第15話
次の日、そろそろ肉を食べても大丈夫そうねと料理に肉が出た。
この辺りの動物には大型の蛇がいて、この辺りの肉と言ったらこの蛇の肉らしい。定期的に狩猟依頼が出ると聞いた。輪切りにされた肉をラーナさんが捌いているところを見た。肉質は牛とウナギの中間に近く。調理している時は美味しそうなのだが、レバーは苦手だ。
焼いたレバーがバターの変わりでパンに塗って食べるらしい。
パンは小麦粉から作られていない。
水蜜糖の材料である種を粉上にして練られ作られる。
ガマの穂……に近いかもしれない。湖畔に沢山生えており、これと芋が主食だ。
今は聖石の力が足りずに湖までは広がっていないけれど、これが湖まで広がり穂を栽培できるようになれば、この村は街になるのだそうだ。
ガマの穂……ラーロの実と言うらしいがこれがこの辺り近辺における穀物の代表との事。
今現在村で唯一栽培されているのはキノコだ。
村のトイレは当然ながらタンク式であり、汚物は自然の落差を利用して一か所に集められる。一応水洗だが水は自分で汲み自分で流さなければならない。流さないと臭いからすぐわかる。一か所に集められた汚物を発酵させ、肥料を作り、それをキノコに与えて成長を促進させる。で、このキノコを何に利用するかと言うと油になる。茸油(たけあぶら)と言われてこの辺り近辺で油と言えばこの茸油だ。
尻を拭く時に使うのは何かってあの紙だ。植物の茎をスライスして乾燥させた奴。
お風呂は大きな桶。水を溜めて熱した石を入れて沈め、別の平たい石を足場にして入る。温度調整が面倒なのだそうだ。お湯がもったいないという理由でオレはラーナさんとお風呂を共有していた。お世話になっている身で文句の言いようもない。
背中ぐらいは流す。ランプーシャンと言う植物の実を使い体を擦るのだが、庭に生えているのを直接採りに行き持って来て使うのには驚いた。つくしを大きくしたような形で、紫、青、オレンジのカラフルな色をしている。
働く女性は美しいとは言うが、戦う体では無い――とは言えないぐらいラーナさんの体はふくよかで女性らしい体系だった。
これはオレの考える体系の話だが、女性の理想の体型が男性と女性で違う点を何とはなしに考えていた。女性の細いは見た目の細いと考える。化粧などを考えれば女性が視覚に重点を置いていると捉え、それを踏まえた上で女性の細いはまさに視覚的な細さだと考える。逆に男性の細いはバランスにあると考え、おそらく何をもって男性が女性を女性と捉えるかに起因している。見た目で分かりやすいのが体の凹凸だからだ。体の陰影から女性であると判断しており、つまりその色が濃ければ濃いほど女性的な魅力を感じるわけだ。
それに子供を産むことを考えれば丈夫な体が必要であり、男性から見れば女性の細いは病的に見える。逆に女性は女性に対して自らの子供を産んでもらう事を考えてはいないので、細ければ細いほど良い。となる。
全部に当てはまるわけではないし、やっぱり個人的な感想ではある。
つまり何が言いたいのかと言うと、良く食べて、良く運動し、良く寝る女性が最強だと言う話で、ラーナさんの体系はまさに理想像と言えた。オレの感想だけれど。
情動的に甘えたくなり埋もれたくなり、ジョゼさんが単純に羨ましかった。
村には雑貨屋が一つ、食料売り場が三つ、道具屋が一つだ。
鍛冶屋は無いので道具屋が時折訪れる行商から武器などを仕入れるらしい。雑貨屋は逆に金物以外を仕入れている。
しばらく療養し、やっと看病から解放された。
ラーナさんとジョゼさんは夫婦で合っていた。
ジョゼさんは自警団所属なので忙しく、何時も夜遅くに帰って来て朝早くに家を出ていく。二人とも働きものだ。
今日からやっとギルドで働けると宿の食堂でパンをかじっていたら、なんつうか料理が普通に旨かった。素朴な料理なのに旨い。ただやっぱりレバーを塗るのはあんまり好きじゃなかった。我儘を言える立場ではないので出された物は全部食べるけれど。
オレはおよそ二十日宿に滞在していると認識しており、食事込みの泊まりなので霊銀貨二十枚の借金がある。お風呂などの料金も考えるともう少し高いかもしれない。
残念ながら服はワンピースのままだ。靴はブーツで膝まで丈がある。
モグモグしているとジョゼさんが急いで下りて来た。
「すまん。寝坊した」
「朝食はどうする?」
「悪い。行く途中でなんか買って食べるわ」
「わかったわ。はい。これ。お弁当」
「おっ悪いねぇ」
ジョゼさんが近づき、ラーナさんが頬を向けるとほっぺにチューの合図なのでオレは視線を背けて見ないようにする。
「口にはー?」
「早く行きなさいな」
「へーい」
モグモグ食べたら食器を下げて猟兵ギルドへ向かう。台所へ下げるとラーナさんがこちらへ来てお凸に手を当てて来た。
「すっかり良くなったね」
「おかげさまで」
オレは子供じゃないぞ。そう言いたいところだがお世話になっているオレにはそんな権利がなかった。
「ほらっ。ムスっとしないの。寝癖は直して……よし。そのお洋服……似合っているわよ。ズボン履いて行きなさい」
ズボンを渡されてスカートの下に履く。これはいい。
「子供じゃないって」
「はいはい。いってらっしゃい」
近づいてくるラーナさんの顔。
頭にキスされて何とも言えない微妙な心持になる。オレはお前の子供ではない。多分ムスッとしているオレの顔を見て、ラーナさんは笑っていた。
「ラーナさん俺には? 俺にもいってらっしゃいのキスしてくれよ」
「早くご飯食べた方がいんじゃないですか? ランドさん」
「おーこわ」
隣の客がそう言い、ラーナさんは怖い顔をしてフライパンを持ち上げていた。
ギルドは街に一つしかない。ギルドに向かう途中雑貨屋が見え、枝で編まれた籠や、何の用途か不明だけれど、お洒落な雑貨が軒先に並んでいる。村の朝は早いようだ。前に寄った時、衣服や歯磨き、石鹸なども取り扱っているのを見た。生活必需品を買うならこの雑貨屋なのだろう。
「はい。これ、朝食」
「何時も悪いね」
「はいはい」
ジョゼさんの声がして店の中を覗くと、女の人と談笑していた。女の人の傍には女子が一人いて、目が合うと駆けてくる。
「お姉ちゃん。旅人さん?」
「お姉ちゃんではないけどな」
「へぇーそうなんだ。ジョゼッタはジョゼッタって言うんだよ」
「そうなんだ」
女児がじっと見上げて来るので次の台詞を待つ。次の台詞を待っていると女児は訝しむようにオレへの視線と表情を変更していく。
「……お姉ちゃん。普通名前を言ったら名前を返すものだよ?」
「そうなのか。オレの名前はマリアだ。ちなみにお姉ちゃんではない」
「お姉ちゃんお洋服が似合ってるね。お洒落なの?」
「いや、選んでもらったからオレ自体はお洒落ではない」
「ふーん。お洋服、自分で買わないの? 色々なお洋服売ってるよ? 後靴も」
「なかなか商売上手だな。残念ながら金が無くてな」
「世知辛いね」
「難しい言葉知ってんのな。まぁそんなとこだ」
「そうだ。お姉ちゃんこれあげる」
なんだ。出した手。広げた手の平に重みが落ちる。女児の手の感触。柔らかくて小さい。平にあるのを摘まむと緑色の石だった。
「綺麗な石でしょ。拾ったの。お姉ちゃんにあげる」
「まじか」
いらねぇ。
「いいよー。その代わり、お金が出来たらお洋服買ってね」
「この商売上手め」
女児の頭を撫でようかと考えてやめた。手を振り別れる。
ギルドはそこまで大きな建物じゃない。待機所と受付、奥に事務室らしき部屋、二階へ続く階段と部屋の扉がいくつか見えた。
眼鏡をかけたインテリっぽい男がギルド職員だ。なんだろうな。左遷されて来ましたと顔が言っている。
「なんか用か?」
ガラも悪い。
「依頼はありますか?」
「タグを見せろ……ちっ星一かよ。星一が受けられる依頼はあそこに貼ってあるから、自分で確認しろっつーの」
態度も悪い。
木の板に紙が貼ってあり、星ごとに分別されていた。星一の仕事は多く、星が多くなるほど依頼書が減っていく。星三の依頼から蛇の肉の調達依頼があり、調達報酬は霊銀十五枚と書いてある。
星一の依頼は、井戸の補助。キノコ管理。外壁の修繕等が見てとれた。
一番報酬が良いのは薬草採集だ。
井戸の補助ってなんだ。依頼書をもって受付に行くと男はブスッとしていて態度が悪かった。
「これ、なんですか?」
「あ? はぁ……見せてみろ。あーこれはな。村のババア共が井戸から水を汲むのが辛いから代わりに水を汲んで運ぶ仕事だ。報酬は半日で小霊銀三枚。受けるのか?」
「受けない」
「なら持ってくんな。ちゃんと元の場所に貼り直して置けよ」
態度悪いな。
次は薬草採集の依頼書を持っていく。
「これ受けんのか? 受けるから持ってきたんだろうな?」
「受けたいですが。見本とかありませんか?」
「は? お前薬草も見たことねーのかよ。ちょっと待ってろ」
キレそう。ぶちぶちきてる。
「おらよっ」
男が奥から持ってきたのはよれよれの枯れた草だった。【解析】よりデータを抽出する。これが薬草か。
「で? どうすんの?」
「受けます」
「おし。おらっじゃあ、ここにサインしろ。文字はかけるよな?」
「書けます」
渡された羽ペンにインクを付けて文字を綴る。
「おし。じゃあ行ってこい。報酬は書いてある通り重さで決まる。あっ籠は貸してやるからちゃんと返せよ」
手を振られて籠を背負いギルドを出る。
村はそこまで大きくないので門までは割とすぐだった。門へ到着。大きな木の門は開いていてジョゼさんが立っていた。サンドイッチのようなものを口に入れている。
「おっ。もごもごっマリアじゃないか。どうした?」
タグを見せる。
「お前猟兵だったのか。って星一じゃないか。まぁこのご時世だしな。で? 何の任務を受けたんだ? って言っても村の外まで用があるのは薬草採集だけだよな。よしよし、薬草は門の周辺にも生えているし、遠出はしないようにな」
コイツも子供扱いするのな。オレの身長はこの世界では低いようだ。
門の外へ出ると一本の道があり、黄土色の土が露出していた。道の端には溝があり、木々や草を伐採した後に周囲の土で埋め立て固め道は作られているようだ。道の周囲はすでに森だった。雑草が生い茂り木々が立ち並ぶ。道の遠くの方に水辺が見えていた。
【イグニッション】を使用する――。
解析コードより薬草の成分を抽出し、一つ一つの植物に成分を照らし合わせて照合する。
いくつかの植物に照らし合わせると、他とは異なるいくつかの成分がわかる。
見た目がよれよれで茶色だったから実物を判別できない。類似性の高い植物を摘んで持っていくことにした。数種類あって困る。まぁ全部持っていくしかない。
類似性の高い植物だけを反応させる魔術を作るのは難しい。薬草だと言う確固たる確証のある成分を判別できなければ無理だ。あと触れないとダメだ。音でも振動でもいい。オレを中心としたソナー状に広がる触媒が必要だ。
まぁ現時点において薬草の確固たる成分が判明していない以上どうにもならない。
手で摘んで持っていくしかない。虫が多すぎて困る。空気中の元素の層を利用して直接触れないように気を付ける。【纏】最弱出力。
虫食いを避けて採取する。そういえば葉っぱを取ればいいのか一本全てを抜き取ればいいのか言われていなかった。
沢山生えている候補はシソのような葉を持つ植物だ。重さ換算って言っていた。綺麗な葉だけをひたすらに採集し続ける。
森の中を散策するのは楽しかった。目の前にチラチラと光の繊維が走るけれど、これも【解析】の効果だろうか。目の中に映る色々な物を強調してくる。木の根元、爬虫類と思わしき生き物がいた。カエル……のようなカエルじゃないような。緑と黒のブヨブヨとした皮を持つ尻尾のあるカエルのような生き物がいた。いや、見つけただけだ。
キノコだ。色々な種類のキノコがある。【纏】があるので直接触れているわけではないので摘まんでも大丈夫だろうけれど触れないでおいた。キノコだって興味本位で引き抜かれたくはないはずだ。周りの植物だってそうだ。
小さな川が見え、背の低い植物が沢山生えていた。日の光りに反射して葉から何か微細なものが舞っている。近づくのは良くないかもしれないと警戒する。かぶれるかもしれない。
【ドッペル】を作り、葉に近づける。直後オレのドッペルは苦しみだし、体のあちこちを掻きむしり、葉に埋もれると痙攣するように動かなくなった。
マジやばくね。こんな植物が近くにあるなんて最悪すぎる。
こういう植物は燃やしても毒が飛散する。
遠くからでも食痕が見える。食べる虫はいると見る。逆に言えば、この毒の成分を含んだ虫がいると認識する。それは非常によろしくない。分解できるのならば話は別で、この毒を食べる昆虫を食べる動物は少ないと考えたい。巡り巡って人体に影響を与えるかもしれないからだ。
【纏】を作って本当に良かった。この植物はどうしようもない。近づかないように気を付けるしかない。有効な手段は土で埋める。なんだろうな。川辺なのでそれもなかなかに考えなければならない。現時点ではどうしようもない。広がらないのを防ぐしかない。川に成分が流出するのも事だ。【Arms:オーク】で岩を掴み、周りだけは封鎖しておいた。これなら風が吹いても遮られて飛散は防げるだろう。
一応解析データは取った。魔力で再現可能だ。
毒の植物を生産する魔術【ドクグサ】を作った。
これを【スペルスネークソーンバインド】に組み込んで【蔓蛇(つるへび)】を作った。この魔術は拘束を意識していない掴まえた物を殺す魔術だ。
魔術で作り出した毒は魔術を解除すれば消える。毒と言うのは魔術において有効なものなのかもしれない。毒の成分さえ判別できれば毒だけを抽出できるけれど判別できるわけもない。
個人的な意見だけれど、植物と魔術の親和性は高い。
動物よりも構造が単純だからだ。ただ見て分かる通り植物は通常素早く動かない。ここにはやはり素早く動く要因が必要だ。【スペルスネークソーンバインド】ならスネークの部分がそれだ。
薬草(?)採集に戻る。他にもいくつか毒があると考えられる植物が見受けられ、【ドッペル】で実験だけはしておいた。ほとんどの毒物が口に運ばなければ問題無いようなので、安堵の息が漏れる。
あの植物のような凶悪なものは数が多くないと考える。過信しすぎはダメだろ。自分にダメだしされて意識を切り替える。凶悪な物の数が多くないとは限らない。
夕方になったので村に戻る――門まで行くとジョゼさんがいた。
「お前‼ マリア‼ 大丈夫か⁉」
「大丈夫です。どうかしました?」
「馬鹿お前ッ。昼には一度帰ってこない‼ ラーナが心配してるぞ‼ 昼飯食べに帰って来ないって‼ 早く宿に行ってラーナを安心させてやれ‼」
「はぁ?」
「ほらっ‼ 早く早く‼」
背中を押さえて門の中へ押し込められてしまった。この村において時間の概念は一応ある。日が登れば朝、真上に来れば昼、沈めば夜だ。時間の概念かと言われると疑問だが、正確な時計のようなものは今の所見当たっていない。
「わかってると思うが、夜になったら門は閉めるからな‼ ちゃんと日が陰るまでに帰ってくるんだぞ‼」
手を振ってギルドへ行く。
ギルドに行くとギルドには明かりが灯っていた。
「おせぇ‼ おめぇ‼」
受付に行くといきなり悪態をつかれた。
籠をギルドに提出する。
「あーあーまた……薬草以外もあるじゃねーか。これは……一応分類上は薬草か。めんどくさい取り方しやがって。分別してねぇーじゃねーか‼ これは……時間がかかるぞ。お前ッ馬鹿野郎。薬草っつったらこの葉だけ取って来い‼」
なんだコイツ。分類なんかできるわけないだろ。一応シソっぽい植物が当たりのようだ。
「あー……あー……これは時間がかかるぞ。今日中に報酬を払うのは無理だ。明日だ明日。明日また来い。今日はもう帰れ‼ ほらっ行った行った‼ 邪魔だクソガキ」
なんだコイツ。
そして宿に帰ると怖い顔をしたラーナさんがフライパンをもって立っていた。料理をしてない時にフライパンを持っているのはダメだろ。フライパンは人を殴る道具ではない。
「遅い‼」
めちゃくちゃ怒られた。怒られる謂れはないが、お世話になっている以上、オレに文句を言う権利はない。借金がある。
宿の客がいるのも構わず入り口すぐの食堂の床に正座させられ、説教をひたすら受けた。こんな説教する必要あるのか疑問が浮かび、それはこの説教に意味が無いことを意味している。
「わかった!?」
「……はい」
「明日からはお昼に一度帰ってきなさい‼ お昼‼ 冷めちゃったでしょ‼」
「……すみません」
「反省しましたか?」
「……反省しました」
「ふぅ……立って。ご飯を食べちゃって」
オレは何をさせられているのだ。カウンター席へ誘導され、席に着くと蛇肉と見受けられる焼いたサイコロブロックが差し出された。こげ茶色のタレと繊維状の何かがついている。
口に運ぶと……焼肉だ。甘辛いタレのついた焼肉で中に詰め物が入っていた。野菜やらなにやらシャクシャクしていて少し苦い。甘辛いタレ、柔らかい肉、野菜の触感と苦味、この三つが口の中で合わさり普通に美味しい。
「美味しい?」
食事中に聞くな。口モゴモゴしていると喋れないんだよ。
「……普通に旨い」
「食事中は帽子を取りなさい」
「え?」
帽子を取られ、チュっと音と触れられる感触がして頭にキスされたのを感じた。だからオレはお前の子供ではない。
「ラーナさん俺にはー? ……冗談だよ」
軽口を言う客には無言でフライパンを手に取っている。
フライパンは何かを殴る道具ではないって。
食べ終えるともう一皿差し出される。透明な……丸い何かの入ったコップだ。食べろと言う事なのだろう。拒否権は無さそうなので口に運ぶ。スプーンで削って口に運ぶ。
甘い。フルーツ。デザートってことなのか。至れり尽くせりだな。オレはもうラーナさんに足を向けて眠れそうにない。借金も増えそうだし決定権が無くなる前に早くお金を稼がないといけない。
甘さ以外の独特な癖を感じていた。
例えばバナナにはバナナの甘味以外の風味があり、モモにも甘味以外のバナナとは違った風味がある。この風味の違いによりバナナとモモの二つの味は明確に分けられ、同じ果物カテゴリーにおいても区別されている。
今食べているこのフルーツの癖はモモに近くほんの少し渋かった。
食べ終えて人心地付く――お腹が減っていたのを理解する。
キッチンへ入り、後片付けのお手伝いをする。
ラーナさんは何も言わなかったのでお皿を洗う。水道は整備されており水は使い放題だ。しかし食器用洗剤があるわけじゃない。洗剤で洗う習慣が無い。油汚れは沸かしたお湯につけて浮かして取る。まぁそんな簡単に取れるわけもないので結構適当だ。
鍋なんかは束ねた細木でジャコジャコしたらおしまいだ。完全には汚れを取らない。一つ前に作った料理の味が次の料理の味に容赦なくぶっかかる。それが複雑な味付けとなって美味しいのかもしれない。
「網焼きの灰溜まりを集めておいてもらえる?」
「うん」
肉は基本的に網焼きなのだが、滴る獣油が下の灰と混じって塊になる。これを捏ねてランプーシャンや花等と混ぜ固め石鹸として利用するのだそうだ。
終えた頃には外は真っ暗で食道も終わり、お客さんも部屋に引っ込んでがらんとしていた。店じまいは早く、寝るのも早い。ジョゼさんはまだ帰ってきていなかった。自警団って本当に大変みたいだ。
「よしっ。今日も頑張ったわね。汗を流しにお風呂に行くわよー」
「えっ」
そして今日もお風呂へ引きずられて行った。
「ちょっと‼」
「何恥ずかしがってるんだか」
「恥ずかしがっているとかそう言う話しじゃない」
「そんなとこばっかり大人ぶるんだから」
「触るなッ」
「ちゃんと洗わないとダメでしょ」
「そういう話しじゃないッ」
「ダメよッ」
「やめれッ」
「大人しくしなさいッ」
だから触るな。大きくなるだろ。ただでさえ視界からの情報で大変なのに。なぜ触ろうとする。やめろ。
「うーっ‼」
「唸ってもダメよ‼ 獣じゃないんだから‼」
だから大きくなるだろ。触るな。
なんとか体を洗い終えたら湯船に浸かる。焼いた石を持って来て湯船に沈め温め、水路から引いている水を注いで温度を調整する。少し熱めぐらいで湯船に浸かる。
「……ふぅ。いいお湯ねぇ」
帽子の中もいいけれど湯船も良かった。温かいお湯の熱が骨身に染みるように内部へ浸透していく。
「そんな端っこにいないで。こっち来なさい」
「ここでいい」
「言う事聞けないの?」
「いけないの‼ そっちに‼」
「まぁまぁいいじゃない。健全な証拠よ。ほらほら」
湯船の中に灰色の髪が広がっていく。
「やめろッ‼」
「諦めなさい。もうお尻の穴まで見ちゃったもんね」
伸ばされた手がオレの手を掴み、広がっていくブロンドの髪と肢体が嫌でも目に入る。女性らしい湾曲を帯びた黄金色の肌が視覚的にも柔らかさを伝えてきて嫌だ。
「そう言う話しじゃない」
「おちんちんが大きくなったぐらいで大げさね。寝込んでいる時散々触ったから大丈夫よ」
「そう言う話しじゃない‼」
「ほらっ‼ 来なさい‼」
「やめれッ‼」
引き寄せられて抱えられると妙に息が荒くてひどかった。自分では制御のできない体の反応を歯を食いしばり理性で抑え込む。
「フーッフーッ」
なんか猫みたいに息をしていた。頬に胸が当たってるんだよ。キレそう。
「はぁー……いいお湯ねー」
頭に口付けされて顔に血が昇るのを感じる。
「ほんと可愛いんだから」
「ウーッ」
変な顔をしながら歯を食いしばり獣のような声をあげるしかなかった。
お湯から上がって着替える。上下の白い上着とズボン、寝間着を渡された。
「いいよ。何時ものこれで」
「ダメよ。風邪引いちゃうでしょ。それは洗濯しちゃうから置いておきなさい」
トイレに行って用を足し落ち着かせて扉を出る――階段に上がる手前にラーナさんと男がいた。客の男だ。
「なぁっいいだろ。ほんとたまんねぇな」
助けた方がいいのだろうか――。
「あ? なんだ? クソガキが見てんじゃねーぞッ。ガキは早く寝ろ‼ ……ったくよ。マジでたまんねなぁ。俺ので具合よくしてやっからよ。遠慮すんなよ。今頃お前の旦那も……レー……」
聞くに堪えないので人の手と同じ大きさの【Arms:オーク】を人差し指を立てて発動し、下からお見舞いしてやった。
「どうした? 具合が悪いのか? 具合はどうだ?」
傍に行くと男の顔は青かった。さらにめり込ませてやる。もうめり込むって言うかかなり掘り進んでいる。
「もう寝る時間だもんな? そうだよな?」
そう聞くと男がオレを睨みつけて来たのでさらに食い込ませるとお尻を押さえようとし、その場を離れようとするので押さえて動けないようにする。
男が【イグニッション】を発動したのがわかったので【イグニッション】を発動させて動けないように押さえて尻にめり込ませる。
「返事が無いけど?」
「っつ……わがった。わがったから」
さらにめり込ませる。
「わがった‼ なんでもない‼ なんでもないから‼」
手を離すと男はよろめき後ずさり、蟹股で尻を押さえながら何かが零れないようにトイレへ向かっていった。
「あの人……何がしたかったの?」
「わかんにゃい」
「わかんにゃいか」
「わかんにゃい」
「……ふふふっ。守ってくれたのね」
たぶんこの人(ラーナ)はこの手の荒事には慣れている。助ける意味はなかったかもしれない。
「別に何もしてない」
「もー可愛いんだから。今日は一緒に寝ちゃおうかな」
「やめれっ」
冗談でほのめかしてはいるけれど、掴まれた手は強く、緊張と不安と恐怖……怒りかもしれない。が入り混じっているのが見て取れた。あくまでもオレの主観であり、もしかしたら別のことで震えていたのかもしれない。
「ベッドが狭い……」
「文句言う口はこの口かなぁ⁉」
「やめれッ‼」
人肌が擦れるともっともっと望んでしまう。それが悪い事だと言葉では理解しているのに善悪の判断はできていなかった。これは悪いことだ。その先に未来は無い。そうわかっているのにこれを悪だと断じていなかった。今の精神状態は良くない。
そんなオレを見ているラーナさんの顔は微笑みと慈愛に溢れているようだった。体を擦りつけ合い、興奮にも似て安息にも似て果たされない欲望を抱え、服の中へ潜りこんできて撫でられる胸元、嫌じゃなかった。意識は微睡み消えていく。
ミラを思い出して悲しくなり、泣きたくなんかないのに涙が溜まると舐められて。
「もーっ‼」
「ふふふっ」
次の日、オレは朝からノーパンでおそらく真っ赤になっているだろう顔を振るわせて立っていた。
「自分でやるってば……」
「ふふふっ。やだーもうっ。きゃー」
とんだ恥辱だ。おもらしじゃないぞ。
頭に昇った血が下がって来て、朝食を食べる。
「そんなに気にしなくていいのに」
「その話はもうやめろ」
「……興奮しちゃったのかなぁ?」
何を言ってもラーナさんがニヤニヤするだけなのでもう何も言わなかった。目の前に並べられた料理を大人しく食べる。芋っぽい何かとミルクっぽい何か、それとキノコだ。
姿焼きのキノコは素直に旨かった。
「ふぁああ……おはよう。お二人さん」
ジョゼさんが来て、眠そうな顔をしながら手を振ったので後ろ手に手を振り返す。
「おかえり。朝ご飯食べる?」
「いやぁ……昨日も忙しくてさ。森の方でゴブリンオークを見たって人がいて……一晩中見張り台に立ってたよ……結局勘違いでさ。もう大変だったよ」
「……お疲れ様。今日はゆっくりできるの?」
「悪い。またすぐに出ないといけないんだ。様子だけ見に来たのさ」
「そう……体を壊さないようにね」
「あぁ、悪い」
「いいわよ」
ジョゼさんが見えなくなり、一瞬の静寂が流れる。
「理由なんか聞いてないっつーの」
ボソリと呟いたラーナさんの台詞に、オレは聞こえていないふりをした。
コトリと置かれた追加の料理。レバーは苦手だって言っているのに。
「レバーは苦手だってば」
「好き嫌いしない」
ムスッとしながらフォークでレバーを刺し口に運ぶと伸びて来た手――頬を突かれ見上げた先には微笑みがあった。
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