第33話

 朝食の準備を行いながら自身の解析データーを開いていた。寝不足で脳にダメージが蓄積している。【依存】、【補修】、【補再】を使用し傷を修復する。特定の元素が重要のようで脳の中を重点的に隅々まで回す。酸素……なのかもしれない。

 芋を蒸かし繊維を取り除き、僅かに発芽したラーロの実を煮て細かく刻み潰して泥状にする。二つを混ぜ合わせラロッツァとその先にある水蜜糖の製造を開始する。

「わっなんだこれ」

 ガキ共を繭で包んだのを忘れていた。

「お母さんのニオイがする」

「あっほんとだ。ねーちゃんのニオイがする」

 いや、繭にオレのニオイは仕込んでねーよ。そうは考えたが、繭を構成する糸はオレの髪の毛を元にしている。ニオイも再現しているのかもしれない。


 テントの中へ入り繭を解除する。

「ほらっ。起きな。顔を洗って歯磨き、軽い運動をしたら朝食だ」

「はーい」

 テントを買って良かった。ぐっすり眠れたようで、時雨の頭に口付けをする。シャガルが視線を逸らしたのでシャガルの頭にも口付けする。


 二人が出て行ったテントの中で天井に夜光蝶を見つけた。

 夜光蝶は夜の内に星の明かりを一定以上貯めると発光する蝶だ。解析データー状でもそれは確認してある。

 僅かに発光しており、一定以上の星明かりをため込むと瞬くように光を強める。

 聖水が通う森を好むので人里で共生関係にもある。要は明かりの代用品だ。

 火と違い燃えないのが良いらしい。だが明かりとしてはあまり優秀ではなく、蝶との距離が近くでなければならないし、強く発光するのは数秒程度で継続的ではない。反対に語れば断続的だ。


 まぁそれを踏まえた上で魔術【光蝶】を作成してみた。

 継続的に故郷にあった月明かりの光源を再現し発光する蝶だ。悪くない。昨日の【玉繭】は、あれはさすがに魔術としてはひどすぎる。適当に作り過ぎた。

 あれだけ適当を語っておきながら、ニーナを前にオレも平静ではなかったのだろう。

 脳のダメージが無くなると急に正気に戻る。

 【光蝶】が八匹も飛び立つと、テントの中は十二分に明るかった。月明りの光源を再現するのに手間取ったぐらいだ。

 ミヤマカラスアゲハを再現した蝶だ。

 この蝶は母が好きだった――オレの母親ってどんな人だったっけ。


 子供達が戻って来たので水分を取らせて軽く運動をする。

 子供は発想が柔軟だし慣れるのも早い。猫の扱いにも慣れ始めていた。

 ストレッチの後、軽く稽古――長い棒と鉈を逆刃に持ち、武器化した猫を使用している二人と向かい合い打ち合った。やっぱりまだ子供だ。偽物のオレでもまだ鍛えてあげられる。


 二人とも楽しみ始めている。オレの体に攻撃を当てるゲームをしているとでも考えているのだろうか。どうすればオレに攻撃が届くのか工夫をはじめていた。

 でもまだまだだ。まだまだやはり子供だ。

 何度も二人の頭に軽く棒を押し当ててマウントをとった。


 最後は二人とも犬みたいに唸り悔しがり、二人で戦わせると時雨が勝り、水浴び中もこちらを睨み、朝食のラロッツァをかき込んでは唸り、デコピンをすると拗ねた。

 時雨の髪は魔力が通いはじめ紫色になりつつある。上手に制御できないと【触覚】は地獄だ。

 シャガルは魔力の運用がまだ上手じゃない。


 コイツ等朝から良く食べる。ラロッツァは旨いから仕方ないが。

「ねぇちゃんってまだ寝てんの?」

「そのうち起きるだろ」

「だらしねーな」

「色々大変なんだ。シャガル。ねぇちゃんは大切にしないとダメだ」

「あんなの‼ うーん。よくわかんないけどねーちゃんがそう言うならそうする」

「納得できるようになってからでいいよ。無理なら我慢するな」

 シャガルの頭を手の平で撫でると、シャガルはわかったと返事をした。


 朝食を終えたら二人を寝かせてお腹に手を当てる。回路に魔力を流し巡りを二人に認識させる。食べてすぐ寝るのはあまり良くないかもしれないけれど。

「シャガル。お前はまだ魔力を良く認識できていない。ちゃんと巡らせて戦いなさい」

「ねみー……」

 時雨……は寝てやがる。

 誰か近づいてくるので警戒だけはしておく。

「失礼するよ」

 テントに顔を覗かせたのは昨日の……確か猟兵団銀のキバの男。

「あれぇ? ニーナちゃんいるかな?」

「ニーナはちょっと出かけている」

「そうなの? まぁいいや。ねぇねぇ君のなっ」


 時雨が起き上がり武器化した猫の槍を男に差し向けようとしたので手で反らす。男が驚いて尻もちをついてしまった。

「時雨。やめな」

 結構早かった。時雨の動き。ためらいが無い分たちが悪い。寸止めだったよな。

「サレ‼」

「こっこのクソガキ‼」

「なんだコイツ」

 子供達二人が大人に対して辛辣すぎる。

「ねぇちゃんは別にいいけどねーちゃんに手を出したらゆるさねーぞ」


 ねーちゃんてオレか。オレはそもそも姉ではない。起き上がったシャガルの頭に手を乗せてポンポンする。

「は? きもちわりぃな」

 立ち上がり男に手を差し出して立ち上がらせる。

「悪かった。ニーナは今はいない」

「そうかよ‼ ちっ。これだからガキは嫌いなんだよ」


 男って若い時はみんなこんなものなのかもしれない。変なプライドを持ち妙に拗らせている。ソースはオレだ。

 素直になれず高いプライドがある。少なくともオレは今も変なプライドがあり拗らせている。本気になるまで時間もかかる。

「ほらっ横になれ。魔力の流れを感じながら寝ろ」

「うぇーい」

「ナデナデしろ」

 このクソガキ共。ついでに身なりを整えさせる。伸びきて来た髪を整え爪を切る。

 筋肉疲労を魔術で回復させるのには難色がある。自然回復力が落ちる可能性があるからだ。ここはどうしても弄りにくい。超回復による体の成長にも影響はあるしね。


 お昼前になるとニーナが起きあがりテントへ入って来たので、ラロッツァを温め直し早めに昼食。まだ眠いのか膝の上に乗りもたれかかってくる。解析データー状では脳のダメージを認識したので魔術で改善しておく。ついでに【依存】で脳をリラックスさせる。

「我が姉ながらだらしない」

「お母さん……?」

「ムスっとするな」


 時雨の頭を撫で、ラロッツァをもちゃもちゃする。

 このラロッツァ。お粥みたいな料理は。ダイラタンシー効果なのか若干のモチモチ感が堪らない。

「ところでお前、さっきあの男が来たぞ」

「……なに? あの男って」

「ほらっ、昨日お前がギルドで談笑していた男だ」

「あぁキースね。なんだって?」

「お前はいるかってさ」

「なんて答えたの?」

「今はいないと答えた」

「あははっ」

 顎下に通る指。撫でられている。


 何を笑っている。

「お前はあぁいう男が好みなのかよ」

 頬をナデナデしてくるな。

「なによ。別にいいでしょ。あんたってほんと……こうしてみると、ふふふっもう……ちょっと笑っちゃうじゃない」

 ニヤニヤするな。

 いてててっ。時雨に脇をつねられて痛かった。お前を見捨てたり見放したりしないから安心しろよと頭を撫で唇を寄せる。

「なんか本当にお母さんみたいよねぇ。ぷっなにその顔」

「本当にお母さんだよ‼」

「はいはい」

 ニーナのその言葉に、変な顔をするしかなかった。


 テントを畳み背負い午後からはギルドへ。

「だーら朝から来なさいって言ってるじゃないですか⁉ 職務怠慢ですよ‼」

「銀のキバはどうした? 銀のキバは」

「昨日ついたあかりですし……そんなすぐ? 依頼なんかうけないっていうか? へへっへへへへへ……」

 あかりですしってなんだ。なぜそんな歯切れが悪い。

「二日酔いで全員グロッキーか」

「全員じゃらいです‼ ちゃんと起きて依頼を受けてくれてあす‼」 

「お前目の下にクマあるじゃないか」

「うっ……」


 眼鏡は渋い顔をした後、顔が赤くなっていく。

「まさか」

「何想像してるんですか⁉ 違いますよ‼ ただ……私の部屋って壁が薄いから」

「あーなるほどね」

「娼婦をギルドの宿に呼ぶなんて思わないじゃないですか。まさか複数でするなんて思わいじゃないですか……まさかあんなうるさいとは思わないじゃないですか」

「地獄だな」

「そんな事より今日も境会から依頼が来てあす‼ 慰問です‼ 140チークですよ‼」

「わかった。受けるよ。受けるから落ち着けよ」

「あっ‼ ニーナちゃん‼」


 キースだっけ。キースがニーナを見つけて駆け寄って来る。

「あらキース。朝から元気ね」

 ニーナの行動というのかモーションと捉えれば良いのか、それらの動作を演劇みたいだと感じてしまった。

「昨日はどうして急にいなくなっちゃったんだよ」

「キースがあんまり褒めるから……恥ずかしくなっちゃって」


 なんだその言い訳は……だがしかし他の団員が朝からグロッキーなのを考えれば根はいい奴なのかもしれない。

「急にいなくなるなんてずるいよ。しょうがないな。そうだ。今日はお詫びに一緒に依頼を受けてよ」

 ニーナはこちらをチラリと眺め、無表情を返すとニーナはにんまりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「いいわよ。一緒に依頼を受けましょう」

「君もどうだい? 君は……」

「あぁ、ダメよ。この子は境会の慰問があるから」

「へぇーそうなんだね。いい子なんだ」


 なんだこの会話は。オレは男だ。半眼でキースを睨みつける子供二人の頭を撫でる。今にも攻撃しそうで困る。なんなんだコイツ等は。コイツ等がなぜキースを威嚇するのか理解できない。オレがおかしいのか。

「俺は星四つだから討伐任務受けられるよ」

「素敵‼」


 心の中でため息を、子供二人には外壁の周回依頼と薬草採集の依頼を受けさせた。

 二人はイノシシ調達の依頼も受けたいと告げたが却下した。

「あまり街から離れるな。危険があったら街に戻る事。ゴブリンを見かけても討伐するなよ」

 文句も多かったが渋々了承させた。

「テントを預かって貰えないか?」

「……テント買ったのですか? ギルドで部屋を借りればいいのにって言いらいところですが、それが今は正解かもしれませんんんん。お預かりですね。かまいませんお‼」

 コイツ本当に大丈夫か。オレがおかしいのか。


 ギルドが信用できるかどうかはともかく眼鏡は信じても良いと考えている。

 二人を見送る――背後を通りかかったニーナが耳打ちしてきた。

「早く帰ってこないと夜遊びしちゃうから」

「無理するなよ」

「10チーク」

 わかっている。手を掴み頬に寄せてから離す。

「仲いいんだね」

「そうでもないんですよ。あの子ってちょっと……ほらっトモダチいない感じですから」

「へぇーそうなんだ」


 聞こえている。

「ちょっといいですか? シックスさん」

 境会に向かおうとしたら今度は眼鏡に呼び止められた。

「なんだよ?」

「言い忘れていたのですが、昨日も街中で殺人がありました。何か知っていることはありませんか?」

「んなもん知るか。ちなみにだが、誰が亡くなったんだ?」

「詳しくは私もわからないのですが、何でも裕福な商人の方だそうです」

「それなら余計オレには関係のない話に思えるが? 犯人は捕まってないのか?」

「……まったく関係なくはないでしょう? 貴方は外から来たのですよね? いざこざで誤って人を殺したり、情緒のもつれで殺人がおきたりするのは稀ですがあります。ですが今回は明確にそれらと異なるようです。明確に裕福な方々が狙われています」

「まったく関係なくないか。そこからなぜオレが関係あるのか理解できねーよ」

「犯人の目星の中にあなたも含まれているからですよ。よそ者ですし……ここは街ですが首都からまぁまぁ離れた場所です。こういう土地では地元民はよそ者を疑いますから。それに貴方……そのここに来る道中で村人たちの介護をしましたよね? 山賊皆殺し事件に関与しているのではと疑われています」

 まぁまぁ離れた。まぁまぁ……。まぁまぁな距離なのか。だいぶじゃないか。だいぶ離れてないか。

「山賊って殺しちゃまずいものなのかよ」

「そんな事ないですよ。盗賊はこの国においてもっとも重い罪とされる三つの行為の内の一つです。山賊は即縛り首です。殺して大丈夫です……元が、なんであれ。へへへっ生きていてすみません。ごめんなさい許してください」

「落ち着けよ」


 同じ人間なのに殺しても大丈夫だなんて。そんな事が許されていいのか目を伏せてしまう。まぁ殺したのはオレなのだが。

「ちなみに一番重い罪は?」

「国家反逆罪です」

「なるほどな。だが山賊に関してもオレはたまたま通りかかっただけだしな」

「村人は明確に貴方の姿を見ています。あと……眉唾ですが貴方が人々を癒したと言う噂もあります」

「それこそ眉唾だろ。オレにそんな力は無いよ」

「それはわかりませんが境会は貴方が聖女ではないかと疑っています」

「それこそないだろ。そもそもオレは男だ。そもそも聖女ってなんだ」

「はぁ⁉」


 そこで眼鏡が素っ頓狂な声をあげて驚いていた。そして耳打ちしてくる。

「貴方男だったんですか?」

「どうみても男だろ」

「はぁ……世の中わからないものですね。何処の世界にスカートをはいた男がいるのですか?」

「仕方ねーだろ。服がねーんだから」

「似合いすぎです。絶対おかしいです。おかしいおかしいおかしい‼」

「おかしくはねーだろ」

「パンツ見えそうです‼」

「短パンな。短パン。こういう服なんだよ」

 着ているのは眼鏡に貰ったワンピースだ。

「おかしいおかしいおかしい‼」


 いや、おかしいか。オレもおかしいと感じていた。だがまぁ、別にいいや。なんでも。

「……聖女と言うのは聖なる乙女の事です。女性の中から時代の中にたった一人生まれてくるそうです。見つけるのが本当に困難で、何処に生まれるのかも誰かもわからないそうです。だから見つからない時代が何百年と続いた時もあるそうですよ。境会では太陽の乙女と呼んでいるそうです」

「まぁ、どっちみちオレには関係なさそうだな。ちなみに近代の聖女は?」

「見つかっていません。聖女は戦乱の中で見つかる場合が多いですので」

「はははっ。戦乱にならないと見つからないなんて、とんだ聖女様だな」

「まぁ……それはそうですが。それはいいとして、くれぐれも注意してくださいよ」

「殺人鬼ね」

「ここだけの話しですが……」


 神妙な面持ちで眼鏡が耳打ちしてきた。

「昨日、その裕福な男性とニーナさんが宿に入って行ったのを見たと言う人がいます」

「……キースではなく?」

「それはわかりませんが、そう言う噂もあるって事を忘れないでください。ここだけの話ですけど……ニーナさんって二日前か三日前に殺害された男と一緒にいるのも目撃されているようなんですよ」


 石鹸のニオイと化粧をして帰って来た時の話だろう。辻褄は合っている。

「お前がオレにこれを話す理由は良く分かった」

「ギルドは山賊事件でだいぶやらかしていますから、街の方針には従わざるを得ません。自分の身はなるべく自分で守ってください」

「山賊が元猟兵って話か」

「つっ……やっぱり知っていましたね。いいですか? くれぐれも注意してくださいよ。私は守れませんからね。私は守れませんから‼ 私は守れませんからね‼」

 コイツ……。

「頑張って働いて……故郷の妹たちに仕送りしないといけないんですううううう‼ 借金が‼ 借金がああああ‼」

 あぁ、そりゃ……難だな。


 眼鏡とオレは出会って日が浅い。オレが眼鏡を信用していても、眼鏡がオレを信用しているとは考えにくい。眼鏡はつまりオレにリークする事で反応を調べているのだ。オレが関わっているのならこの話を聞いてなんらかのアクションを起こすかもしれないと。


 この国は法治国家とは言い難い。治安維持部隊もあるけれど、規律よりも伝統を守る節もある。その伝統とは村や街で脈々と続く慣習のようなものだ。そして不正をリークして得をする人間がほとんどいない。慣習とはそういうものだ。

 オレもそうだった――。

 何か思い出しそうになり思い出さなかった。

 オレもそうだったってなんだ。


 境会へ向かう――聖堂へ到着するとすぐにグレイスが顔を覗かせた。

「今日は来ないかと思っていました」

「悪い。遅くなった」

「ヘザー様の元へご案内いたします」

 グレイスは足を怪我しているようで引きずっていた。

「足、怪我したのか?」

「ドジにも少し捻ってしまいました」

「そうか……」

 ヘザーの元へ案内されると、ヘザーは歓迎してくれた。遅くなって申し訳ない旨を伝えると、受けて頂いてありがとうございますと返してくれた。今日は薄手の衣装で肌が露出している。


 ヘザーはまだ若い印象を受ける。白い肌は強調されるが、顔には傷があり、足にも傷跡が窺えた。足の傷は痛々しく線を引いている。もしかしたらヘザーはもう走れないのかもしれない。

「あぁ、今日は禊がございましたので、薄手で申し訳なく存じます」

「そうですか」

「早速で申し訳ないのですが、今日は看病をお願いしたいのです」

「看病?」

「向かいながら説明いたします」


 歩きながらヘザーの話に耳を傾けた。

 ヘザーの話しでは怪我人などを癒す癒し手が疲労になり倒れる場合があるのだそうだ。所謂魔力の使い過ぎ。その人達の看病をしなければならないのだが、癒し手の看病に癒し手を使うのは本末転倒なので世話をして欲しいとお願いされた。

「わかった」

 そう告げるとヘザーは嬉しそうに笑みを浮かべ、その笑みは優しげで朧気で母性を匂わせるように柔らかかった。


 早速禊を受けるように告げられ、着替えるようにと更衣室にも通された。看病に不潔な恰好は悪い。それは理解できる。白い服を着るよう促され着用し、聖水を浴びるように促されて聖水を浴びた。わかってはいたが冷たくて凍えるほどだった。内の魔力を高めて冷たさを相殺する。

 そのまま休憩室へ通されると広い空間に複数のベッドが並んでおり、ベッドには呻く女性達が横たわっていた。


 他人のために魔術を酷使し、寝入ってしまった女性達だと説明を受けた。

 魔力が枯渇すると貧血のような症状が現れる。

 体を拭き、聖水を飲ませるように言付けを受け、あと一人一人の要望にできる限り答えてくださりますようにとお願いされた。

 果物を剥いて差し出したり、水を与えたり、手を握り寄り添ったり。


 どの子も体の何処かに傷があり、深い過去を感じさせた。

 聖水になぜ魔力を回復する効果があるのか解析データーを開いて暇つぶしをした。

 女神の言葉は理解できないが、口に含めば何が始まり何が起こるのかは観測できる。

 どうやら聖水には魔力を吸収する効果があるようだ。むしろ聖水は魔力を取り込む性質があるので魔物にとっては痛みとなり、人は魔力が全てではないので体内に取り込むことができ、取り込むことで含まれる魔力を吸収できるようだ。


 だけれどそれだけじゃない。

 通常水だけでは拭えない化粧をこの聖水は落とす。

 それはニーナの化粧を落とせた時点で検証済みだ。

 ……村。ラーナと暮らしていた村は……ため息が漏れる。ラーナとの思い出は掛け替えのないもののはずなのに、忌諱してしまう。


 ラーナの故郷の聖石はそこまで強い効果を持ってはいなかった。

 この街の聖水ははっきり言って効果が強い。

 下水を眺めてもわかる。洗濯にもおそらく洗剤等は必要ないだろう。


 魔石(黒花石)と聖水の関係は、つまるところ魔石も聖水も魔力を吸収する性質をもっているという点ではほぼ一緒だ。魔石は魔力を吸収するので水の中にいる生物から魔力を奪い、塵のような細かい物質もあらかた魔力に分解して吸収してしまう。微生物に対しても同じ効果を持ち、微細な生物は魔力を奪われ死滅してしまう。

 だから魔石は水を浄化しているように見える。実際は魔石が魔力を吸収しているに過ぎない。


 聖水は……水自体にこの性質を与える大元が存在すると提言できる。

 これは大本を解析してみないと憶測の域をでない。それ+αがある。

 汚物を浄化し化粧を落とし、水を清らかにして生物を癒す何かがある。

 そこまでは理解できた。


 魔力枯渇の原理はタンクの中に魔力が無いので体を循環できず、それが体調に影響を与えている。

 だから聖水を飲ませお凸や背に手を添えて、ゆっくりと魔力を循環させてあげれば緩和は容易だ。この魔力枯渇という状態はかなりのストレスを体に与えるようだ。相当辛そうに感じる。吐いている子もいる。

 一人一人に循環を施すと、皆ストレスが減少し、安らかに寝息をたてるようになった。寝ている間にタンクに魔力も補充されるだろう。


 ここは聖水があるからか、空気中の魔力も豊富と感じる。すぐに改善する見込みはある。


 魔石や聖石の性質は故意に作られた現象だと考える。

 聖水はどう考えても人間専用に作られている。

 この世界の仕組みすべてが女神の絶妙なバランスで構成されているように感じる。女神にとって、この世界は小さな水槽、ビオトープのようなものなのかもしれない。

 なぜ魔物を作ったのかは女神のみぞ知ることだが、魔王もいるらしいし何か理由があるのだろうな。


 それにしてもみんな寝入ってしまったのでやる事が無い。掃除でもしとくか。埃は地味に体にとって良くない。どうもこの床の材質に慣れない。


 遠くで聞こえる喧騒とかけ離れ、ここはあまりにも穏やかだった。オレが音を立てるのすら躊躇われる。まるで層流。あまりにも……。

「シックスさん。何をしていらっしゃるのですか?」

 グレイスが声をかけてきた。オレの担当はやはりグレイスで決まりのようだ。

「掃除だ」

「そうですか。新しく疲れた方をお連れしました。手伝っていただけますか?」

「あぁ」


 疲弊した癒し手をベッドへ寝かせる。靴を脱がせ楽な姿勢に。水差しより聖水をコップに移し飲ませ、額に手を当てて魔力を循環させる。青かった顔色に赤味が差し険しかった表情が安らいでいった。

「なにを……何をしているのですか?」

 グレイスにそう問われる。

「え? あぁ。魔力が枯渇しているから聖水を与えて魔力を循環させただけだ」

「そのような治療法があるのですか?」

「治療法と言うほどでもない」

「私に試して頂いてよろしいですか?」

「あぁ? あぁ別にかまわない。触れるけどかまわないか?」

「かまいません」


 肩に触れて魔力を通す――コイツ、グレイス、コイツ、人間じゃない。いや、人間、か。魔力の形が人間より濃密だ。形がおかしい。魔力を込めると形が変わるようにできている。

 狼……を思わせるような形をしている。足の傷は刃物の傷だ。コイツ……。

 グレイスの解析データーを開く。


 魔物化の魔術が体に施されている。事情は把握できないが、確かに魔物化の魔術が施されている。なぜ魔物化と理解できるのかと問われれば、半獣化の魔術に似ているからだ。

 魔物の種類は判別できないが狼系の魔物に変化できる。

「これは、うん、すごい。良いですね。今、ヘザー様をお連れします」


 なぜヘザーを連れて来る。そう問う前にグレイスは部屋を後にしてしまった。これくらいなら誰でもできるだろうに。

 やがてヘザーが戸を開き、視線が合うと説明を求められた。

「では誰にでもできると?」

「誰にでもできることだ」

「貴方は魔術師なのですね」

「齧った程度には」

「やり方を教えていただけますか?」

「言っとくがこれは患者を楽にするためのものであって酷使するためのものじゃない」

「……わかっております」


 ヘザーをベッドへ座らせ肩に手をおき魔力を循環させる。

「魔力枯渇には聖水を飲ませ、魔力を循環させることで対応できます」

「……わかります。まさかこのようなやり方があるとは。これは誰にでもできるのですか?」

「魔力を認識できる人間であれば誰にでも可能です。ある程度の魔力コントロールは必要ですが」

「なるほど……これは良いですね。良いです。このような方法を与え下さりありがとうございます。グレイス……には可能ではないですね。癒し手を一人連れて来てください」


 グレイスには可能ではないか。グレイスの事情について理解はしているのだろう。

「シックスさん。貴方はとても良い方のようですね。私達は常々、魔力枯渇について悩んでおりました。皆自分を犠牲にしてでも周りの人を、姉妹を守ろうとするあまり、このような辛い症状に悩まされておりました。それを改善する手立てが見つかった。これほど素晴らしいことは滅多にありません」

 これで楽になるのならそれはそれで良いか。


 それからしばらく、一人の癒し手に魔力循環の方法を教えて終えた。癒し手は理解が早く、これならすぐに他の癒し手にも広まるだろう。魔力枯渇が緩和されれば治療も捗るだろう。

「同じ境会であっても秘匿にされる技もございます。それを含めてお教えくださりありがとうございます。今回の依頼費は増やしておきますね」

「どうも……そういえば聖水を水筒に汲みたいのですが」

「かまいませんよ。ご案内しますね」

「ありがとうございます」

「いえ、お役に立てて何よりです」


 気がついたら夕方だ。

 そういえば、この境会。子供がいない。普通こういった境会では身寄りのない子供を保護しているようなものだが。考えたところでオレにはどうにもできない。

 ギルドへ戻るとギルドは騒がしかった。

 正確にはギルドの前だが。ギルドに入ると眼鏡が血相を変えて迫って来た。

「まずいですよ‼ 時雨ちゃんとシャガルちゃんが銀のキバと揉め事をおこして現在決闘中です‼」

「ガキに決闘なんてさせるなよ」

「それはそうですが‼ 今はそれどころじゃないですよ‼」

 おーい……。

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