第32話 ひそかなやり取り 10

「今日はどんな感じ?」

 マムは何も言わないジョセフにしばらく伺っていたのだが、コミュニケーションの一環として言ってみた。

 しばらく、何も返答がなかったので、ああ、今日も気分が落ち込んでいるのだろうと、マムはそれ以上言わずに、椅子の上で、足を組んで黙ってテレビを観ていた。

「……お母さんは、今まで苦労してきたことっていっぱいある」

「え……」

 マムは観ていたテレビからスライドして、ジョセフの顔を見た。

「そりゃあ、いっぱいあるわよ。これでも四十も生きてるから。今の仕事もそうだし、色々とあるわよ」

「苦労するって辛いよね」

 ジョセフはマムの顔を見ずに、半分涙声で皿を見つめていた。

「辛いわよ、そりゃあ。でも、それが人生みたいなもんだから。その途中に、楽しいことがあったりするから、何とかやれるんだけどね。例えば、私はジョセフが頑張ってるから頑張ろうって……」

「ふーん」

 ジョセフはマムに聞くのが間違っていたと思っていた。

 ジョセフとしては失恋の気持ちを分かって欲しかったのだが、しかし、ジョセフが失恋したのかも知らないマムにとっては、そこを聞き出せるには難があった。

「何、何か悩み事?」

「うーん」

 ジョセフは曖昧な返事をして、彼女から何も話せないよう、遠ざけていた。


 それから、ジョセフは落ち込みながらも学校には登校していた。ここで不登校になってしまったら、もう自分は戻れないんじゃないかと思っていた。

 帰りには、商店街の書店の隣にあるゲームセンターに立ち寄っていた。ジョセフはゲームセンターには今まで何回か行ったことがある。それは、ジェームズと一緒に格闘ゲームにはまっていた時だった。

 格闘ゲームはジェームズの方が達観しており、始まると同時に瞬殺で負けてしまう。その為、後半は彼一人でコンピューターと対決している。それを見ながら、クレーンゲームや太鼓のゲームをするのだが、時間が中々潰せないほど、ジェームズの格闘ゲームはラストのボスを倒すまで待っていたのだ。

 お金は使うし、時間も待たなくてはいけないことから、あんまりいい思い出もないこのゲームセンター。

 学校から徒歩で十分からに十分ほどなので、道草で中学生や高校生が制服姿で立ち寄っている。何度も先生達が帰りに道草しないようにと言われているのだが、そんなことはお構いなしである。

 ジョセフは中に入ると、予想通り、中学生や高校生が何人かいた。同じ学年の女子らもいるが、そんなことどうでもよかった。今のジョセフは失恋を忘れさせる何かを打ち込みたかった。

 太鼓の音を出すリズムゲームに最近はハマっている。別に上手くなりたいわけではないのだが、ここ一週間ほど下校時間にやっていることもあって、見る見るうちに上達していく。

 今日は珍しく空いていた。ジョセフは真っ先にお金を入れて、人目を気にせず打ち込んでいく。

 いつからだろう。人目を気にしなくなったのは。そうだ、あの清掃業務をしてから、徐庶に自分は変わっていった。それは自信につながったのかもしれない。

 力強く、叩くジョセフ。太鼓のバチが折れるのではないかというくらいで、なおかつ俊敏である。同じ中学の女子が驚きを隠せないほど、正確なリズムを刻んでいる画面を見入っていた。

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