第26話

 クソガキが後を追って来る。

 手を握って来た。妙に温かかった。別に握り返さなかった。振りほどきもしなかった。しばらく歩いたら指をガキに噛まれた。

「いてぇ。このクソガキ」

 と睨んだら。

「手を握って‼ 冷たい‼」

 と異様な剣幕で怒鳴られた。

 なんだこのクソガキ。


 持ち上げてケツを支え前面に貼り付かせる。世間一般的には抱っこだ。

「これで文句ねぇだろ」

「……疲れない?」

 トーンを低くするなよ。オレが間抜けみたいだろ。

 子供は疲れるのも早く、痛むのも早かった。子供は寝ないとダメだ。幼少期の睡眠時間は長ければ長いほど良いと聞いたことがある。記憶力に影響するのだそうだ。


 抱っこして数分で眠りだしたので無理をしていたのかもしれない。

 つうか道が長いし整備もされてない。普通にデコボコしていて足の裏が痛かった。つうかなんでオレは裸足なんだよ。なんで村娘が着るような上着とスカートを着ているんだよ。改めなくても着ている理由が意味不明だった。改めて眺めるとなんていうか……ボロイし汚れている。


 夕方前に火を起こして夕食の支度をする。少し森に入り【触覚】を利用してキノコや野草を探り取った。

 木の棒に食べられるキノコを刺して火の側へ置き、焼いたものを二人で食べた。


 キノコを咥えながら思い出したように背負っていたラーナの装備を眺め整理。

 見知らぬ黒い布製か革製のワンピースが入っていた。なんでワンピースなんだよ。着込むとサイズ調整の魔術が込められているのかピッタリとフィットしたが、裾がケツの少し下までしかなかった。パンツ丸出しじゃねーか。ふざけんな。

 ワンピースと言うよりはケツまでを意識したトップスと言えばいいのか。袖は長く金属で補強してあった。サイズ的にラーナのものではなかった。

 ……眼鏡の野郎。少し笑みが漏れてしまった。

 ラーナの着ていた鎖帷子にサイズ調整の魔術を付与して時雨に着せた。


 どうもこのサイズ調整の魔術は人が作ったものではない。

 今更ながらオレの言語能力が足りないのが良く理解できた。

 サイズ調整魔術の解析データーを眺めると、一部が神々の言葉で綴られているのが確認できる。神々の言語で書かれており翻訳されていない部分がある。

 神々の言葉なんて、オレに理解できるわけもない。

 これはこういうものだと使う方が、いくぶんマシか。


 ブーツにサイズ調整を施したが、ブーツからラーナの汗のニオイがした。

 薄らいでいくそのニオイがひどく……。すぐそこにラーナが存在する気がして、二度と会えないと感じると耐えられなくなる。意味もわからず動悸が激しくなり、顔が歪むほどの苦痛に襲われる。

 そしてメイリアを思い出し――冷(さ)されるような痛みに襲われる。

 外傷を受けているわけでもないのに、耐えがたい痛みに襲われてもがく。

 まるで幽霊にでも襲われている気分だ。物理では触れられない技で攻撃されている。


 ラーナの温もりを思い出す。どうしようもない。どうしようもない。

 ラーナに会いたい。ただ、会いたい。会いたいんだよお前によ‼ おい‼ クソ‼ クソが‼ なぁ……頼むよ。頼むよ……。なぁ。

 その胸の中に埋もれたい。大丈夫だとその唇から語って欲しい。

 それが、叶わぬ望みである事実に、喉が渇き涙を抑えられなかった。

 なぜ泣いているのかも理解できない。なぜ痛いのか理解できない。

 痛みがストレスだから、それを緩和するために泣いている。

 その事実を受け止めたくなかったのだ。


 手を伸ばしても掴めないものがある。誰かが心臓に剣を突き立ててくれれば、この痛みから抜け出せるのだろうか。そう考えもしたがもし亡くなった後もこの痛みを引きずるのだと考えると耐えられそうになかった。


 夜になる前に時雨を帽子の中へ入れ、枝の生い茂る木の上に固定してブーツを持ち中へ入った。

 時雨は帽子の中の空間を眺めキラキラと表情を輝かせながら飛び跳ねていた。

 だがオレがブーツを抱きしめて寝ようとすると顔を歪めブーツを引きはがそうとする。今日はブーツを抱きしめて寝たい気分なんだよ。

「ブーツを抱きしめて寝る人なんかいないよ……」

「うるせぇよ……」

 ブーツを取り上げて腕の中に潜りこんでくる時雨を拒否できなかった。

 だから服は脱ぐなよ。脱がせようとするな。


 寝ている時雨を【解析】した。

 普通に目が悪い。視力が弱い。右耳の鼓膜が破れている。気づかなかった。この鼓膜の破れは何か強い衝撃によるものだ。

 回路がへっぽこすぎる。戦士よりだが途切れ途切れで才能がなかった。

 なぜ神は才能の無いものを作る――そう考えたがオレの考えが及ぶはずもなかった


 次の日、朝食を食べながら時雨に目と耳について説明を求めた。

「わかんない。耳はお母さんにお玉でぶたれた時に聞こえなくなった」

「そうか。視力が弱いのは生まれつきか?」

「ううん」

「夜、本とか読んだか?」

「勉強はしてたけど?」

 単純に暗がりで目を酷使したからだろう。普通に近視だ。


 1チークを置き、ある程度の距離まで時雨を下がらせる。

「あの1チークをみろ」

「うん?」

 頭に手を置き【順応しろ】を発動して強制的に近視を直す。ピントを合わせようとする目を順応させて焦点を合わせさせる。

「あっいたっやっ」


 目を両手で覆い膝を折る時雨を腕で支えた。

 ついでに鼓膜を【継再】で再生させる。

「どう?」

「うー……何がどうなの?」

「遠くの物を見て見ろ」

「うー……見える」

「耳はどうだ?」

「普通に聞こえる。お姉ちゃんなんかしたの?」

「何もしてねぇ」

 その後時雨は機嫌良く歩いたが、昼前には疲れて動きが鈍くなったので背負った。

 なぜオレはこのクソガキの面倒を見ているのか。


 夜、帽子の中のベッドに入ると無性にラーナが恋しくなり眠れなかった。

 ラーナはいない。その事実にただ打ちのめされるし、ガキがいるので何もできない。だから裸で寝るなクソガキ。


 獣のように身を寄せて来る。離れるとムキになりくっついてきた。

「あぁつやぁだ‼ あーっ‼」

 眠いのに離れるとこう泣き出してしょぼしょぼした目をし、手をさ迷わせて探してくる。

 辟易しながら服を掴ませると。

「ばかぁ‼ ばか‼ ばかぁあああ‼」

 今度は鼻水や涙を服に擦りつけながら罵倒してくる。

 なぜそこまでオレに執着する。

 街まではまだまだかかりそうだ。


 三日目――昨日意地悪したからか時雨は朝からご機嫌斜めだった。

「うぅうう‼」

 焼けたキノコを差し出すと獣みたいにひったくって来た。その癖そばを離れようとしない。

「お前さ。なんでオレに付きまとってんだよ」

「つきまとってないもん。一緒にいるんだもん」

「だからなんでだよ」

「同じよそ者だから」

「お前はよそ者じゃないだろ」

「村の人達が言ってた。よそ者だって。それに、家を取り上げようとしてるのも知ってる」


 コイツ、普通の子供と違って頭がいい。これは仮説だが、もしかしたら魔術や戦士の才能が無い者は頭が良いのかもしれない。そんなことないか。だがそれならば才能的にはイーブンだ。

「行くとこないんだもん」

 知るか。オレだってねーよ。

「ね? だから一緒」

「いねぇ」


 そう言うと駄々こねだして放って火を消して歩く準備をしたら噛みつかれた。

 いてぇ、このクソガキ。

「一緒にいるんだもん‼」

「オレ、お前と接点あんまなかっただろ」

「一緒に寝てるもん‼」

 まぁそりゃ、コイツが宿に来だしてから数十日は経っている。接点が無いと言うには世話されていた。飯はまずいし風呂はぬるま湯だし掃除は下手だし最悪だったけれど。

「いっじょにぜてるぼん」


 噛むか喋るかどっちかにしろ。コイツも必死なのかもしれない。もしかしてコイツ、娼婦のつもりなのか。ため息が出そうだ。一緒に寝ているってそう言う意味か。体で支払っているつもりだったのか。おーい。もうふて寝してぇよ。

「……わかった。面倒見てやる。出来る限りだ。ただ、お前も強くなれ。あと娼婦の真似事はするな。やめろ」

「だって……他にないんだもん」

「そんな事はしなくていい。だから裸で寝るな。風邪を引くだろ」

「それはや‼ 支払ってるんだもん‼」

「支払ってねぇ」

 なんなんだこのクソガキは……オレにどうしろって言うんだ。


 歩き出すと時雨の手が手の内へするりと入って来る。しっかりと握られて、妙に温かくて、心の底から嫌だったけれど、顔を眺めると泣きそうな顔をしていたから、仕方なく手を握った。

 しばらくそうして歩いていた。道は通常森の中に作られる。だから道の左右は深い森だ。森と聖水が無ければ、人に安住はない。それが良くわかる。

 街道の先に人影が見て取れた。二人だ。この街道は人気が薄い。というか久しぶりの人影だ。久しぶりに他人を眺めた気持ちになる。大勢なら安心するのに二人だけだと警戒が勝ってしまう。


 傍まで歩くと二人組の男性だった。こんな所で何をしてやがる。二人はこちらに気づいていた。

「おいおい、お嬢ちゃん達。いいものがあるんだけど買わないか?」

 商人……のようには感じないが、飲み物を売っているようだ。

「いや、いい」

「そう言わずに一本飲んでみなよ。絶対気に入るって」

「触んなぶっころすぞ」

「あぁ?」


 ぶっ殺した。【Arms:オーク】で掴んで叩きつけてしまった。触んなっつったよな。いや、殺してはいなかった。

 男達が持っていた瓶。ガラス状の瓶。中には液体が入っていた。蓋をとりニオイを嗅ぐ。甘いニオイだ。やっべ。ジュース売りをボコったかもしれない。酒かもしれないがアルコール臭のようなものはなかった。

「まぁでも一応確認はしとくか」

 気を失った男達を【継修】で癒し、飲み物を飲ませてやった。

「ひひっひひひひっ」


 二人に飲ませると、二人はふらふらと動き出し、酔っぱらったような行動をとり始めた。いきなり服を脱ぎだして中空で腰を振りだす。なんだコイツ。

 やっぱやべぇ飲み物じゃねーか。

「この人達なんなの?」

「ニオイを嗅げ」

 瓶を向けてニオイを嗅がせる。

「なぁに? ジュース?」

「人を狂わせる麻薬だ」


 いや、麻薬かどうかは判断できない。解析データーを開いても麻薬かどうか判断できない。だが男達の行動を見てまともな飲み物とはとても考えらなかった。

「うえー……」

「ニオイは覚えたか?」

「ん」

「この飲み物には気を付けろよ」


 データーはとった。どの成分が人を狂わせるのか特定できればいいけれど、そんな器用な真似はできない。

「この人達どうするの?」

「捨てとけ。あっ、金品は巻き上げとけよ」

「わーい。でもいいの?」

「世の中にはな、迷惑料ってものがあるんだよ」

「迷惑したもんね」


 妙だ。妙な既視感に襲われて辺りを見回す。草原だった。辺り一面が草原になっていた。強い風。服がはためく。辺り一面の草原を揺らしていた。嫌な夕焼けの色だ。この色は嫌いだ。ラーナを迎えに行った時と同じ色だからだ。黄金よりやや赤の。へばりつくような光の差し込み。何処かキラキラと木漏れ日を抜けてくるような。

 違和感――先ほどまで街道の周りには木々が生い茂っていたはずだ。


 草原の中に一匹の黒い塊。視界の中で妙に注意を奪った。

 二つの双眸をもってこちらを窺っている。生物の形をしていた。

 こちらの双眸が見開くと同時に【触覚】が発動し、それまでに僅かな時間もかからなかった。

 犬……否。オレが思い描く犬よりも、でかい。クマに感じる。そんなでかい犬が草原の中から体を現して異様な風貌でこちらを窺っていた。

 それが動いた時、コイツは敵だと認識していた。

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