第14話 掃除への取り組み 4

「本当にお前さんは、丁寧だね」

 ダーナはジョセフが行っている作業を見て、手を叩いて喜んでいた。

「まあ、昨日で慣れてるからね」

 と、笑顔を見せるジョセフだが、今日朝起きて腰が痛かった。もちろんぎっくり腰をやったわけではなく、単に運動不足の突然の疲労によってだ。

 部屋にあった冷シップを腰部分に貼って、約束通りダーナ宅に十時に訪問して、作業をしたのだ。

 ダーナはジョセフを迎えた後、草むしりをさせる前に、家に上がってもらおうとしていた。しかし、草むしりに燃えているのと、早く帰りたいジョセフは、それを断って、ダーナの掃除用具を借りて、長袖の服をめくって気合十分で、取り掛かっていた。

 鎌を使って、伸びている雑草を取り払っていく。昨日と同じ感じだった。

 しかし、どうしても腰に負担が掛かっていたようで、小一時間は耐えていたのだが、ジョセフはその場に転げ落ちて、

「いたたたた」

 と、うつ伏せで腰をさすっていた。

「大丈夫かい?」

 後ろからダーナが心配そうに駆け寄る。

「ハハハ、日頃運動不足だったから。ちょっと休めば大丈夫……。いたたたた」

「本当に大丈夫かい? 救急車呼ぼうか?」

 救急車なんて呼んだら、中学の生徒たちにも広がってしまう。

「いや、大丈夫だよ。ちょっと居間で休めば……」


「どうなるかと思ったよ。お前さんが倒れた時は本当に」

 そう言って、ダーナは湯呑に入ってある緑茶を啜った。

「だから、大丈夫って言ったでしょ。こんなに健康なんだから」

 そう言って、ジョセフは自慢の膨らんだお腹をさすった。

 二人は居間ある机を向かい合って座った。彼女の家の作りは日本家屋であり、クーラーも付けず、戸や窓は全開にしてある。縁側にある風鈴が夏を色づかせた。

「ジョセフはアレかい? このまま学校に行かずにいくのかい?」

 まあ、居間でお茶をすると、この話になるだろうなとジョセフは思っていたので、予感はしていたが、気分が動揺する。

「……行くよ」

「え?」

 ダーナはジョセフが小声で言ったので、もう一度聞き返した。

「今は行けない。でも、いつかは行くと思う」

「どうして行けなくなったんだい?」

 そう言われて、ジョセフは何も答えられなかった。

「まあ、私も別に学校に行けと言ってるわけじゃないよ。やっぱり、勉強しないと社会に通用しなくなるからね」

「分かってるよ。でも、僕が元々やらかしたことなんだ。その答えは僕にあるし、僕が決意しないと動かない」

 ジョセフはダーナと目を合わさずに、独り言のように言った。

「まあ、誰だって、それぞれの事情があるからね」

 ダーナはもう一口お茶を啜った。

「それよりも、自宅のお庭キレイになったじゃない。あたしも見直したわ」

 すると、ジョセフは目を疑った。

「庭、見たの?」

「ああ、脚立を使って、どうなったかなって見たよ。キレイになってたじゃないか」

「まあね。アレくらい、一日あればキレイにできるよ」

「それを、ネットで共有して商売でもしたらどうだい?」

「ネットか……」

「あたしもそっちの方は分からないけど、息子はアイティ起業してるから。ネットに詳しいんじゃ」

「へえ、そうなの」

「娘も、自営業やってるからね」

「自営業って。自分で企業を起こすんだよね」

 ジョセフは目を輝かせて前のめりになった。

「自営業に興味があるのかい?」

「まあ、普通のサラリーマンにはあんまりなりたくないから」

 ジョセフはようやくダーナが淹れてくれた、緑茶が入ってある湯呑に手を付けた。

「自営業は成功したら、お金持ちじゃ」

「掃除で!」

「そう、掃除をし回ったらいいじゃないか。今の時代、結構部屋が汚い人たちが多いんじゃないかい。忙しいからね。毎日」

 そうか! その方法があるな。と、ジョセフは湯呑に入ってあるお茶を啜った。

「分かった。ダーナ、僕、色んな所に掃除しに行ってお金持ちになるよ!」


 ジョセフは腰を配慮しながら、何とか夕方にはダーナ宅の草むしりを終えた。

「終わったかい。お、キレイじゃないか」

 ダーナはその光景を見て、嬉しそうに目を輝かせている。

「まあね。今日は昨日よりも時間が掛かったけど……」

「ウチもあんたんとこの家も雑草でぼうぼうだったからね。本当に助かるわ」

 そう言って、ダーナは冷たい麦茶が入ったグラスを持ってきた。

「暑かっただろう。お茶だよ」

「ありがとう」

 そう言って、ジョセフは麦茶を一気に飲み干した。

 思わず、あーという声を漏らす。

「あと、これは手伝ってくれたお礼という事で」

 ダーナは茶封筒をジョセフに渡した。

「これは?」

 ジョセフは封筒の中身を確認する。そこには一万円札が入っていた。

「こんなものもらえないよ」

 ジョセフは封筒ごとダーナに返そうとしたのだが、

「いいんだよ。受け取んな。私はあんたがこんな立派に掃除してくれて、本当に助かってるんだよ。それに、これから掃除してお金を稼ぐんだろう。頑張んな」

 そう言って、もう一度封筒はジョセフの手に渡った。

 ジョセフはしばし考え込んでいた。

「……分かったよ、ダーナ。僕人々が困っている掃除をキレイにしようと思う」

「そうだ。その意気だ。親に迷惑かけんじゃないよ」

 そうダーナに背中を押されて、ジョセフは決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る