第23話 Tail

 手を振ってキンジャと別れ、ラーナはギルドを後にした――せっかく外に出たのだ。報酬を利用して調味料でも買おうかなと歩き出す。

 塩の花はまだある。香味はあればあるだけ良い。

 使い込んだら怒るかなと、そんな怒るマリアの表情を想像しラーナの口角は本人も知らず知らずのうちにあがっていた。


 次いでキンジャの話を思い出す。

 こんな所まで王の護り手が出張ってきているとなれば、さきほどの話の信憑性も十二分に高い。

 アカシャの乱だけであればここは大丈夫だろう。しかし隣国のメルマスが噛んでいるとするならば、ここも無事では済まないだろうし略奪もされるだろうとラーナは考えた。

 ラーナは戦場を知っている。その光景を幾度も見て来た身だからだ。


 光景が脳裏をかすめため息も漏れる。

 戦場では一切の略奪が許されてしまう。物品も尊厳も命すら略奪の対象で、強い者が弱い者から容赦なく奪っていく。

 優しい人間から死ぬ。躊躇う人間から死ぬ。正しい人間から死ぬ。無関係な人間から死ぬ。なぜかと言えば近隣の村々はこれ幸いと襲われ略奪され、それを止めようとするモラルのある人間は消されるからだ。

 そこには人権も保護も倫理も存在しない。子供すら欲望のはけ口となり、戦場となるだけでどれだけの人間が不幸となるのか……。


 ラーナは何よりマリアの身の安全を考えた。自分一人なら戦っても問題はないだろう。しかしマリアを優先するならば、この土地を捨てて逃げるべきではないかと思案する。

 もう猟兵として復帰し宿を閉めている。何処へ行ってもいいのだ。何処へ行ってもいい。何処へ行っても暮らしていける。旅行気分で旅をしながら各地を回るのも悪くはない。あの子がいるなら何処だってかまわない。そのうちに三人となり四人と……戦乱を考えればよろしくはないが、マリアとの未来を考えるだけでラーナの胸の内は足と共に弾んでいた。世界は暗雲に包まれるかもしれない。 

 でもあの人がいれば……。

 マリアがいれば……。

 不思議とラーナの不安は払拭されてしまっていた。

 まぁなんとかなるでしょうと。

「ラーナ‼」


 聞きなれた声に振り返らない。ジョゼがいた。レーネが呼んだのだろうとラーナは察する。だがそれだけだ。

「待て‼ 話は終わっていない‼ なぁ‼ どうしたんだよ‼」

 もうジョゼのために裂く時間も理由もない。優先順位も最低ラインを下回っている。今更必死になって呼び止めてくる理由も意味も理解できない。

「俺達うまくやってたじゃないか⁉ 夫婦だろ⁉ ラーナ‼ 無視するなよ‼」

 早く用事を済ませて帰りたい。

 あまりにしつこいジョゼに嫌気も面倒さ加減も増す。どちらにしろ離婚は成立しているし、よりを戻すのもありえない。

「ラーナ‼ 話を聞けよ‼」

「あのねぇジョゼ。今までどうだった? わたし達、結婚してたよね? でも貴方はレーネと浮気してたよね?」

「それは‼ お前も納得してたじゃないか……」

「何時納得したの? 一言も言わなかったじゃない」

「なんだよ。嫉妬してんのかよ」

「嫉妬する気も起きないわ。この問答、こないだも話したよね? レーネも交えてした……討論したわよね? 結論は出ているわよね? もう貴方と私は終わったのよね? いい? 終わったの」

「勝手に終わらせてんじゃねーよ‼」

 突進してきたジョゼをラーナはかわし、ジョゼは勢い余って地面を転げた。乾いた土、埃が目に入る。擦りむけた手の平の痛み、膝の痛み、脳内麻薬がその全てをなしにする。

 ラーナは小指にはまった指輪を眺め、その効果に改めて感心した。あの子の髪の毛だと言うけれど、気持ち悪くもないしむしろ心地良い。

 あの子ってちょっとずれているのよねとラーナは微笑んだ。

 手作りの贈り物で喜ばないわけはないのにとニンマリする。

 前は思い出していたジョゼとの日々も今は何も感じない。

 わだかまりや憤り、フラッシュバックしていたジョゼとの記憶に今は何も感慨が起きない。


 簡単には切れ捨てられなかったもの。揺さぶられていたもの。握り潰していたもの。今はそのどれもがどうでもよく許してすらいた。

 良心に引きずられて飲んでいた溜飲。もうどうでもいい。

「ジョゼ。しっかりしなさい。レーネと関係を持ったのなら、最後まで責任をもって幸せにしてあげなさい」

「俺は‼ 俺はお前の事が‼」

「昔はね? 今はもう違う。お互い大人でしょう? 責任をとるべきだわ。ジョゼッタはまだ幼いもの。レーネとどうかお幸せにね」

「ダメだ……ダメだダメだそんなの‼ なぁ? 行かないでくれよ。俺にはお前が必要なんだ。ずっと一緒だったじゃないか。覚えているか? 一緒に戦場に行った時、お互いの背を守りながら戦ったよな? 猟兵団に所属した時、お祝いにお前がこの剣を買ってくれたよな? 一緒に一人前になろうって。ラーナ。お前がいないとダメなんだよ。俺はお前がいないとダメなんだ。愛しているんだ。お前だけなんだよ。一緒に愛し合ったじゃないか。同じベッドで眠ったじゃないか。ラーナ。頼むよ。お前だけなんだ。お前だけなんだよ。頼むよ」


 心の底から今ここに、マリアがいない事にラーナは安堵した。連れてこなかったことに安堵した。良かった。小指の指輪を外す。思い出は溜飲として溜まりため息として吐き出された。

 確かにあの時の感情はあった。やはりこの指輪は素晴らしいとラーナは考える。この指輪を二人がしている間は何も心配いらないと考える。外せなくしてもいいのに。むしろして欲しいとすら考える。でも……でもその最後の護るべき一線が信頼関係なのよねとラーナは悶えるように深い息を漏らした。


 確かに。

 初めて戦場で戦った時は生きている事に安堵して抱き合い泣いた。

 猟兵団に所属できた時、ジョゼの戦闘スタイルに合うように特殊な剣を拵えてあげた。ジョゼの喜んでいた顔も覚えている。

 一時は確かに夫婦だった。悲しい記憶しかないけれど、惨めな記憶しかないけれど、これらはもはやどうにもならない過去だ。

「そうねぇ。そんな事もあったわね」

 思い出すたびに憤りしかない。思い出すたびに当時の自分が道化でならない。

 ジョゼから何か貰ったのかと言えば、そんな思い出はなかったからだ。

「ラーナ……頼むよ。一緒にいよう」

 もうラーナの心の中にジョゼに対する愛はないのだ。だったという気持ちしか残っていない。


 例えマリアがいなくともラーナはジョゼから離れていただろう。

 何処か遠くへと旅立っていたかもしれない。

 もう無いのだ。ラーナの中に、ジョゼに対する熱はもう、消えてしまって存在しない。

 それは冷めるという表現とは異なっていた。

「ジョゼ、私は貴方を好きだったのかもしれない」

「そうだろ? ラーナッ。俺もお前を愛している。これからはもっとお前を大事にするから‼ 子供も作ろう‼」

「ジョゼ。聞いて。私はもう貴方を愛していない。もうどうしようもない。もうどうにもならない。もう戻れない」

「そんな事はない‼ これからいくらだってやり直せるはずだ‼ もっと大事にする‼ もっと大事にするから‼」

「いい加減にして。もう終わったの。もう、終わったのよ」

 早いうちにこの村を離れた方がいいかもしれないとラーナは改めて考えた。

 世の中には言葉の通じない人間も存在してしまう。

 戦場で嫌と言うほど体験した感覚だ。


 ジョゼとの会話をマリアの耳に入れたくもなかった。もうジョゼと顔を合わせたくなかった。こちらが無視しても向こうはやってくるだろう。そのやり取りをマリアの視界に入れたくなかった。考えさせたくなかった。


 それはラーナがミラジェーヌの姿を視界に入れたくない理由と答えは同じだ。

 もしマリアとミラジェーヌが一緒にいる姿を目撃したら、それが喧嘩であろうと何であろうと、不快な気持ちになるだろうとラーナは考えたからだ。マリアだって同じはずだとラーナは考えた。

「ラーナ‼」

「これ、言うつもりはなかったけどさ。私妊娠してるのよ」

 確証はないが確信はあった。つい最近の話だ。体が妙に温かかい。


 ジョゼは顔を上げた。妊娠している。俺の子を。そう考えた。それならなおさらラーナを……。今まで以上に大切にする。なんだよ。妊娠してんのかよ。内心ではほっとしていた。

「だったらなおさら」

「あなたの子じゃないのよ」


 言っている意味が理解できなかった。俺の子じゃない。その意味が一瞬ジョゼには理解できなかった。

「何っ……は? 冗談だよな?」

「冗談じゃないわ。何時の話よ? 行為もなしに妊娠できると思っているの? まったく……」

「嘘言うなよ……」

「貴方が何時も抱いていたのは私じゃないでしょう?」

 何時からラーナを抱いていない。ジョゼはラーナとレーネを混同してしまっていた。


 こんな台詞、あの人、マリアにはますます聞かせられないとラーナは考えた。過去の男の話など聞きたくないとマリアは言った。その表情は少し拗ねているようでもあった。思い返すと愛らしい。それにラーナ自身もマリアの過去に女がいたなんて聞きたくない。想像したくもない。ミラジェーヌなんて思考の隅にも置いておきたくない。


 今さらミラジェーヌが迎えに来て、マリアがそれに応じると言うのなら激情に駆られてしまうだろうとラーナは自分でもわかっている。想像しただけでも奥歯を強く噛んでしまう。そんなのは絶対に許さない。あの子はもう私のものだ。

 例えミラジェーヌを殺しても構わない。

 マリアに絶望するほどの後悔を与える。

 泣いて縋っても許さない。生涯をかけて償ってもらう。

 いけないいけないとラーナは首を振る。これは妄想で現実ではないと自分に言い聞かせ怒りを鎮める。

 マリアはそんな事しないでしょうと言い聞かせる。


 それほどまでにラーナはマリアを愛していた。愛している分、その憎しみも大きくなる。本気なのだ。ラーナは本気でマリアを愛している。その覚悟を決めている。重いどころか天元突破している。


 だからラーナはジョゼやレーネとの話し合いにマリアを同席させなかったし、離婚も勝手に行った。ジョゼやレーネに旦那がマリアだと知られたくもなかったし、変な因縁を付けられるのも嫌だった。何よりマリアを困らせたくなかった。自分の問題だ。そこにマリアを混ぜたら真っ新(まっさら)にならない。


 妊娠――ラーナは満ち足りた表情で下腹部を撫でていた。

 科学的な確証はないけれど、妙に高くなった体温と根拠のない自信がある。それに月のものも来ていない。出がらし等ではない。

 妊娠は初めてだったが子供の作り方は知っている。

 愛情を強く感じる。あの人(マリア)の愛を強く感じるとラーナは感嘆を噛みしめた。


 握り合った手と手。切ない表情。伏せて憂いを帯び、上目で寄せられる視線。咥えられる指。舌の触り。頬を肌に擦り合わせて愛おしいと。猫が身を摺り寄せるみたいに。肩を柔らかく噛まれなお愛おしい。これが愛。これが睦むということ。口から息が漏れるほどの……。愛は与え合うもの。寄せ合った唇が震えるほどに通じ合う。焦点を合わせてくれる。腕の内に収め甘やかしてくれる。

 責任をとってと見上げれば、身を乗り出して迫ってくれる。

 逆に責任をとってと言われてしまい、何度もせがまれて顔を赤らめる。

 それらは想像するだけでも好ましい。また言ってほしいとラーナは考える。

 何度でも、例えすでに婚姻が成立していたとしてもまた結婚したいと言ってほしい。何度でも言ってほしいと……いけないいけないとラーナは妄想を振り払った。

「もういいじゃない。貴方は私にとっていい夫じゃなかったし、私も貴方にとっていい妻じゃなかったわ。レーネを思うと言うのなら、レーネを幸せにしてあげて」


 撫でるお腹は甘くて甘くてほろ苦い。

 愛おしいあの人との子。大切な大切なややご。

 こんなに、こんなにも、かつてこれほどまでの余韻を味わうことがあっただろうかとラーナの目つきは緩む。こんなにも世界を綺麗だと感じた事があっただろうかと口角も緩む。

 買い物をする気もなくなった。踵を返しラーナは家路へと――早く帰ってあの人との思い出でいっぱいになりたい。お腹をあの人にくっつけたい。

 子供は愛の結晶とは言うけれど、紛れもない。この子は二人の愛の結晶だとラーナは感じる。愛し愛され実った果実。その全てが愛おしくて慈愛が溢れずにはいられない。

 睦み合い擦れ合い見上げるあの人の唇をたっぷりたっぷりと舐めとり味わいたい。

 離してあげない。離れない。

 妄想するだけで顔は赤くなり、恥ずかしさも相まって体温も上昇した。


 反してジョゼは……。

 喪失、痛み、裏切り。レーネの言っていた言葉がジョゼの脳裏を駆け巡る。その恍惚の表情がジョゼに暗雲を与えた。それが冗談などでない証明と自分の子供ではないと言う事実。


 一度も収めた事のない表情だった。

 ジョゼはラーナのその表情を今までで一度でも視界に収めた事がなかった。

 何を見ている。何処を見ている。

 緩んだ頬。優し気な目つき。陽だまりのような温かさ。それらが自分に向けられている表情じゃないと言う事実。苦しい。水の中にいるようだと、心臓に棘が刺さるような痛みを感じジョゼは胸を抑えた。


 あいつの母親は娼婦だった――娼婦の娘は所詮娼婦だ。レーネの言葉が脳裏を過り、俺の知らないところで他の男と関係を持っていた。愉しんでいた。俺に隠れて抱かれていたのだと妄想も膨れ上がる。


 宿の客として訪れた面々が脳裏を過り、一体何人だと拳を強く握る。

 ジョゼの頭には血が昇り拡張された血管で顔は真っ赤となっていた。

 他の男と楽しんでいるラーナを想像して怒りに打ち震える。

 この裏切者め。この不埒な娼婦め。尻軽女め。一体これまでどれだけの男と睦み、俺を欺いてきたのだ。このクズ女が。股ゆるのバイタが。

 不安定な精神。寝不足により思考能力は低下。ジョゼの頭の中はかき回され、喉は痛み心臓は重く垂れさがった。


 小さい頃から少し先にいた。目の上のたんこぶ。ライバル。能力の差。そしてジョゼにとっての理想像。女性の理想像。

 振り返り差し出される手を何時も握っていた。その微笑みと一緒に。

 レーネはラーナをこき下ろさなければ対等ではいられなかった。レーネはジョゼを奪わなければラーナと対等ではいられなかった。でなければ惨めで仕方なかった。だからジョゼを奪った。


 初恋だった。だけれどジョゼは何時もラーナを追っていた。街で成功するはずだった。結果は娼婦となって金で抱かれる身だ。現れたラーナはどうって……。妬まずにはいられなかった。この落差。娼婦の娘のくせに。嫉妬に濁り、レーネの心は荒んでしまった。


 上に登れない自分。対等になるには相手を下げるしかなかった。

 ジョゼを奪って初めて優越感を感じた。だけれど、そこには初恋も愛もなかった。

 ジョゼは……それでもラーナが自分を選んでくれると信じていた。

 ラーナにとって自分は特別な存在なのだと試さずにはいられなかった。

 憧れの人。憧れの女性。それでも貴方を愛しているとジョゼは言ってほしかった。自分を選んで抱きしめて欲しかった。試さずにはいられなかった。


 本気で自分を好きなのか試してしまった。裏切られるのを恐れるがゆえに。

 誤算があるとすればラーナもまたただの女性だったと言う事。太陽でも何でもない。ただの一人の女性だったと言う事。

 もう手が届かない――。

 気が付くと剣を抜いていた。ジョゼの剣は特殊な物で平の剣と細身のレイピアが一体分離型となっている。直接的な戦闘に劣り、諜報や不意打ちに特化した形だ。

 前衛として戦うラーナを補佐して戦うスタイル。

 ラーナがジョゼの戦闘スタイルを尊重して拵えた特注品の剣。

 もしジョゼが真面目に訓練をしていたのなら……。

 素早さと突を重視したレイピアをゆっくりと引き抜いていた――僅か数メートルの距離、背中を向けたラーナ。欠けていた防具。そして指輪を付け直す際、僅かに生じた自意識の喪失。【触覚】はマリアを……。

 まさか幼馴染が剣を抜くとは考えていなかった――細身のレイピアは容易にラーナの心臓を穿ち抜けた。

 数秒の間。心臓破裂によるショック。崩れる膝。僅かに残ったラーナの本能は助かるための走馬灯を――その意味が無い事を悟る。


 家路につくラーナ。見慣れた宿の前には青黒い尖がり帽子。赤子を抱いて。なんて表情なのだろう。赤子を見つめるその表情にラーナは涙がこぼれそうになる。

 気づくと振り返り、自分に向けられた視線が柔らかく笑んでいくのを眺めていた。緩む表情に安らぎを覚え、同じ表情を返してしまう。

 背後からスカートを掴む双子の女の子。

 ママよりもパパの方が大好きだものねと拗ねてみる。

 でもそのパパがママを特別愛していることを思えば溜飲も下がるというもの。

 色を失っていく瞳と、口から洩れた僅かな言葉。手を振るの。貴方はきっと振返してくれる。

 不幸な事にその死は早く、そして穏やかだった。

「……ラーナ?」

 ジョゼは己のしでかした衝動の結末に茫然としていた。やがて冷静に正気を取り戻してゆく。

「ラーナ……? ラーナ!? 違う……。俺じゃない。違う‼ 俺じゃない‼ ラーナ!? 目を開けてくれ‼ ラーナ‼ 違うんだ‼ 違う‼ 俺じゃない‼ 違うんだ‼ あぁ‼ どうしよう‼ どうすれば‼ ラーナ‼」

 喉が渇くような焦燥と震え、目先が痛み視界は歪む。

 転がりゆく指輪を一人の少女(Un Chat)が拾い手にした。


 マリアはラーナの帰りを待っていた。

 【メイドの嗜み】で綺麗にした布団を組み上げられた枝へと吊るし広げ干す。

 今日寝る時はきっとふかふかで太陽のニオイがするはずだ。

 お風呂もお掃除しないとね。

「ラーナ……まだかな?」

 帰って来たラーナの笑顔を想像してマリアは深い息を漏らす。

 早く帰ってきてほしい。その優しい瞳で見つめて欲しい。

「早く、帰ってこないかな……。少し離れただけなのに、もう会いたいよ。やっぱり一緒に行けばよかった」

 帰ってきたら、愛していると言おう。

 心の中から大輪のひまわりを決して無くすことはできない。過去を無かったことにはできない。

 それを飲み込んでラーナさんに愛していると言おうとマリアは村の方を眺めた。愛している。息を漏らすほど、貴方を愛しているとマリアの口からは淡白い息が漏れた。


 人は唐突に亡くなる。そこに貴賤も善悪も関係ない。

 だからこそ、その日一日に最善をつくし、えっちらおっちらでも生きのびて、心から愛する人と添い遂げるべきなのだ。

 女神は自らが描いた生き方やあり方とその光景の気まずさに、ぽりぽりと頬を掻く。

 我ながら、残酷な世界を作ってしまったものだと。

「望んだわけじゃないんだけどねぇ……」

 それでも助けない。

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