第22話

 キンジャ・マクレイニはラーナの背中を見送り思案と肘をついた。

 キンジャ・マクレイニはクロイツェル共和国ルナハイネン王直属の護り手である。

 王の護り手とはクロイツェル共和国王族直属の護衛騎士の通り名であり、後にも先にも決められたルールに従い五名が選抜される。正確には六名であり、一人は裏手として秘匿される。

 師は弟子を持ち、弟子は師を倒すことでその座に納まる。


 そんなキンジャはある命を受けこの地に来た。

 その命とはミラジェーヌの痕跡を辿ると言うものだ。

 およそ二年前、ミラジェーヌ・ヴィ・ロードレアが【宝剣バターナイフ】を所持して帰還した。誰もが成しえないと考えていたジュシュアの討伐をやり遂げ帰還してしまった。王家ロードレアはその権威を首の皮一枚で繋ぐことができ、同時に新たな火種をも作り上げた。


 ジュシュアを失ったアカシャの民が各地で集まり反旗を唱えたからだ。

 ジュシュアが討たれたことは秘匿とされたが、徐々にくすぶり燃え上がり、あっという間に共和国を覆ってしまった。

 少し考えれば誰もがそうなるだろうなと危惧はしていた。

 しかしそれを踏まえても王家ロードレアは引くことができず、ミラジェーヌが討たれ又は捕虜となることで相手から譲歩を引き出し場を治めるつもりだった。


 そもそもアカシャの民とはクロイツェル共和国からさらに南方の砂漠を故郷とする遊牧民を指す。魔王の軍勢と戦うために雇われた生粋の戦闘民族であり魔王の軍勢と戦う際に勇猛果敢な戦士として大陸に名を轟かせた。


 元々アカシャの民は不毛な砂漠の生活に苦労していた民であり、その戦闘能力を買われ新たな故郷や土地を与えるとして雇われた傭兵達だった。

 ただ魔王との大戦の最中、その約束を取りつけた国が滅んで無くなってしまい、土地を与える者がいなくなってしまうと言う悲劇が起きる。

 結果、元の不毛な砂漠に戻るのも嫌がり、各地で猛威を振るい鎮圧を繰り返えされ現在に至ってしまっている。


 あまりに猛威を振るったためクロイツェル共和国から土地を与えられる事もなく、逆に雇われて同じ民族や他の民族と戦うという矛盾の日々を繰り返し歴史を過ごしてしまっていた。

 そんな不毛な争いの中、現れたのがジュシュアだ。

 ジュシュアは奮闘しアカシャの民の思想を一つにまとめ統一した。

 そして王家ロードレアと結びつき、ロードレアの土地がアカシャの民の第二の故郷となるはずだった。ところが第二王女の不貞によりジュシュアが逃亡し、ついには討たれてしまう。渇望する故郷の夢がまた潰え、当然アカシャの民がそれを良しとするわけもなかった。


 ロードレア王家を取り潰し、ここに新たな独立国家を建国する。

 頭を失った蛇の胴体が蜷局を撒いて蠢いていた。

 さてここでミラジェーヌだ。

 ミラジェーヌは剣と共にもう一つ持ち帰ったものがある。

 それは子供だ。


 ミラジェーヌは子供に関して一切の口を噤んだ。

 しかしロードレアにとっては希望の子でもある。なぜならこの子がジュシュアとの間に生まれた子供であるならば、新たな象徴として持ち上げることができるからだ。

 姉の夫と関係を持つなど通常ならば許されないが王家は喜んだ。

 それは王家として許されない行為だがそんな事は言っていられないほどに、王家よりも国が傾いていた。


 元来王だからと言って、誰かれ構わずものにできるわけではない。

 例えば家臣に対してお前の妻を寄越せ等と言い、ものに出来てしまっては困るからだ。それは家臣にとってもよろしくない。王あっての家臣だが、家臣あって存続できる王だからである。その前例を作る行為は許されなかった。それは王のみならず、王族全般に共通するものだ。


 姉が不貞を働いたからと言って、妹が姉の旦那と関係をもって良いわけではない。庶民では許されても王族では許されない。王族の血筋はあくまでも厳格に管理されているものだ。

 然るべき伴侶を決め、正当な血筋を残す。

 そうで無いのであれば、王家などそもそも必要ない。


 王家はミラジェーヌが口を噤むのは姉の夫と関係を持ったからだと考えた。

 それは現王家の道徳では許されない。しかし王家としても今回のミラジェーヌの行いは何とかして許したいものだった。

 王家ロードレアにとって第二王女ラクシャサの不義は汚名であり、何としても雪がねばならないものだったからだ。

 だから王家として第二王女の汚名を第三王女が雪いだことにしたかった。


 今回の旅路において、ミラジェーヌは実力的にはジュシュアに勝てないと王家は踏んでいた。ではどうやってジュシュアを倒したのかと言う話だ。

 ミラジェーヌはその経緯については一切公言していない。

 ただしジュシュアは確実に亡くなっている旨は伝えてきた。

 よって王家は口実を考えた。


 ミラジェーヌとジュシュアは契約を交わした。

 ミラジェーヌが自らの身を差し出すことでジュシュアに禊をさせた。

 そして、その結果生まれたのがこの子であると。

 紛れもなくミラジェーヌとジュシュアの子であると。

 しかし今それを言ってしまうのは危険が伴うかもしれない。子供の命が狙われるかもしれない。王家としては切り札として何としても二人の子であり、生存させる必要があった。さらに父親が別だとすれば、それを把握する必要もあった。

 父親が別だとするならば、誰かと言う話だ。


 ミラジェーヌは父親については一切公言していない。

 ミラジェーヌの護衛として着いた者達の中に男性はいるが、その可能性は著しく低いと王族は考えている。


 クロイツェル共和国の王族は皆例外なく護り手がいる。

 王の護り手然り、王族は自分の護衛を自分で選ぶことができる。

 しかしこの護衛になるにはいくつかの難題をクリアする必要があり、誰でもなれると言うわけではない。しかし庶民でもなれるとあって望む者が多いのも事実だ。


 前提条件として、王族が仕切る学園を卒業していていなければならない。

 付け加えて仕える当主本人に認められなければならない。

 よって護衛は王族が学園に所属している間に関わる事が多い。

 当然のことながら文武両道を求められ、名誉ある職業のため貴族はもちろん、平民も成りあがるために護り手の職を希望する者は多い。

 弟子に敗れ引退した護り手は、次代臨時の護り手となり、選ばれた護り手を指導し素養十分となればその席を譲る。


 選ばれれば大変名誉だが、しかしこの護り手には厳しいルールももちろんある。

 まず選ばれた者は早々に結婚しなければならない。

 自由恋愛は認められず、貴族の中から抜粋された伴侶をあてがわれ所帯を持つ。

 通常複数である場合が多く、一年の間子作りの期間が設けられる。

 そして晴れて護り手となると去勢される。


 これは王族と護衛との間に決して子供が生まれないようにするためだ。そのため庶民でもなれ、その生活の生涯が保証される。しかしその代わりに自分を指名した王族に対して絶対の忠誠を誓い、身代わりになって死ぬ覚悟を求められる。


 今回ミラジェーヌが失った護り手の家族には王族から最大限の保証が与えられ、またミラジェーヌ個人も最大限の礼節をもって命尽きるまで彼らの存在を忘れなかった。

 逆に第二王女の護衛であった不貞の相手、その男は、去勢を免れて子を作ってしまったため、そのため発覚からしばらくして一族郎党皆斬首された。本来去勢の免除などあってはならないからだ。

 その清算は残酷さを極め、関わりのある者すべてが処刑され第二王女の息子ロッドを除いて血筋が断絶された。他に逃れた血筋は一つとして存在しない。

 一族は斬首の前に不義を働いた男の名前を叫び、何度生まれ変わろうとも呪うと叫びながら首を斬られた。

 これを見越した第二王女は早々に逃げ出したというわけだ。


 今回キンジャはミラジェーヌの足取りを辿る命を受けていた。

 それは当然子供の父親が誰であるのかを探るためだ。ジュシュアならばよし、それ以外であるのならば誰なのかという話しだ。

 そしてこの村での目撃証言を辿り、マリアと言う人間がミラジェーヌに寄り添い村にやってきたとその存在情報を確認した。


 マリアはミラジェーヌの護り手、その面子ではない。

 よってマリアが父親である可能性をキンジャは確認する必要があった。しかしマリアは二年近くも眠ってしまう。

 キンジャはマリアの情報と痕跡を辿るために村に拘束されてしまった。

 看病しているラーナが女性だと公言しており、ジョゼを通じてその情報を得、実際に確認しようとしたが、看病している相手がラーナオリガ、オリガの魔槍であることに気が付いて慎重となった。


 オリガの魔槍とは戦場において常勝不敗、ロードレア王の裏の手であるオリガバーンズの懐刀の通り名だった。

 これがキンジャを悩ませることとなる。

 不用意にマリアの存在を確認しようとすれば、不審者としてラーナに確実に捕捉されてしまう。キンジャとしてはそれだけは避けたかった。敵対すれば不都合が生じる可能性が高かったからだ。


 キンジャは王家ルナハイネンに仕える身であり、ラーナはオリガ、ロードレア王に仕える者の元配下だったからだ。王族は王族でも派閥が違う。

 加えて自分の主人である王が、側室として迎えようとし断られた相手でもある。現在の王妃より王の寵愛を奪ったとして刺客を向けられた女性だ。

 さらに王の裏の手であるオリガバーンズはラーナオリガを自身の後継として育てていた節もある。


 仕方なく猟兵ギルドに潜入し、噂よりマリアの情報を探るしかなく、又ミラジェーヌの痕跡を辿り半アンデット化したジュシュアの頭部を土中より発見し、それを王宮へと提出した。


 その場、首のあった場所にはゴブリンの痕跡があったものの、あらゆるものが燃え、痕跡しかなく、焼け跡以外には何も残っていなかった。そのあまりの光景に現場当時の凄惨さがキンジャの脳裏に浮かんだほどだ。

 それから森を辿って村にやってきたのはミラジェーヌとマリアだけだと察する。


 マリアが女性だとすれば、ミラジェーヌの相手はジュシュアしかいないだろうとキンジャは考えた。その方がキンジャとしても都合が良かったからだ。

 真実がどうかではなく、その方が王家にとっても都合が良かった。


 おそらくミラジェーヌは仲間を殺され捕虜となってしまったのだろうと現場の情報から推測する。そして折を見て隙をつきその首をはね帰って来た。

 そうキンジャは思い込んだ。思い込むこととした。

 これが推測ではなく真実であるならば、第三王女ミラジェーヌ・ヴィ・ロードレアは姉とは違い、自らが王族であることを自覚している一人前の大人ということになる。


 キンジャとしても大変喜ばしいことだ。

 どのような結果にしろ、ミラジェーヌは役目を果たし帰還した。

 王族に仕える身であるならば、主人はかくもこうあるべきだとキンジャは考える。


 そして時は過ぎ、ついにマリアは目を覚ます。

 キンジャはやっとマリアと面識がとれ、言葉遣いは荒っぽいし変だが、女物の服が良く似合う何処からどう見てもただの村娘だと見識した。


 魔術師のようだが実績はなく、念のためメルマス国境街に駐留している仲間より情報を探ったが特にめぼしい情報もなく、ギルドに登録もないし戦場での記録もない。あらゆる情報が一切無いのは逆に不気味だが、このご時世出世届のない子供など五万といる。

 まぁそうだよなとキンジャはマリアの生殖器確認を怠った。

 ミラジェーヌが父親について語らないのは、本意で授かった子ではないとすればキンジャでも十二分に納得はできる。

 キンジャの長かった二年も今回のラーナの証言でやっと終わりを迎えた。

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