三章 Heartless my room

第25話 Head

 起きたくもないが、目が覚めたので体を起こす。隣に裸の幼女が横たわっていて嫌になる。だらしなく涎を垂らして二倍嫌になる。もたれかかってくるなよ。ため息ばかりが漏れる。


 ……ラーナが亡くなってから数カ月も経った。

 昼下がりだった。遅いから迎えに行こうってさ。妙に日差しが粘っこくて、早く見つけて家に帰りたかった。歩いていてさ、道端に倒れているラーナが視界に入った。

 何の冗談かって、傍によると僅かに血が流れていた。


 息をしてなかった。血は固まっていた。何の冗談かって。何の冗談だよ。抱き起すと妙に冷たくて、傷口を癒して――何か、焦っているわけでもなくて、何の冗談かって。しばらく茫然として、ラーナが目を覚ますのを待っていた。

 癒したのに目を覚まさないんだ。どうして目を覚まさないって。


 追いついて来た感情が爆発して、名前を大声で呼んでもラーナは目を覚まさなかった。

 死んでいるなんて信じられなくて、遺体を持ち帰ってさ。不意に起き上がって微笑むんじゃないかって。そんな妄想をしてもラーナは目を覚まさなくて。冷たくて。

 何日も一緒にいて、目を覚まさなくてさ。やっと亡くなったって気づいて、泣くほど吐いて、吐くほど泣いた。

 でも生き返らせられるんじゃないかって死体を保存していたら、ラーナが不意に動きだしてさ。生き返ったなんて喜んでいたけれど、全然生き返ってはいなかった。


 いつの間にか虫が卵を産んでいてさ、幼虫が皮膚の下で動いているだけだった。

 それだけならまだ自然だったのに、ラーナはアンデットになってしまった。

 アンデットは全然ラーナじゃなかった。自我もなく何もなく、ただの魔物だった。

 人間が死んだら必ず燃やさなければならない。

 その意味を知ることになった。


 人は死ぬと魔力の流れが停滞する。魔力貯蔵空間の魔力が停滞によって凝結し、魔石になって魔物になる。わかれば簡単な仕組みで、オレは最悪なことにラーナの死体まで穢してしまった。

 【分解】をなんで渡されたのかよくわかったよ。

 アンデットになった遺体を、【分解】で魔力に還した。


 襲い来るアンデットラーナを抱きしめて殺されたかった――でもガキが腰にしがみ付いて離れなくて、オレが死んだらラーナは子供まで殺してしまうのだろうなと考えると、殺されてあげられなかった。

 もっと早く燃やしてあげなければならなかった。

 なんでこんな事になったんだって。

 そしたらジョゼのクソ野郎がレーネを殺したってさ。


 犯人はジョゼだって捕らえられていた。

 ラーナを殺害したジョゼはレーネと街へ逃げようとした。ところがレーネに拒否されて、しかもジョゼーネはお前の子じゃないって言われたんだと。

 恨みや怒りよりも悲しみの方がオレは強かった。敵を討とうとは考えなかった。

 虚しいだけだ。すでに本人がいない。意味がない。


 オレだって誰かの大切な人を殺してしまったかもしれないと考えると吐き気がして泣きたくなんかないのに涙ばかり出て、自分のために泣いているのが良く分かった。

 オレはラーナのためになんか、一ミリも涙を流してなんかいなかった。


 ジョゼは二人を殺した罪で戦場懲役確定だと眼鏡が言っていた。

 戦場懲役って言うのは奴隷に落ちて死ぬまで戦線で戦わせられる罰なのだそうだ。

 これからジョゼは死ぬまで何処かの最前線に送られる。


 追放される日、ジョゼは俺を眺めラーナを頼むと語った。三人を頼むって。何かの間違いだからすぐに帰って来ると必死に俺の手を握った。それまで守ってくれと叫んだ。事実を事実と受け取れなくなっていた。狂っていた。哀れな男で、オレに良く似ていた。

 なぜ生きているのかわからなくなった。

 死んでいないだけだ。死んでいないだけ。


 目が覚めると何時もラーナを探す。何処にいるのって宿の中をさ迷って、死んでいる事実に愕然とする。泣きわめいてラーナの温もりを思い出しのたうち回ると、これは夢だって眠りについて、起きてまたラーナを探し回る。

 なんでそんな事をしていたのかオレが知りたいぐらいだ。


 ある日、目覚めたらジョゼーネがベッドの中に潜り込んでいた。

 なぜここにこのクソガキがいるのか理解できなかったが、ラーナを探して彷徨った。

「あぁ、ラーナは死んだんだった」

 唐突な怒りに打ち震えて、ジョゼを殺せばよかったと何度も打ち震えた。

 怒りは何時も遅れてやってくる。今更になって激しい憎悪に囚われて、あのクソ野郎を絶対に許さないと何度も床を殴る。

 そのたびに自分の殺した人間の記憶がよみがえり吐いた。

 お前に、ジョゼを責める資格があるのかと咎められている。

 もちろん、その資格を持ってはいなかった。


 ジョゼーネは行くところが無いって勝手に居つき始めた。

 勝手に飯を作って勝手に風呂を沸かし、勝手に起こされて不味い飯を食わされた挙句お風呂にぶち込まれた。体を洗うのが下手くそすぎる。

 動かず横になっていると、服を脱がされて、寄り添われた。

 なんでお前も服を脱ぐんだよ。そうしてピッタリくっつかれて眠りについた。

 行く場所がないと呟く。知るかとは考えたが振り払う気力もなかった。


 好き勝手させていたら、本格的に居つき始めてこのざまだ。

 服を脱いでベッドに入ってくるなよ。そうは考えたが、もうどうでも良かった。

 飯はまずいし風呂はぬるま湯だし、掃除は下手だし夜は裸で潜り込んでくるし最悪だった。

 そして夜中にこっそり泣いていた。オレに涙を擦りつけて泣いていた。

 そうすれば効果的にオレから同情を買えるからだってさ。じゃあ余計な台詞はしまっとけよって話だ。自分の名前を捨てたいと告げられた。本当は名前なんて無いのだそうだ。

 ジョゼーネやジョゼッタは、ジョゼのために名乗れと母親に告げられたから名乗っていたのだそうだ。なんだそれ。


 時雨(しぐれ)と呼ぶことにした。

 オレがジョゼを思い出したくなかったからだ。

 時雨は愛情に飢えていた。

 自分で語った。母親に抱きしめられたことが無いと。

 だから抱きしめられたいと懇願してきた。好きにしろと言葉を投げた。だから裸で抱き着いてくる。

 振り払う気力もなく突き放す理由もなく好きにさせていた。


 一回あの猛毒草の中に突っ込んでみたが、痛くて苦しいだけで死ななかった。時雨まで突っ込んできて死にかけていた。なんとか一命はとりとめたが予断の許さぬ状態だった。馬鹿かよ。そう言葉で殴ったらどうせ死ぬしかないと呟やかれた。

 うるせぇクソガキ。死にたいのはオレの方だ。

 お前なんか、お前なんかより……。


 このクソガキが。ガキが言っていい台詞じゃねーだろ。このクソガキが。死ね。クソガキ。

 最悪な事に二人そろって毒草に耐性がついてしまった。

 ますます死ななくなってしまった。

 時雨はここぞとばかりに甘えて来て、抱きしめて頭をナデナデしろと要求するようになった。服を脱いで抱きしめて頭をナデナデしろと要求してきた。意味がわからなかったが、こうして肌を合わせているととても安らぐと語った。


 頭を撫でると時雨は大人しくなってぐったりとして眠ってしまう。

 時雨を観察していて理解したのは、頭が良い点と、命を何とも考えておらず善悪の判断が壊滅的にダメだと言う点だけだった。

 生き物を殺す事を躊躇しない。

 なぜ裸で抱き着いてくるのかわかった。母親の真似をしているのだ。最悪だ。こうすることが愛だと考えている節がある。

 母親と男が裸で抱き合い愛を囁きあっていたから、こうすれば自分も愛されると勘違いしている。

「こうするとね。愛して貰えるんだよ」

 んなわけねーだろ。馬鹿かよ。


 母親に愛してないと言葉で殴られたと時雨は自分でそう語った。

「だからこうすれば愛してくれるよね」

 頭可笑しい。オレもだが。

 IQの高いサイコパスになられても困る。

 困らないか。オレには関係の無い話だ。

 眼鏡が宿にやって来て、不法占拠をやめ速やかに出て行くように促された。


 まぁそれもそうか。この建物はオレの持ち物じゃない。ラーナの物だ。

 持ち主のラーナが永久的に不在のため、建物は村に帰属すると語られた。オレとラーナが婚姻関係にあれば変わっていたのだろうけれど、正式に婚姻などしていないので出て行けと村の奴らが言葉を投げて来た。

 殺すこの村人共――とは考えた不法占拠なのは否めない。

 そもそも……ラーナがいないこの村に滞在する意味も理由も何もなかった。


 時雨は村人が育てると告げられた。おー勝手に育てろや。口には出さなかったが、そう考えた。そもそも時雨はオレとは赤の他人だ。オレに告げる理由が意味不明だ。

 どうせ財産目当てだろうと語られた。そりゃおめぇらだろとぶん殴ったらギルドに拘束された。

 そして村の外へおん出された。

 最低限の必需品は帽子の中に入っている。

 鍋、コップ、水筒、干しキノコ、干し肉、塩、ハーブ。

 まぁいいかと歩いた。眼鏡が追いかけて来てラーナの装備を一式寄越された。

 それを視界に入れるのが嫌だったんだよ。ふざけんな。

 ラーナを思い出して苦しくて仕方ない。


 そして時雨もついて来た。帰れこのクソガキが。そうは考えたが口に出すのも面倒だった。

 レーネの財産は正式にも時雨のものだ。時雨は自分が養子として貰われてもどうせすぐ捨てられると語った。実際そうなのかもしれない。

 村を出て半刻、待ち伏せしていた村人に襲われた。


 名目的にはラーナの私物を盗んだ賊を成敗するようだ。眼鏡も一枚噛んでいるかもしれないと考えたが、眼鏡の姿はなく、普通に善意を利用されたのだろうなと考えた。そうじゃないのかもしれない。

 農具だって立派な武器だし、剣なども普通に持っていた。

 【Arms:オーク】と魔術【纏】で普通にボコった。

 オークの腕は中距離攻撃が出来るので相手にノーリスクで攻撃できるのが本当に便利だ。しかも腕で指もあるから器用な事もできる。例えば岩を掴んで投げられる。

 お前らが死ぬのを阻害する理由も何の躊躇いも無い――そうは考えたが、眺めている時雨が将来的にサイコパスになったら嫌なので殺さないでおいた。腕が折れたぐらいで喚くなよ。オレなんか首チョンパしたんだぞ。そうは考えたものの、腕が折れたらやっぱ普通は痛いよなと考え直し改めた。改めたから何だよ。何なんだよ。


 魔術【遊び】で嘘を語れないと条件付けの楔を全員の脳に打ち込み、有り金を巻き上げた。

 お金の単位は普通に考えればチークだ。1チークは小霊銀貨一枚。10チークは霊銀貨一枚となる。お金を持って来ていないとかふざけた事をほざいたので人質を残して取りに行かせた。

 200チークほど巻き上げた。これで簡便してくれと懇願された。

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