第31話 ひそかなやり取り 9

「あんた、本当に明るい日もあれば、暗い日もあるね」

 マムはジョセフがテレビも観ずに、黙々と食べ物を口に運んでいる姿を見て言った。

「うるさいな。今日はお母さんと喋る気持ちが無いんだよ」

 そう突き放すジョセフに対し、もしかしたら、自分がジョセフに何かいらないことを言ってしまったのではないのかと、マムは不安になった。

 この前、クリスと会った時に、ジョセフは父親なんていらないよと言ったが、もしや、本当は父親が欲しかったんじゃないのか。

 いや、今日同級生に片親しかいないことをいじられて、それで自分はどうしていないのだろうと落ち込んでいるのではないのか。

 そして、その矛先が自分なのだろうとしたら……。

「ジョセフ、何か悩み事があるんだったら、いつでもお母さんに言ってね」マムはニコッと笑った。

「そういう意味じゃなくて。ちょっと黙ってくれる」

 ジョセフは明らかに嫌な顔を露骨に出しだ。

 マムは長年彼と接している勘で、良かった! ジョセフに嫌われているのではないんだなと悟った。

 それによって、これ以上、マムはジョセフに対して投げかける事はなかった。


「何だ、最近元気ないじゃないか」

 休憩時間、ジェームズはジョセフの席まで行って言った。そこには好奇心旺盛で、目がクリクリのノアもいる。

「何だよ。藪から棒に」

 ジョセフは無理に笑顔を作った。

「だって、昨日もそうだけど、どこにも動いていないじゃないか」

「モアイ像みたいになってるぜ」

 そう、ノアが言ってくる。

「別に、そんなんじゃないよ」

「アレか、今頃セシルに想いを更けているのか」

 そう言って、ジェームズはニタニタ笑う。

「うるさいな。セシルとは連絡も取ってないよ」

「じゃあ、アレか。ルナに告白したのか?」

「都会のアイドルに告白できるわけがないだろう。それに、告白したところで誰だよこいつって思うだろ」

 ジョセフは頬杖をついていた。

 と、その時、ポケットに入れてあった、スマートフォンのバイブレーションが鳴った。

「何だ、つまんねえの。おい、行こうぜ」

 ジェームズはノアに行って、彼らは教室を出て行った。

 ジョセフは何だろうと、徐にポケットからスマートフォンを取り出した。

 そこには、ソフィアからの返信だった。

 一週間後の返信に、ジョセフは思わずその画面を消して、周りを確認すると、心が躍って教室を出た。


 ジョセフは高鳴る気持ちが抑えられずに、トイレに駆け寄って便座に座ってから、ソフィアから送られたメッセージを確認した。

 だかしかし、その文章はジョセフが思い描いていたものとは違っていた。

「ジョセフ、今までお喋りしてくれてありがとう。あたしに取ってジョセフは大切な友達でした。もう、話すことが出来ないと思うから、ここで最後にしようと思う。今までありがとう。さようなら」

 その文章を見た時に、思わず、どうして? と、送りたくなったが、送る気持ちも失せるくらいジョセフは思わず口を閉ざすことも忘れていた。

 そこで、学校のチャイムが鳴った。


 ジョセフはその日から、背中に誰かを背負っているんじゃないかと思うくらい、全身が重く感じた。

 ジョセフ自身、ソフィアと恋愛が出来る夢を見ていた。実際に以前夢にも出てきた。背は百七十センチのジョセフよりも、十センチくらい低く、目はぱっちりしていて、鼻筋も通っていて、笑った時に白い歯を見せる。

 そんな優しさに包まれた彼女だった。セシルよりも姿は美人じゃなくても、心が素敵な女性に見えた。しかし、ハッキリとした顔が分からない。そんな夢だった。

 そんな夢に出てきた――彼女がサヨナラを告げられた。

 結局、ジョセフは自分で燃え上がっていたのだと、失恋していた。

 その日は、誰とも喋りたくなかった。笑顔を見せるのがやっとだった。

 家に帰ると、すぐさまジョセフは引きこもった。

 ソフィアとのラインを見返す。

 ……この、大切な友達でした。というのはどういう意味なのだろう。友達というアングルは少なくとも、嫌われてはないよな。

 でした。という事は、嫌いになったという事なのだろうか。

 ジョセフはまたそれまでやり取りしていた会話の内容を、過去に戻る為に指でスライドしていた。

 ……話すことが出来ないとはどういう意味なんだ。出来ないというのは、ラインでは繋がれないという事か?

 その時、ジョセフはウィリアムの言葉を思い出した。

 ――今の子は、何股もする……。

 そうだ、多分本命の彼氏がいるのだ。そこで、彼氏は二人がやり取りをしているところを見た。ラインの記録を見ればわかるだろう。そして、この話をさせるようソフィアに説得した。

 いや、その説得もいらない。危なくなったら、ソフィアはそういった別れを切り出せばいいのだから。

 ジョセフは一気に視界が暗くなった気分だった。結局は自分とただの暇つぶしだったのだろう。

 悔しかった。でも冷静に考えれば、二か月ラインで会話をしただけであり、告白の想いを伝えたわけでもない。でも、二か月も話をしていたら、それなりに異性として意識はするのではないだろうか。

 それとも、他の誰かともラインをしていたのか。例えば本命が自分ともう一人の男子がいたとしよう。その男子がソフィアに何かしら告白した。

 もちろん、ソフィアは狙っていた人物の一人だったので、オッケーを出した。

 すると、その後に、自分がラインを送っても、いや、送って返そうとしたことに躊躇したのではないだろうか。

 返してやり取りをしてしまったのなら、関係性が続けてしまう。そうなると、こっちはまだ異性として可能税はあると勘違いする。

 その為、突き放すように、諦めてもらうような言葉を送ったのではないのだろうか。

 ここまで考えて、ジョセフはもう一度ため息を漏らした。

 ――あの時、会っていれば、もしかしたら違っていたのかな……。

 ジョセフは涙を溜めながら、椅子に座り、両腕で顔を伏せながら、泣き続けた。

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