、マムは心配で仕方がなかった。

 何度もその目線に気づいたジョセフは彼女と目を合わせるが、逸らすのはマムだった。

 しかし、いつもは嫌な顔を露骨に出すジョセフは、この日は無表情だった。

 ジョセフは元気のないまま自分の教室に入った。もしかしたら、入った直後、他の男子生徒からそのことでからかわれるかが心配だった。

 その為、ジョセフは席に着席してからも、疑心暗鬼でクラスの生徒たちを見まわした。

 もちろん、セシルも見た。彼女はいつものように友達たちと、彼女の机を囲んで談笑している。

 何となく、昨日とは違ってそこに見えない壁があるように、ジョセフは吐きそうなほど気分が悪かった。


「この時、私は思いました。嬉しいことだと。それから窓を開けて……。ジョセフ」

 国語の授業で、歩きながら音読をしている担任の先生サラは、机の上でよだれを垂らして眠っているジョセフの名前を呼んだ。

 ジョセフは昨日眠れなかったことで、一気に睡魔が襲って来て、いつしか眠りについていた。

「ジョセフ、起きなさい!」

 教室に響き渡る怒号が鳴り響いて、ジョセフは何事かとようやく目が覚めた。クラスに笑い声が響き渡る。

「まだ、午前中よ。どうしたの。気分悪いの?」

 先生はジョセフを心配していて、彼の顔に近づける。

「だ、大丈夫です。すみません、ちょっとうっかりして……」

「まあ、居眠りは厳禁よ。気をつけなさい」

 先生はそう言って、また音読を続けた。

 ジョセフは周りを見渡した。みんなが自分のことを笑っている。セシルも一瞬こちらを見ていたが、また自分の教科書の方に目線を戻した。

 確かに、ちょっと笑ってたよな……。

 ジョセフは先生に怒られたのは嫌だったことなのに、セシルが自分に対して興味を持っていることに嬉しくなっていた。


「ジョセフ、夜更かしでもしていたのかよ」

 そう言ったのは、友達のジェームズだった。

 昼休み、ジョセフはジェームズと一緒に自分たちの弁当を食べている。今日はジョセフの机で、二人で向かい合って食べている。

「まあ、面白いゲームを気が付けば二時頃までやってしまって……」

「ハハハ。でも、先生心配してたな。ジョセフあんまり居眠りしないからな」

 そう言われて、ジョセフは苦笑した。

 もちろん、ゲームしていたなんて嘘である。確かに昨日は十二時までゲームをしていた。それはあのセシルに断られたことを記憶から消したかったからだ。

 ジョセフはセシルの方向を見た。

 彼女は場所を移動していて、友達の机で弁当を食べている。楽しい話をしているのだろう、笑っている。

 その視線をジェームズは感じていた。

「やっぱりいいよなセシルは。美人だからな」

「え?」

 ジョセフは慌てて視線をジェームズに戻す。

「お前もセシルが好きなのか?」

 そう言われて、一瞬話した方がいいかと思ったが、首を横に振った。

「いや、まあ」

「どっちなんだよ。でも、セシルはああいう、お嬢様系だから、結構気が強いという噂もあるぜ」

 ジェームズはセシルに聞こえないように小声になった。

「そうなのか?」

 何となく分かっているジョセフだったが一応聞いた。

「ああ、今から一か月前に、別のクラスの男子が告白したんだが、凄く冷たくされたっていう噂があるぜ」

「へえ、そうなのか」

「だから、変に告白をしない方がいい。まあ、興味のないお前に言うのもおかしな話だがな」

 そう言って、ジェームズは弁当を食べ終わって、弁当箱を布の袋の中に入れた。

「まあ、気が変わったんなら俺に言ってくれ」

 そう言い残して、彼は自分の弁当箱と水筒を手に取り立ち上がった。

 ジョセフも食べ終えて、片付けていたのだが、表情は思わず笑みがこぼれた、

 ――自分よりも先に告白をした男子がいるのか。という事は、もしかしたらセシルは昨日のことなんてあんまり気にしていないのかもしれない。

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